2015年12月16日、最高裁大法廷で下された「民法における夫婦同姓の規定は合憲」の判決。新聞各紙が翌朝の一面で報じるなど、大きな話題になりましたが、この判決は一般人にとって理解しにくいところもあります。さまざまな疑問を法律のプロである弁護士に伺いました。
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【弁護士プロフィール】
●篠田恵里香(しのだ・えりか)=76年生まれ。離婚、不倫などの家事事件を始め、幅広い案件を担当。既婚。
●岩沙好幸(いわさ・よしゆき)=81年生まれ。労働事件や家事事件を担当。刑事事件にも強い。既婚。
●島田さくら(しまだ・さくら)=86年生まれ。家事事件や借金問題、セクハラ、パワハラも担当。未婚。
※3名ともアディーレ法律事務所に在籍(東京弁護士会所属)
民法750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」
原告「夫婦同姓には女性に対する差別の思想が潜んでいるので是正を求める」
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最高裁での判決は「合憲」(差別はない)
夫婦同姓は合憲。弁護士はどう思ったのか?
――夫婦別姓の訴えを認めず、これまでどおり夫婦同姓を合憲とした最高裁判決。率直にどんな感想を持ちましたか?
篠田恵里香さん(以下、篠田):予想どおりでしたね。同時に下された「100日を超える女性の再婚禁止は違憲」との判決も、弁護士の間では違憲になるだろうと予想されていました。その理由として、「再婚禁止」は女性に対する直接的な権利侵害であり、どう見ても男女不平等。対して、夫婦同姓というのは、民法で「女性が男性の姓にする」と規定しているわけではありません。女性の方が苗字を変えることが多いという実情はともかく、法律上、男女不平等とは言えないわけです。
島田さくらさん(以下、島田):私も予想どおりでした。再婚禁止期間の場合、期間制限を違憲だといってなくしてしまえば困っている人は救済されますが、もし選択的夫婦別姓を認めるとしたら、同姓の強制が違憲だというだけではダメで、法律の規定を整備してからでないと、「じゃあすぐ別姓に」ということにはできないので。
篠田:最高裁は判決を下した後の社会的影響を考えますから。選択的夫婦別姓を認めると、これから結婚する人が婚姻届を出すときに姓を選ぶだけではなく、現在結婚し同姓にしている人たちも公平上、姓を選べるように検討されるでしょう。そうすると、行政は大混乱になってしまいますよね。
島田:戸籍自体が筆頭者を手がかりに個人を特定できるようにしてあるので、家族の姓が同じということが前提ですので、選択的夫婦別姓を認めるとなれば、戸籍制度から全て作りなおさなくてはならないんです。ただ、制度の問題は別にして、私は選択的夫婦別姓を認めないことは違憲だと思っています。夫婦同姓とすること自体は合憲でしょう。もう一歩踏み込んで、選択的別姓を認めないこと自体に必要性があるのでしょうか? 選択的別姓という手段があるのにそれを認めないことは本当に合憲なのでしょうか? そういった点について、最高裁が踏み込んだ判断をしなかったのは残念です。
岩沙好幸さん(以下、岩沙):僕も、どちらかと言えば保守的な判決が出たなと思いました。
裁判官15人中、女性は3人…判断に性別は関係ある?
――最高裁の15人の裁判官のうち、女性は3人。その3人全員が「夫婦同姓規定は違憲だ」という判断を下しましたが、結局、多数決で合憲となりました。女性が半数以下だったことは、判決に影響したと思いますか?
岩沙:単純に考えれば、男女半々ぐらいのほうが良いに決まっていますけどね。
篠田:半数が女性だったら判決も変わっていたんじゃないかという意見もありますが、私は、それはなかったと見ています。女性が3人というのも不当とまで言えません。裁判官は法曹界の中から選ばれますが、そもそも母数として女性の割合が少なく、女性の弁護士や検事はやはり全体の3割ぐらい。ですから、最高裁でもそうなるのは仕方がないのです……。
島田:今回の女性裁判官は3人とも60代後半。この年代で司法試験に合格した女性というのは、今よりさらに少ないんですよね。これも“そもそも論”になりますが、女性の裁判官を増やすには、女性の進学率などを上げないと実質が制度に追いつかないと思うんです。
篠田:裁判官は、高等裁判所などで何年も判事をしてきたような経験のある人たちの中から、内閣が選ぶことになっています。なにしろ最高裁判事という重職ですから、その選び方に女性差別のような作為的なものがあるとは思えない。残り12人の男性も、女性の事情が分かっていないわけではなく、きちんと男女平等の見地に立って考えたと思いますよ。
岩沙:うーん、でも、男性の裁判官がほとんど全員、合憲の判断をして、女性は3人とも、違憲判断。偶然、性別で割れたという確率は低いのではないかと勘ぐってしまいますよね。
島田:男性の裁判官もひとりだけ「違憲」にしていますね。15人の中で唯一、国会が選択的夫婦別姓を可能にする法律を作らなかったことについての国家賠償請求を認めるべきとの意見を述べておられます。
篠田:私は女性ですが、もし今回の裁判官だったら合憲にします。あくまで法に鑑みてということで、私自身の希望とは違いますが。
選択的夫婦別姓は導入されるべきなのか
――では、それぞれ個人的には、夫婦同姓のままか、選択的夫婦別姓が導入されたほうが良いか、どう思いますか?
