「ピンクは女の子の色」というイメージはフランス発であることをご存知だろうか。18世紀当時のフランスで、貴婦人たちがドレスや家具、食器などありとあらゆるものをピンクで彩って大流行したのだ。そのブームと「男の子の赤ちゃんはキャベツから、女の子の赤ちゃんはバラから産まれる」というフランスのことわざが結びつき、18世紀後半にはヨーロッパ全土に広がっていったといわれている。アメリカでは、第二次世界大戦後にピンクが女性性を象徴する色として広く一般に浸透した。
このようなピンクと女子の歴史だけでなく、変遷する現代女児カルチャーや海外における「ピンク・グローバリゼーション」現象を取り巻く議論、さらにピンクカラーに見る日本女性の社会進出などをまとめた『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン)を上梓したのは、二児の娘を持つライターの堀越英美氏。ピンクに関わる多方面の事象を分析することで、女児だけでなくすべての女性が自立した大人となる道を模索している。
「女性ってピンクが好きなんでしょ?」という押し付けのもと商品やコンテンツが作られる“ダサピンク現象”がネット上で話題になってから約2年(参照)。ピンクという色が持つ意味合いや、女性の社会進出との関係性を聞いた。
ピンクが好きになるかどうかは母親も関係する?
――堀越さんの娘さんは、自由にモノの色が選べるよう育てていたのに、3歳を目前にしてピンクにしか興味を示さなくなったそうですね。
堀越英美さん(以下、堀越):社会や親から押し付けられていなくても、主体的にピンクが好きになることはあるのだと驚きました。私は幼い時に一度だけ、母親からピンクレディーの衣装を着せられて、ものすごく嫌だった記憶があります。今でもフリフリの洋服は苦手です。
周囲の女性を見ても、ピンクは「大好き」か「大嫌い」か、両極端にわかれていることが多いですね。「自分が母親からピンクを着させてもらえなかったことが心残りで、その反動で自分の子どもにはピンクをいっぱい着せる」というママもいれば、「自分が母親からピンクを着せられて嫌だったから、今でもピンクが苦手」という女性もいます。「ピンクを着たい」とか「子どもに着せたい」とか、その人のピンク観は自身の母親との関係がすごく出るのではないかと思います。映画『ブラック・スワン』でも、娘に夢を託す母親の呪縛のモチーフとしてピンクが出てくるんですよ。
――「女だから」と勝手に好みを押し付けられるという点では、“女の子向け”と言われるままごと遊びやお人形グッズといった玩具も、性差の固定観念を助長するものだと感じていますか?
堀越:女の子向けの玩具も、海外は日本より多様で、理系の能力を伸ばすようなモノもどんどん出てきているんです。
例えばレゴは2012年、ラベンダー、ピンクをモチーフとした「レゴフレンズ」という組み立て玩具を出しています。女の子のピンクが大好きな気持ちと、親の「レゴで遊ばせたい」という気持ちが同居したモノですね。女の子のキャラクターが5人いるのですが、彼女たちはそれぞれ、動物やスポーツ、科学など好きなものが異なり、歌手を目指していたり文章が得意だったりと、今どきの女の子らしい夢をもっています。今までレゴで遊ばなかった女の子を上手に惹きつけているようです。
組み立て玩具の必要性は、地図が読めたり運転ができたりと、社会や仕事において必要なスキルでもある空間認識能力に繋がっていきます。女性はこの能力が低い傾向にあると言われるのは、幼い時に組み立て玩具やゲームなどで遊んでいなかったことが影響しているのだそうです。
ほかにも、宇宙飛行士や科学者の女性をモデルとしたドールなど、時代の変化に伴って多様な女児向け玩具が登場しています。
ホワイトでもブルーでもない「ピンクカラーの職業」とは?
