美しさや品質が評価され「国にとって大事なもの」と考えられている一方で、普段使いには敷居が高く感じられる伝統工芸品。また公正な貿易を通して現地の環境や人々の仕事を守るフェアトレードにも、日本ではまだ浸透の余地があります。
今回は新しいデザインの和三盆の制作や、フェアトレードショップの商品のデザインに携わる泉田志穂さんにお話を聞き、デザインの可能性について探ってみました。
「張り子」「こけし」はキャラ的なかわいさがある
――伝統工芸のどんなところに魅力を感じていましたか。
泉田志穂さん(以下、泉田):中学校の頃、美術で好きなものを描く授業があったのですが、私は「張り子」と「こけし」を選んで描いてたんです。シブくてかわいいと思って。
それから職人さんがひとつひとつ手で作り上げる様子をテレビで見て、さらに興味を持つようになりました。伝統的なデザインの深みだけでなく、手作りの温かみのある雰囲気が好きです。
――デザインの観点から惹かれる部分はありましたか。
泉田:こけしや張り子などは、現代の「キャラクター」のように顔が大きな割合を占めていて、ころんとした形をしていますよね。そういった子どもでもかわいく感じる、わかりやすさも魅力だと思います。

「職人さんと一緒に制作している和三盆には、お茶に限らず、コーヒーと一緒に食べられるような味のものもあります。コーヒーと一緒に飲むと、フレーバーコーヒーのような味わいになるんです。和三盆は高級菓子なので、ひとつひとつ包装し、マカロンのように値段にあった満足感が得られやすいように工夫しました」(泉田さん)。
「普段使いがするけど特別」なモノへ
――伝統工芸は「語り継いでいきたいもの」と考えられる一方で、ふだん使いをするのが難しい、「特別なモノ」として認識されているように思えます。
泉田:伝統工芸品は素材にこだわり手間暇がかかっているので、価格も高めのものが多いのも事実です。しかし、使えば使うほど深みが増していき、長く大切にしていきたいという想いも生まれます。
そういったものを、これからの時代にも残していくためには、ずっと愛用し続けたくなるような「特別なモノ」という価値は残しつつ、日常でも使いやすいデザインに変えていく必要があると感じています。同時に、高い価値に見合った見せ方の工夫も大事です。せっかく良い素材を使っているので、ディスプレイも品質が伝わるものでなければなりません。
――伝統工芸品をデザインする上で大切にしていることは何ですか。
泉田:全てを新しく変えてしまうのではなく、もともとある伝統的な柄や質感などを引き出しながら、今の時代にあったモノを作っていきたいです。一時的に人気が出るような目新しさではなく、次の伝統につながるといい。自分がデザインしたモノを通して、日常的に伝統工芸品を使うライフスタイルを提案していこうと思っています。

風呂敷とエコバッグを融合した「袋包」(ふくろづつみ)。
包みたいものの大きさに合わせて包み方を簡単に変えることができる。
京都の老舗風呂敷メーカー、山田繊維株式会社により商品化。販売元:SHOPむす美/オンラインショップ
ヒットを生み出せば、伝統を守れる
――泉田さんは地元の香川県で和三盆の企画・制作をする日和制作所を設立したりと、伝統工芸に携わる職人さんとともに様々な商品を作っていますね。一緒にお仕事をした職人さんは、伝統工芸の現状についてどうお考えですか。
泉田:伝統工芸品は以前より売れなくなってしまい、後継者もいない、工房が閉鎖されるといった情況に追い込まれています。商品が売れるか、食べていけるかわからない状況で弟子をとったり、子どもに家業を継がせたりすることに不安を感じていらっしゃいます。
もしヒット商品が生まれれば、安心して後を継いでもらうことができるのに、とも考えておられるようです。
――どんな時にやりがいを感じますか。
泉田:自分がデザインした商品が、若い人たちに受け入れられた時ですね。例えば、自分が手掛けた和三盆が若い世代の人たちに人気が出て、地元である香川の若い人たちが「和三盆を広めたい、ボランティアで手伝いたい」と申し出てくれた時はとてもうれしかったです。
フェアトレードはエスニックだけではない
――泉田さんはフェアトレードショップ「Punchi Lamai」(プンチラマイ)の、スリランカの女性たちが染色・縫製などをした衣服のデザインにも携わっていますが、どのような気持ちでお仕事されていますか?