篠田:それは、もちろん選べたほうがいいですよね。実は私も弁護士になってから結婚して姓を変えたんです。でも、篠田弁護士として認識されているのに、突然、夫の姓に変わったら、皆さんびっくりされてしまうので、旧姓を使っています。
島田:社会に出て自分の名前で仕事をもらっていたら当然そうですよね。
篠田:でも、旧姓で通すことができない職場もありますからね。そういうところで仕事している女性にとっては、姓を変えることは大きな不利益。
岩沙:そういう不利益は実際あるでしょうし、夫婦同姓を定めているのは世界でも日本以外ほとんどありません。やはり世界基準に合わせたほうがいいと思います。でも、正直に打ち明けると、日本の男性はこの問題にあまり興味がないんですよ。
島田:そりゃそうですよね。現状、姓を変える人の90%以上は女性なんですから。
篠田:男性にとっては、婿に入った人だけの問題ですもんね。
島田:私は夫婦同姓しか認めない今の制度はおかしいと思いますし、さっさと法改正すべきだと考えていますが、自分のことでいえば結婚したら、あっさり姓を変えると思います。幼い頃から下の名前で呼ばれることが多かったから、姓にこだわりはないですね。
篠田:でも、実際に苗字が変わると、戸籍のみならず、銀行口座やクレジットカードの名義などを全て変えなければいけないので、すごく面倒。今、マイナンバーが話題ですが、これが本格的に導入され、役所に届けるものだけでなく、銀行などにひも付けされていくと、将来的にその不利益は解消されるかもしれません。婚姻届を出すと、全ての登録情報で自動的に姓を変えてくれるというように。
岩沙:僕は30年以上、今の姓を使ってちょっと飽きたところもあるので、結婚した時に相手の姓になってもいいなと一瞬思いました。男性としては少数派意見かもしれないけど(笑)。もちろん、夫婦別姓でもいいと思いますよ。
篠田:私は姓を変えるとき、両親との絆が失われるような気がして、さびしかったですね。それは姓を変えた人は皆、感じる気持ちではないでしょうか。もし、別姓が選べるようになったら、きっとすぐ旧姓に戻します(笑)。
「姓を変えたくない」と相談されたら弁護士としてどうする?
――弁護士として対応する場合はどうでしょう? 例えば「結婚したいけれど姓は変えたくないんです」という女性が相談に来たら、どう答えますか?
篠田:それはやっぱり、まずは相手のご家族と相談するよう勧めます。例えば、相手の男性が一人っ子でどうしてもその姓を残したいというような事情があっても、どちらかに統一しないと結婚できないのが日本の法律ですから、そこは2人でよく話し合うしかないですし、「苗字を変えたくないって言えなかった」というしこりを残すのが、一番良くないと思いますね。
島田:当人同士の話し合いで済むのが一番ですが、もしその女性が話し合いでも解決しないような問題で本気で悩んでいるなら、「よし、やりますか!」って、今回のような憲法訴訟を起こすかもしれませんね。
篠田・岩沙:ハハハ(爆笑)。
島田:訴えを起こしても、いきなり最高裁まで行くわけじゃないので、何年かかってもやるという覚悟が必要ですが……。
岩沙:たしかに。憲法訴訟なんて、なかなか経験できるものじゃないから、僕もそうするかも。弁護士でもキャリアの中で最高裁の法廷に立つ人はほとんどいないんですよ。
篠田:うーん、真面目に言うと、裁判までやるかどうかは微妙ですが、やってみたい気持ちはありますね。ただし、最高裁で合憲との判決が出たばかりですから、最高裁まで行けず途中で棄却される可能性が高いですよね。その女性が「負けたとしてもやってみたい」ということであれば、訴えを起こすことも視野に入りますが、最終的にどの選択が依頼者にとって最善かという視点が非常に重要であることは変わりませんね。
島田:法改正がされて制度が変わらない限り気持ちが晴れないという方もいると思いますし、時代によって最高裁の判断も変わっていくでしょうから、困っている方がいる限り、何度でも訴えます。
夫婦別姓と同性婚は、認めないことの不利益があいまい
――選択制夫婦別姓を導入しないことで、結婚制度が窮屈なものに見えてくるという弊害もあると思うのですが、どうでしょう?