――本書では、サービス系やケアワーク系、美容系やアシスタント系といった「女性の職業」と見なされがちな職種をピンクカラーと書いています。ピンクカラーへの憧れが、日本女性の社会進出を遅らせていると。
堀越:ピンクカラーとは、1978年に社会評論家のルイーズ・カップ・ハウが刊行した書籍から生まれた造語です。サービス系で言うと花屋やパン屋、ウェイトレスといった店員や、ヘアメイクやネイリストといった美容系は、女児向け玩具や人形では定番ですよね。これらの職業を目指すことが間違っているわけでは決してありませんが、人口の半分を占める女性がピンクカラーの道に集中すると“いくらでも替えが効く”状態になり、低賃金での雇用や、「誰でもできる仕事なら若い女性が良い」という理由のリストラなどの問題が生じます。再就職しようにも事務職の募集には女性が殺到し、40歳を過ぎたらフルタイムパートしかない、となってしまう。
――なぜ女の子はピンクカラーに向かうのでしょう?
堀越:玩具やアニメで目につきやすいキラキラした職業や、親などの周囲の大人たちが就いている職業以外に選択肢が浮かばないのではないでしょうか。最近は歌手やアイドルが憧れの職業にランクインしていますが、これもアニメの影響だと分析されています。ひとりの母親としては、普通の女の子が弁護士になって戦ったり、可愛い洋服を着て建築業で頑張ったりするアニメが出てきても良いんじゃないかと思うんですけどね。
男性の多い職業に進むには、相応の覚悟が必要になることも理由のひとつだと思います。しかし、先ほども申し上げた通り、自分は何が得意で何をしたいのかを考えず、「女性がたくさんいるから」「女性はこういう仕事をするものだから」という理由で就職するのは危険です。子どもの頃から、自分は本当に何が好きかを考えることが、日本女性の主体性や社会進出に大きく寄与すると思います。私自身、何も考えずに文学部に進学して就職に苦労した経験があるので、これは自戒でもあるのですが。
ピンクは社会の中で女性が強く生きるためのキーカラー
――ファッションの観点では、ピンク色を取り入れることで、男受けを意識している女性もいると思います。しかし、ピンクと男性受けってリンクしない気もしています。そのあたりはどうしょう?
堀越:おそらく、一般的な男性が好きなのはピンクより白が似合う女性ですよね(笑)。ただ、男受けとは関係なく、ピンクを着て“女子”という気持ちを高めることが楽しいという人はいると思います。ダサピンク論争が2年前にあって、「女性だからという理由でピンクを押し付けるな」という主張に同調する女性が増えました。
一方で、男性から愛されたいから、モテたいから、という理由ではなく「ピンクを着るのは、ただ自分が好きだから」と大きな声で言う女性も増えているんじゃないかと思います。
以前、とある女子大のファッションショーに遊びに行ったのですが、出てくる洋服がフリフリだったりピンクの印象が強かったりものが多くて驚いたんです。私の世代、アラフォーくらいの女性たちのあいだには、いわゆる女の子らしいふわふわした甘ロリ系は「痛い」と思われそうで躊躇する……という風潮があるのですが、今の若い子は「単純に好きだからピンクを着る」という姿勢になっている。社会からの押し付けや男性の目を、あまり気にしない人が多いのかなと感じました。
――男性の多い環境において、ピンクを着ることで女性としての強さを身にまとうという目的もあるのかもしれませんね。
堀越: 1960年代に活躍したアメリカの女性レーシングドライバー、ドナ・メイ・ミムズは、リアデッキ部に「Think Pink」と描かれたピンクのスーパーカーに乗り、ピンクのカバーオールとヘルメットを身につけていました。勝負事で男性に勝つ女性は「男勝りのいやな女」として嫌われる傾向がありますが、彼女は自らピンクレディーと名乗ってピンクで女性らしさをふりまいたことで、あまり批判を浴びずに済んだのだそうです。これはピンクを鎧として活用した例ですよね。
ヒラリー・クリントンもけっこうピンクを着ています。男性が多い政治の世界で「私は女性であることをわきまえていますよ」とアピールしているのではないかと考えられます。彼女はかつてパンツスーツ姿で登場することが多かったのですが、そのことで著名ファッションアドバイザーのティム・ガンに「ジェンダーが混乱している」とけなされたことあるのです。ピンクを着ることで、そうした批判をかわそうとしているのではないでしょうか。
自分は本当にピンクが好きなのか。そう考えることは、主体的に生きていくことに繋がります。一方で、社会の中で「女性」としての強さを放つキーカラーにもなる。それがピンクという色なのだと考えています。