生活保護受給者とそれを支えるケースワーカーとのリアルなやり取りを描いて話題となった『健康で文化的な最低限度の生活 (ビッグコミックス)』 そのコミックス第3巻が1月29日に発売されました。著者の柏木ハルコさんに作品に込める思いや、描く中で感じたことについてお話を聞きました。
東日本大震災を境に社会問題を考えるように
――生活保護を題材にした漫画を描こうと思ったのはなぜですか?
柏木ハルコさん(以下、柏木):私の友人が法テラス(法務省所轄の法律相談窓口)に勤めているのですが、そこを訪れる生活保護受給者の方の話を聞いていて、非常に興味深いなと思ったのがきっかけです。
東日本大震災を境に社会問題について描いてみたいと思うようになったことも理由のひとつですね。それまではどちらかというと自己表現として漫画を描いていたのですが、自分の外に目を向けて社会のことについて考えてみたいと思うようになりました。
とはいえ、描き始める前は生活保護に関する知識が全くなくて。どんな人が、どのような悩みをもっているのか。その人の生き様や服装、口癖はどのようなものなのか。漫画を描くならばそういった部分まで全てをリアルに描く必要があると思ったんです。
ですから、そうしたリアリティをつかむためにも取材にはかなり力を入れています。身寄りのいない方が亡くなると業者がその遺品の整理を行うのですが、そのお仕事に同行取材をしたこともあります。そこに行くと、人が生きていた痕跡がまだ生々しく残っているわけです。
片付けていくうちにその人が元気だった頃の物も出てくるのですが、若かった頃の写真などを見ていると「こんな元気なときがあったんだな」と、ひしひしと伝わってきて。そういった「人が生きている臨場感」が伝わるような描写ができたらと思っています。
――生活保護世帯の方々の描写にもリアリティがありますよね。
柏木:表現が現実から乖離してしまわないよう、ホームレス支援をしているNPO団体や実際にケースワーカーとして働いている方にもたくさんお話を伺っています。
親に連絡されたくないから、ホームレス
――若い女性の貧困についてはどう思われますか?
柏木:私が話を聞いた範囲内では、精神を病んでしまっている人が多い印象を受けました。特に親と折り合いが悪くてメンタルが壊れてしまっている人は本当に大変そうだと感じます。本当はお金を稼いで実家を出たいけれど、精神疾患があって働けないから、それもできない。恋人や夫のDVに苦しみ、逃げても行くところがないといったケースにも出会いました。
生活保護に頼りたくても、生活保護には扶養照会*というシステムがあると知って申請を諦めてしまう人もいます。親に連絡をされるくらいならホームレスになったほうがましだという人も中にはいるんですね。人それぞれ抱えている悩みや困難は本当に様々なのだと感じました。
*扶養照会:生活保護を受ける前に親族が扶養できるかどうかを確認する仕組み。親族がいれば必ず扶養義務が生じるわけではなく、あくまで生活保護よりも「優先する」という位置づけ
ケースワーカーによって価値観や考え方はそれぞれ
――漫画では生活保護を受給している方だけでなく、それを支えるケースワーカーについても丁寧に描かれていますよね。
柏木:ケースワーカーの中にも色々な考え方の人がいるんですよね。生活保護受給者の方への態度や、そのケースワークのありかたも本当に多様なんですよ。
例えば、漫画の中に京極係長と、半田さんというベテランのケースワーカーが出てきますが、そのふたりの考え方は対照的です。京極係長は、生活保護費の増大に強い問題意識を持っているんですね。ケースワーカーはひとりあたり億単位のお金を動かすこともありますから、税金の使い道はよくよく考えて、無駄な支出がないようしっかり管理するべきだという考えを持っています。
柏木:一方、半田さんはずっと生活保護などの福祉分野でキャリアを積んできたキャラクターで、受給者の話をよく聞いて、その人にとって十分な支援を行おうとする意識が強い。
柏木:ふたりとも仕事熱心で、それぞれに大切にしている価値観があるので、どちらの考え方がよい、わるいという描き方はしないようにしています。
価値観が違えば当然ケースワークのあり方も異なってきます。例えば、交通事故で顔に大きな傷を負ってしまった人がいるとするじゃないですか。半田さんならば「この人は顔の傷を治してあげれば、自信を持って就活ができ、就労の可能性が高まる。
そうすれば再び納税者になれるのだから手術をすべきだ」と考えるかもしれません。しかし京極係長からしてみれば「生活保護費から整形手術にお金を出すなんてとんでもない!」ということになってしまいますよね。
そうやって考えると、保護費を出すか出さないかということは、どちらが正解かを簡単に決めることができる問題ではないということが分かると思います。
ケースワーカー自身も悩んでいますし、意見がぶつかるときもある。そういった側面も描いていきたいと思っています。
生活保護のケースワーカーは「人の話を聞くプロ」
柏木:あとは、ケースワーカーと受給者の方のやり取りも丁寧に描きたいですね。ケースワーカーってある意味「人の話を聞くプロ」みたいなもので。
2巻に主人公のえみるが受給者の方と面談をするシーンがあります。えみるが話を聞いているときには怒ってしまっていた方が、聞き手がベテランの半田さんに代わった瞬間自分のことを語りだすという場面です。
私は人の話を聞くのが苦手なえみるのようなタイプなので、自分では傾聴を心掛けていても、気づくと説教になってしまっていることがあります。そうすると何を言っても相手から反応がなくなってしまうんですね。
でも、半田さんのように人の話を聞くのが上手な人は、雑談から入ってみたり、その人が元気だったときの話をしてみたりと、相談者の心を開いていくのがとても巧みなんですね。
「昔は何をしていたんですか」「その頃はどうでした?」と、そんな話をしているうちに、相手がだんだん自分のことを語りだす。私からするとまるで魔法のようです。
話をしてもらい、それを聞いてできることを一緒に考える。ケースワーカーって生活保護受給者全体と向かい合っているわけじゃなくて、一人ひとりと向かい合う仕事なんだと思うんです。多種多様な悩みがある中でどのようにアプローチをするべきなのかをコミュニケーションの中で考えていくわけですから。
関わり方によって、その人の人生が好転することもあると思います。そういった過程や瞬間を丁寧に描いていけたらいいなと思っています。