篠田:それはありますよね。だから世界の多くの国は別姓を認めているわけです。「別姓にしてもいい」ということになっても、同姓にしたい人に不利益がある話ではないので、行政さえ対応できれば、認めてしまえばいいんですよね。
島田:新しい法律を作るのは本来、立法府である国会でやるべきこと。国民が選んだ議員がちゃんと時代に合う法律を作っていれば、今回のような裁判を起こす必要なんかないわけです。それができていないから、個人で訴えて司法の判断を待つということになる。
篠田:選択制夫婦別姓については、今回の裁判で終わらせるのではなく、政治家が国民の意見をもっと継続的に聞いていってほしいと思いますね。なにも最高裁で違憲判決が出なくても、法律は変えられるんですから。国民も、夫婦別姓実現を公約に掲げる政治家を選ぶなど、もっと意識しなければ、変わらないと思います。
島田:乱暴に言ってしまうと、夫婦別姓と同性婚については議論する時間がムダだと思うんですよ。だって、政治家によると、この2つを認めることによる不利益が「家制度の崩壊」とか、ふわっとしていて実態が見えない。認めないことによる不利益が大きすぎるのは明らかなのに、認めないことで多大な労力を費やしている。国会がさっさと民法を変えちゃえばいいんじゃないかと思うんですよね。
篠田:政治家は建前しか言わないからね。岩沙くんはどう思う?
岩沙:いや、やはり夫婦同姓に対する怒りがないと、おふたりみたいには話せないですね。現行の制度に不満を持っていないと……。
篠田:実際に事実婚で夫婦別姓にしている人の声を聞くと、その意識も違ってくるかも。事実婚をしている人たちは周囲から否定的な見方をされることもあり、けっこう大変なんです。
岩沙:さっきも言いましたが、男性はこの問題に無関心な人が多いので、もっと関心をもつべきですよね。女性がどれだけ不利益を受けているのか、それを男性もシリアスに考えれば、法律が変わっていく可能性はあるのでは。
篠田:そうして世論を盛り上げる他にも、外からの指摘で変わる可能性も。2011年、国連女性差別撤廃委員会が日本政府に対し、選択的夫婦別姓制度の導入などの民法改正法案の採択のとりくみを報告するよう勧告を出しています。「やっぱり日本だけ夫婦同姓を強制されるのはおかしい」という声が増えてくれば、違憲判断にもなりうると思います。
――では、10年後、20年後の未来には、選択制夫婦別姓が実現している。つまり女性が結婚で姓を変えなくてもOKということになりますか?
篠田:世論の動きによっては、ありえると思います。ただでさえ今、結婚した3組に1組が離婚している状況ですから。女性は離婚してその後再婚すると、人生で2回以上、姓を変えることになるわけですし。
岩沙:でも、別姓が認められると、離婚件数がさらに増えそうですね(笑)。結婚もしやすくなるけど、離婚もしやすくなる。
島田:別姓を選ぶ人のほうが逆に結婚に気合い入っているんじゃないですか。最初から離婚しようと思って結婚する人はいないわけですから。
篠田:単純に考えて、別姓夫婦は離婚のハードルが下がるでしょうね。今でも、「離婚したいけれど、子供の苗字が変わるのはかわいそうだから」と離婚を踏みとどまる女性も、少なくないんです。母親が旧姓に戻り、これに合わせると子供の苗字が変わってしまうので。
島田:うーん、同姓という負荷をかけないと家庭を維持できないのは、本来おかしいと思いますけどね。
篠田:岩沙くんは、もし結婚相手の女性に「別姓を選べるけれど、私はあなたの姓にするわ」って言われたらどう?
岩沙:それはうれしいですね。逆に妻から「あなたの姓にするのはイヤ」と言われてたら、既に離婚への予防線を張り始めているのかなと疑ってしまいますね(笑)。
篠田:なるほど(笑)。選択制夫婦別姓が導入されると、そうして結婚の意味あいも変わってくるかもしれませんね。
(小田慶子)