泉田:私は日本以外の伝統工芸や手仕事も好きなんです。また、草木染めなど自然の風合いを残したものも好きです。だから、フェアトレードを通して途上国の人を支援するというより、伝統的な技法を使わせてもらうという感覚で、職人さんたちに敬意を感じながら関わっています。
――フェアトレード商品というとエスニックというイメージを持っていたのですが、泉田さんのデザインされたものは、どちらかというとシンプルな印象ですね。
泉田:私自身はエスニックな雰囲気の服や雑貨も好きなんですが、普段でも着やすいものを作りたくて。草木染めの良さを感じてもらうためにも、色を楽しんでもらえるようなデザインにしました。同じ染料でも生地が違うと発色の仕方が違うので、例えばシャツの場合なら襟部分は違う生地を使用しています。
――スリランカのフェアトレード商品をデザインする時、大切にしていることはどのようなことですか。
泉田:スリランカにはアーユルヴェーダのハーブなど使った独自の染料があり、スリランカらしい商品をつくることで魅力ある文化を知ってもらいたいと思っています。
だから商品の紹介をする時、Punchi Lamaiさんではどんな染料で染めているかなどがわかるように表示しています。もちろん、大切に使い続けてもらえるようなモノを作っていきたいですね。
――スリランカ以外のアジアの伝統を活かした商品をデザインすることもありますか。
泉田:インドの伝統技法を用いて商品を作っている「kachua」(カチュア)さんと、日本で昔から受け継がれてきたベンガラ染料を作る会社「古色の美」(こしょくのび)さんと一緒に商品を作っています。
インドには木版などを使って、布に模様がプリントされた印度更紗(いんどさらさ)という布があります。インド製の木版スタンプを使い、ベンガラ染料で、オーガニックコットンのハンカチに模様をつけていくキットです。木製のブロックスタンプを組み合わせて押すだけで自分の好きな模様と、ベンガラ染めの自然で優しい色が同時に体験できるように企画しています。一般の人に楽しんでもらうことで、伝統的な技法の良さが伝わっていけばいいと思っています。
デザインの意義は「見た目」だけではない
――デザインの道に進まれたきっかけや、独立される前のお仕事についてお教えください。
泉田:大学卒業後は様々なもの作りに興味があり、染色工房でバイトや陶芸教室のアシスタント、テレビCMのセットのデザイン、教育テレビの人形制作などで経験を積みました。そんな中で住宅のリノベーションの会社で広報を担当したのですが、それがきっかけでデザインに対する考えが変わったように思います。
中古マンションや店舗の内装や間取りをお客さんの希望のものに変え、付加価値を付けて販売する仕事をしたことで、「古いものの良さを生かして今の時代にあったものを提案する」という感覚が生まれ、デザイナーとして独り立ちすることに決めました。
――泉田さんのデザイン観や、デザインのあるべき姿を教えてください。
泉田:以前はおしゃれなものやかっこいいもの、かわいいものをつくりたいという思いがありました。しかし仕事をしていくなかで、単に見た目を良くするだけでは「売れなくなった商品を売る」「宣伝効果を上げる」などの課題が解決できないこともあると実感しました。
それから喜んでもらえる商品、使いやすい商品にするために「どんなデザインが必要か」を考えるようになってきましたね。デザインを少し変えるだけで、売上や、イメージ、客層などが変わってきます。それだけの責任のある仕事です。だからといって無難なものばかり作っていてもつまらないのですが。デザインのあるべき姿、に対する答えはなく、デザイナーさんそれぞれの考え方があるからこそ、色々なものができて面白いんじゃないかと思います。