『健康で文化的な最低限度の生活』著者柏木ハルコさんインタビュー(後編)

不正受給でバイト代を没収される高校生…生活保護は「自己責任論」じゃ解決しない

不正受給でバイト代を没収される高校生…生活保護は「自己責任論」じゃ解決しない

生活保護のリアルな実情を描いた『健康で文化的な最低限度の生活 (ビッグコミックス)』著者・柏木ハルコさんへのインタビュー後編。作画をする前に、入念な現地取材が行われている本作。後編では漫画を読んだ読者の反応や、柏木さんが漫画を通して伝えたいことを聞きます。

【前編はこちら】「親に連絡されるくらいならホームレスのほうがマシ」生活保護漫画を描く中で見えた支援の実態

「かわいそう」「自己責任だ」様々な読者の反応

――読者の方からの感想にはどのようなものがありましたか?

柏木ハルコ(以下、柏木):受給者やケースワーカーといった当事者の方からは「リアルな現実が表現されている」「よくぞここまで描いてくれた」といった肯定的な反応をいただいています。この漫画を描くにあたってはケースワーカーの方への取材をかなり行ったので、現場の方々に「リアルだ」と言ってもらえるのは嬉しいですね。

また生活保護を受給している方からは、「こんな事例を漫画の中で取り上げてほしい」という意見をいただくこともあります。例えば冬季加算*が引き下げられたのですが、「これでは凍え死んでしまうから、漫画に描いて現状を訴えてほしい」という意見をいただきました。また「ケースワーカーの中にはあからさまに受給者を見下した態度をとる人もいるから、ぜひその実態について描いてほしい」という意見もありましたね。

*暖房代等がかさむことなどから、冬季に生活保護費に加算が行われる措置のこと

一般の読者からの反応ですが、ひとりのキャラクターに対してその反応が様々なんですよ。例えば2.3巻では不正受給の話題を取り上げていますが、そこに高校生の欣也くんという男の子が登場します。

生活保護を受給していると、収入があった場合には申告する義務が生じる。高校生の欣也はアルバイトをしていたが、その決まりを知らず収入の申告をしていなかった。そのため不正受給とみなされ、申告していなかったアルバイト代と同額の保護費約60万円を返還するよう求められることになる。(2巻:118ページ)

生活保護を受給していると、収入があった場合には申告する義務が生じる。高校生の欣也はアルバイトをしていたが、その決まりを知らず収入の申告をしていなかった。そのため不正受給とみなされ、申告していなかったアルバイト代と同額の保護費約60万円を返還するよう求められることになる。(2巻:118ページ)

制度について知っていれば控除によってアルバイト収入を得ることができたはずだが、知らずに申告をしていなかったために、全額返還を要求されたことで欣也は絶望する。(2巻:166ページ)

制度について知っていれば控除によってアルバイト収入を得ることができたはずだが、知らずに申告をしていなかったために、全額返還を要求されたことで欣也は絶望する。(2巻:166ページ)

2016-2-19-okamoto3

柏木:こういった欣也くんの姿を見て「本当にかわいそう。どうにかしてあげてほしい」という人もいれば「生活保護世帯なんだからそんなの当たり前だ」「制度を遵守していなかったのだから、自己責任だ」という人もいます。同じケースを見ても、その感じ方は人によって全く違うんですね。

責めているだけでは、人を変えることはできない

柏木:このように不正受給といっても明確に悪意があるケースばかりではありません。欣也くんのように制度をよく理解していなかったために、知らず知らずのうちに不正受給になってしまっているというケースもあります。漫画の中でそういった様々なケースを伝えることで、偏見をなくしていけるかもしれないとは思っています。

また、先ほど欣也くんについて「制度を遵守していなかったのだから、自己責任だ」というコメントがあったという話をしましたが、この漫画ではそういった自己責任論についても触れています。それには漫画家としての自分自身の経験も関係しているんですね。

漫画家というのは目指している人の全員がなれる職業ではないじゃないですか。だから「漫画家になれるのは一生懸命努力した人だけで、なることができない人は努力が足りない」といったいわゆる自己責任論に陥りがちなところがあると思うんです。

私自身も20代の頃まではそういった考えを持っていて、アシスタントに対しても「もっと描かなきゃデビューできないよ」「ここで頑張れないなら、もう漫画家を目指すのはやめたほうがいい」といった厳しい声かけをしていました。

でもそういうやり取りをしていると、アシスタントが黙りこくってしまって、だんだんと何も話さなくなっていってしまうんですね。それに気づいたとき、自分の働きかけに対して反省をして、徐々に考え方が変わっていきました。

やはり人を無駄に責めて世の中よく変わるかというとそんなことはないですし、責めて良い方向に変わる人もいないんですよね。ただ周囲が責めているだけだとその人は萎縮してしまうばかりで何にもできなくなってしまうのではないでしょうか。

知識をつけて、一緒にこの問題を考えてほしい

柏木:とはいえ、やはり読者の方に手に取っていただく漫画ですから、自分の考え方や価値観を押し付けたくはないと思っています。ですから「あなたの考え方は間違っている」というように読者を排除するような描き方をするつもりはないんですね。

「今こういう現状があって、こんな社会になっている。それに対して私はこう思いますが、あなたはどう考えますか?」と投げかけるような作品にできればと思っています。

特に生活保護は難しい問題ですから「こうすればいい」とか「こうすべきだ」と言い切れるものではありませんし、そういう意味でも「こんな事実があるけどみなさんはどう思いますか?」といった問いかけをしていくことしかできないのではないかと思っています。

ですから、生活保護制度に対して否定的な考えを持っている方にこそこの漫画を読んでほしいと思います。価値観を変えてほしいとか、こういうふうに考えてほしい、ということではありません。考え方はそれぞれの人の自由ですが、ただ事実を知りながら一緒にこの問題を考えてほしいと思っています。

イメージのその先へ

「生活保護を受給している人は……」というように、何かと一般論に落としてこんで議論されることが多いこの問題ですが、生活保護受給者といってもそれぞれが抱える問題は人それぞれ。偏った情報だけをもとに判断しようとするのではなく、様々なケースを知った上で、この問題について自分なりの考えをもっていきたいと改めて感じました。多様なケースが丁寧に描かれたこの作品は、「生活保護」に対するイメージを変えるきっかけになるのではないでしょうか。

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