製品やサービスを消費者に供給し、利益を生み出すことを責務とする「企業」。しかし、企業は組織として、単に経済的な利益を追求するにとどまらず、社会に広く影響力を与える存在でもある。そこで、消費者や株主、従業員だけではなく、社会に幅広いステークホルダーがいると捉え、企業が主体的に環境や社会問題を解決していこうという考えに基づいた活動を「CSR(Corporate Social Responsibilityの略)」と呼び、2000年頃に欧米で生まれ世界的に広まりをみせている。
自社の特性やノウハウを活かして、環境や社会に貢献していこうというCSRは、実際企業でどのように展開されているのだろう。今回、グローバル企業の筆頭であるマイクロソフトの「Upgrade Your World」について、社会貢献担当の龍治玲奈さんに話を聞いた。
マイクロソフトから1000万ドルを110団体に分配
――昨年7月に開始された「Upgrade Your World」とは、どのようなプロジェクトでしょうか?
龍治玲奈さん(以下、龍治):弊社が開発した「Windows 10」の提供開始にあわせて、日々世界をアップグレードしている団体や活動に感謝し、一緒にアップグレードしていくことを目的に開始したキャンペーンになります。具体的には、米国の本社からキャッシュで1000万ドルが、10団体のグローバルNPOと10か国のローカルNPO計100団体(総支援団体数は110団体)に分配され、各国のマイクロソフトと団体とが連携して様々な取り組みを実施しています。今回は、日本以外にオーストラリア、中国、フランス、ドイツ、インド、ケニア、メキシコ、英国、米国が選ばれました。日本では、ローカルNPO10団体のうち半分の5団体は自社で、残りの5団体はSNSを通じて一般の皆様に応援したい団体を選んでいただきました。
――「Upgrade Your World」のみならず、マイクロソフトとしてさまざまなCSRを展開されていますが、社会貢献の気運が高まったのはいつ頃からでしょうか?
龍治:もともとCSRの取り組みには積極的な企業ではありますが、東日本大震災は大きな転換期だったと思います。社内連携の重要性、他セクターと連携した社会的インパクト(Collective Impact)を考えるようになりました。震災のときは、IT業界で連携して被災地にPCを寄贈しましたが、そのプロジェクトを通じて、社内の多くの部門とダイレクトに連携する仕組みができたと思います。
お金だけではなく、技術も伝授する
――社会支援にあたり方針などは定めていらっしゃるのでしょうか?
龍治:弊社のCSR活動は、大きく分けて「国の未来を担う若者の機会拡大」「社会課題解決を行うNPOの基盤強化」という2つのテーマに基づいています。そのなかには、地域振興も含まれているんです。今回の「Upgrade Your World」は、助成金をお預けするというものになりますが、ほかにも技術支援や社員プロボノによるサポートも行っています。たとえば、児童養護施設から社会に出る若者の就労においては、Officeスキルが求められることが多いため、支援連携するNPOにはOfficeスキルの講習ノウハウを伝授しました。また、ただ一方的に教えるということではなく、マイクロソフトのサービス(例えばSkype)をどのように使ったら、支援の充実につなげられるかということを、最も現場をご存知でいらっしゃるNPOの方々と一緒に考えていきます。
――いわゆる“パートナー”という位置づけで、NPOとつながりを持っていらっしゃるのですね。
龍治:そうですね。企業だけで社会支援を考えたときに、課題解決の方法を見つけ出すのはどうしても難しいですし、企業側の目線で支援を考えてしまいがちです。現場の目線を持つためにも、NPOの皆様と活動をともにすることで、社会問題の解決がより現実的になるように思います。
ノウハウの提供は、助成金を預ける以上のインパクトがある
――その一方で、企業は経済的な支援だけでも良いのではという意見もあるかと思います。その辺りはどのように感じられますか?
龍治:近年、CSRに求められていることが急激に変わってきているように思います。たとえば、NPOに助成金をお渡しする支援は、一番シンプルです。しかし、企業のリソースはお金に限りません。製品やサービス、そして社員のノウハウという複合的価値と、NPOの支援ノウハウの融合を通じて、社会課題の解決を推進しようという流れができているように感じています。その一方で、お金以外のリソースを持ち出すということは、責任も増えますし、社員には負荷がかかることでもあります。
――それでも、経済支援にとどめずにリソースの提供を推進する理由とは?
龍治:とくに、社員が持つ専門の技術やノウハウを提供することは、助成金をお預けする以上に大きなインパクトがあるからです。助成金だけをお預けしていた頃は、限られたインパクトになっていていたんじゃないかなと思います。たとえば、インターネットセキュリティを啓発する教材作成のサポートにセキュリティの専門家や弁護士資格をもつ社員が関わる、あるいは、クラウドを通してNPO活動の支援者を拡大する仕組みの開発に、技術の専門性をもつ社員、さらにはパートナー企業様が関わることで、プロジェクトが大きく前進したという事例が増えています。
――マイクロソフトが目指す「テクノロジーによって可能性を広げる」ということが、支援によってダイレクトに達成されていますよね。
龍治:そのように思います。ITのチカラで機会と選択肢が広がるという意味では、NPOの皆様が目指す方向と親和性が高いと思います。たとえば、「Upgrade Your World」でも選出されたNPO「底上げ」は、気仙沼で早い段階からキャリア教育の取り組みを実施していました。都会に行かないと希望する仕事に就けないと思っていた高校生がクラウド利活用を通じて、「東北を離れなくても勉強も仕事もできるかもしれない」と言っていただけたことが印象的でしたね。
――ただ、社会支援といっても、やはり営利団体と非営利団体の違いは存在しますよね?
龍治:そうですね。企業の資産を使って行うことなので、自社に対してきちんとフィードバックできる支援である必要もあると思います。あと、ときに企業のCSRはPRのためではないかと誤解されることもあります。ですが、より一層支援が広がるためのPRだったら大いにアリだと思うようになりました。たとえば、東日本大震災の時にも弊社が行った支援活動を広報することに対して、当初は躊躇していましたが、最終的にレポートの形式でご報告をしたところ、NPOの皆様から「企業と連携しているNPOとしての認知が広がったし、さらに連携を呼び込む事ができる。ありがとう」と言っていただけました。やはり何かしら発信することで、支援の輪が広がるんだということを実感しましたね。
NPOだけでなく、政府も大切なパートナー
――社会貢献という意味では、納税をしているから支援は行政が責務を負うべき、という考え方もあると思うのですが、その点についてはいかがでしょうか?
龍治:そうした意見もあると思いますが、本当に行政に全てをお任せして良いのでしょうか?あるいは、企業には果たせる役割は無いでしょうか?
行政をはじめ公的な機関というのは、全ての人に平等でなければなりません。かたや、我々企業は支援する対象を選ばせていただくことができます。そうしたなかで、弊社の場合はITの技術とノウハウという特性を活かした支援を通して、NPOの皆様と支援のモデルケースを作ることができました。行政は、その公益性ゆえに支援インパクトをさらに広げる事ができると思うのです。
そうした意味では、NPOだけではなく政府も大切なパートナー様であると思っています。資金だけではなく、人の知識や知恵を結集させることは、社会が抱える課題解決に欠かせないことです。そのために、企業もできうる限りの力添えをしていくことが求められているのではないでしょうか。