震災直後に“一冊まるごと海特集” 理系出身編集長が伝えたかったこと

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震災直後に“一冊まるごと海特集” 理系出身編集長が伝えたかったこと

「研究のワクワクを伝えたい」「理系のキャリアは、就職か、アカデミアか、それだけじゃない」――。株式会社リバネス・上野裕子さんへのインタビュー前編では、研究者としての背景を持つ上野さんだからこそ語れる、前向きな言葉が飛び出した。後編では、具体的な入社の経緯から、企業と研究者をつなぐことの意義を伺う。

【前編はこちら】「博士だけど無職」を変えたい 理系就職の難しさを取り除く、社員全員が研究者のベンチャー企業

上野裕子さん

上野裕子さん

東日本大震災後、社内の反対を押し切って「海」を特集

――インターン生時代には、どういう仕事をされていたんですか?

上野裕子さん(以下、上野)
:高校生向け科学雑誌『someone』の記事制作や編集、実験教室の企画・運営などを行っていました。

リバネスのインターンは熱意があれば、それを受け入れてくれる土壌があるんです。私はインターンに参加して最初の『someone』で記事を1本書き、次の号で編集にチャレンジしました。さらに次の号では、会議で新企画の提案をして、見事採用されました。「Ah-HA! カフェ」というコーナーで、これは今でも続いていますね。そして、最後の一冊で編集長を務めました。

編集長を務めた2011夏号は、長く関わっていた『someone』の中でも思い出深い一冊です。私が研究していた好熱菌は深海に棲んでいることもあって、海が好きでどうしても海の特集がしたかったんですね。でも、ちょうど東日本大震災後の発刊でしたから、社内では反対の声もあったんですが押し切りました。

なぜそこまでやったかというと、自然の猛威に日本が慄いていた時であっても、やはり私は研究者として、未知への探究心や、「知らなかったことを知りたい」と挑戦する人の姿を子ども達に伝えたかった。海を見た時に、恐怖ではなく、キラキラとした希望を感じてほしかったんです。

その号では、深海から始まって、クラゲや船の航路、干潟などを順番に紹介していきました。『someone』は毎号読者アンケートをとっているんですが、高校生の読者から「震災で海の怖さをいやというほど感じると同時に、海を愛してやまない東北の人々の暮らしを思う狭間で身動きできずにいた自分の心を救ってくれた」という言葉をいただいて、すごく感銘を受けましたね。

実験教室は目の前の子ども達に科学の魅力を伝えますが、文字は時空や場所を越える力を持っていると実感して、雑誌を作るのが好きになりました。

その後、インターンを1年間休んで研究に専念し、博士号を取得後、改めてリバネスの門戸を叩きました。

子供たちを教えるスクールでの経験

――現在はどのようなお仕事をされているのでしょう?

上野:現在入社3年目なんですが、最初の1年間『someone』の編集に携わっていました。同時に、企業の研究者向けの研修を行ったり、アメリカ支社のチームに加わってアメリカの子ども達を日本の大学や研究施設に連れて行ったり、弊社の社屋に併設されているラボで日曜日に子ども向けのスクールを実施したりしています。ラボは、十分研究できるレベルの設備が整っていますね。

スクールにはマスターコースとドクターコースがありまして、私は主にドクターコースの指導を担当しています。マスターコースはいかに子ども達の興味を引き出すかが主眼で、解剖などを行います。一方、ドクターコースはまさに「研究」。研究テーマを与えて、一緒に仮説を立て、彼らの発想でともに実験を重ねて行きます。指導する私達自身も、その研究の「答え」を知りません。

以前、ドクターコースの生徒達とともに好熱菌の研究を行い、その研究成果を学会に発表したのですが、ありがたいことにポスター賞特別奨励賞をいただきました。感無量ですね。

――そういう経験があれば、子ども達も研究に興味が湧きますね。

上野:そうですね。でも私は、特に理系の研究者になってほしいと思っている訳ではありません。自分が不思議だなと感じたことを、仮説を立てて研究し、人に伝えるといった経験は「答えのない世界」で生きていかなければならない子ども達にとって糧になると信じています。

世界にイノベーションを起こすために、研究者のアイデアを適材適所で活かす

――博士号を取得して、教育や人材開発事業などに携わるというのは、やはり他の理系女子と比べて一風変わったキャリアの進み方だと思うのですが、その違いを実感することはありますか?

上野:周りからは「楽しそうだね」とよく言われますね(笑)。「リバネス」として、未来を切り開いていけているという感覚はあります。

ちなみに、最初は「科学の魅力を伝える」ことが目標だったんですが、実はこの3年間で考えが変わってきているんです。その考えは傲慢だったな、と。というのも、「自分が楽しいと思っていることが、他の人も楽しいと思ったら大間違いだよ」と言われたからなんですが(笑)。

そのかわり、私のケースでいえば、好熱菌という知識を伝えることそのものではなく「好熱菌って楽しいんだよ!」とワクワクしながら語る「私」という触媒を通して、心を動かす体験を提供したいと考えています。雑誌も然り、研修も然り。人を通して伝えられる感動を、受け取った人がエネルギーにしてくれれば、各々の考えるよりよい世界が実現されるのではないかと思います。

コミュニケーションが苦手な研究者もつないでいきたい

――どういう風に世界は変わっていくのでしょう?

上野:私は研究者の力を信じています。しかし、全ての研究者が自分から発信する訳ではありません。発信するのが苦手だったり、興味がない研究者も、確かにいますから。だから、私を通して、最先端の研究者のアイデアを適材適所へ届けていくことでイノベーションを起こしたいんです。

取材に行くのも、各企業を訪問して人材のニーズを伺うのも、全て「誰と誰をつなぐのか」を考えていくためです。

――理系女子のキャリアの選び方はどうすべきなのでしょうか? 研究の実績を残すか、あるいは結婚・子育てすべきか、そのあたりの兼ね合いを考える必要はありますか?

上野:私自身に関していえば、「博士課程に進んだら結婚できない」などとは考えたことはありません。その時々で一番やりたいことを逐一選び取っていたら、今のようになりました。

26、7歳の時に結婚ラッシュが来て、その時は確かに焦りを感じましたけど、焦っても何も変わらないですからね(笑)。「結論が出ないことを話しても仕方がない」と考えるのは、理系ならではかもしれないです。

私は、入社する前から母親になるのが夢だったんですよ。だから子どもは絶対欲しいんですが、子どもに縋るような親になりたくないので、社会復帰できる仕事をしたかったんです。だから、今の目標は「上野裕子」にしかできない仕事をすること。これからも、自分にしかできない価値を提供することで、いずれ仕事と子育てを両立できる生き方をしていきたいです。

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