雇用が絡む法律は一筋縄ではいかないほど厄介であり、知らぬ間に紛争に発展してしまうことも少なくない。そんな働く人、雇う人が見えないトラブルでつまずく前に手を差し伸べてくれる相談センターが昨年1月に開設された。港区赤坂にある「TECC(東京圏雇用労働相談センター)」は、内閣府と厚生労働省が発足させた“労働関係のトラブルを未然に防ぐため”の施設だ。
TECCには、労務管理にくわしい弁護士や社会保険労務士といった専門家が常時2名、窓口に常駐している。相談に一切費用はかからず、すべて無料で対応。窓口での相談以外に、電話・メールでの相談も受けつけており、場合によっては専門家が自社に訪問してくれることもある。至れり尽くせりのサービスが無料で受けられる非常にありがたいサービスであるにも関わらず、まだまだ周知されていない。
現状では、ベンチャー企業やグローバル企業を中心とした経営者側からの相談が約8割、労働者側からの相談が約2割といったところだ。今回、具体的な労働関係のトラブル例を交えながら、TECCで相談に対応されている弁護士の倉持麟太郎先生、稻川静先生、社会保険労務士の碓井暁子先生にお話を伺った。
労働関係のトラブルは揉めてからの相談がほとんど
――これまでTECCには、具体的にどういった相談がありましたか?
碓井暁子さん(以下、碓井):現在は経営者側のご相談が中心ですので、「社員が10人以上になるから、就業規則を作りたい」とか、「会社を立ち上げたが、どんな書類を用意すればいいかかわからない」といったお問い合わせが多いですね。たとえば後者の場合ですと、労務関係の書類のご提供と、1年間でやるべきことをアドバイスしています。
倉持麟太郎さん(以下、倉持):相談には一般的な窓口相談のほかに、個別相談、個別訪問と種類があり、契約書や就業規則を作るなど、その企業に特化した高度な内容は、個別相談もしくは訪問で対応しています。個別の場合、それぞれ1社につき「2時間×2回の合計4時間程度」という目安が定められています。これは、個別相談で4時間程度、個別訪問で4時間程度という建付けです。もちろん、すべての業務をべたっとやって、はい時間いっぱいになりました、というわけではありません。相談員がその時間内にすべてのことを終わらせるというよりは、相談者の方に無理のないようにコミュニケーションをとり、ときには「宿題」をお出ししながら電話やメールも併用して、課題解決ができるよう絶妙にマネジメントしていますね。
――先生方は、TECCとは別に、日常の弁護士業務として、どのような労働事件についての相談をお受けしているのですか?
稻川静さん(以下、稻川):私は普段の弁護士としての日常業務においては労働法関連の相談を受けることが多く、例えば、クビにした労働者に労働審判を申し立てられてしまったという経営者の方のご相談を受けたことがあります。この件もそうでしたが、トラブルになってしまうのは、経営者と労働者の距離が近く、人間関係が密なところで、法律問題になる以前に人間関係がこじれてしまっている場合が多いです。揉め事の末に、法律を無視した形で解雇してしまったり。
倉持:私もTECCではなく日常の一般的な相談ですが、「労働者とのコミュニケーションをあまりとらない段階で、すでに解雇予告通知を送ってしまった」という経営者側からの相談を受けたことがあります。労働関係のトラブルは、すでに訴えられたとか通知を出してしまったとか、紛争が起きてからの相談がほとんどなんです。それでは遅すぎます。もっと早い段階で相談してくれればスムーズに解決できることが、経験上非常に多いんです。
――そもそも日本では、たとえば重大なミスを犯したとき、即解雇はできるものなんでしょうか?
倉持:労働者との面談や、評価等の手続、配置転換等を経ずに、いきなり解雇の手続をとっても、それが適法な解雇だと評価されることはまず難しいです。それこそ、会社のものを盗んだとか、刑事罰が科されるような違法行為等が無い限りは。解雇するには、それ相応の理由がなければダメです。極端な例ですが、その人がいる部署だけ著しく売上が低い状態が2年間つづいていて、それが全部その人のミスによるものだとか、その人が関わっているところで作られた製品だけが、すべて欠陥品としてクレームがあがっているとか、あらゆる要素を慎重に加味しなければなりません。さらに、何度も面談を重ねて注意喚起しても改善の兆しが見られなかったとか、配置転換という人事権の適正な行使をしたとか、労働者の権利を最大限に尊重せねばなりません。軽率に解雇に踏み切ってしまうと、後で訴訟リスク等を負担することになります。
セクハラやパワハラは線引きがむずかしい一面も
――TECCでの相談に限らず、世間で聞かれるようなセクハラやパワハラのトラブルは受けられたことはありますか?
稻川:なかなか声をあげづらいのかもしれませんが、セクハラやパワハラの事例は、あまり受けたことがなくて…。弁護士に相談するとなると、法的な手続きをとる段階なので。ただ、問題がないと思っているわけではなくて、もう少し弁護士の潜在的なニーズは高いんじゃないかなと感じます。
碓井:ある程度の規模の企業だと、人事のなかにセクハラ・パワハラの相談窓口を設けているので、そういった窓口で解決できているのかもしれません。ただ、被害者のなかには、嫌な記憶が残ってしまうとか、周りの目が気になるなどの理由で、対応云々に関わらず転職してしまう人も多いですね。
倉持:私は、パワハラ疑惑をかけられて不当解雇されたという男性からの相談を受けました。彼は、「絶対パワハラなんてしてない」と言い張っていたんですが、実際は明らかなパワハラで……。実は、彼は出版業界出身で、日頃、上司から頭をひっぱたかれたりしながら仕事をしてきた人なんですよ。だから、そういうノリで、女性社員に「ふざけるな、死ね」とかLINEで送っていて。あとは、ハートマークを入れてみたり、本人はふざけただけだと主張していますが、はたから見たら完全にアウトです。
――たとえば、「かわいいね」とか「彼氏いるの?」ぐらいのライトな内容であっても、言われた側が不愉快であればセクハラに該当するんでしょうか?
稻川:本人が不愉快だからといって、それがセクハラになるかというと、決してそうではないんです。さまざまな事情を客観的に見てセクハラにあたるかどうかを判断するので、一概には言えず……。ですが、おそらくそれぐらいの事例ではセクハラに該当しない可能性が高いです。
セクハラ予防を訴えると「女性とは働きづらい」雰囲気に
稻川:私は、企業に出向いてコンプライアンスの講演を行うことがあるんですが、これも非常に難しいと感じています。国が国家公務員向けに定めたセクハラになりえる言動の定義があり、たとえば「女性社員にお茶くみを強要する」とか「お酒の席で、女性社員に上司の隣に座るよう指定する」などが該当するんですが、こういった具体例を挙げて強く批判すると、逆に、本当にセクハラについて気づいてほしい人ではなくて、逆に問題のない男性社員たちを萎縮させてしまうんです。
逆にセクハラの予防に取り組んでほしい人たちは、「自分は部下から信頼されているから、そういう行為をしても大丈夫だ」と思い込んでいて、まったく響かないんですよね。そうなると、聞いてほしい層には届かず、全体的に「女性とは仕事がしづらい」という空気感になってしまう。それは本意ではないので、伝え方には気をつけています。
碓井:あとは、たとえば女性にお茶くみや電話対応を任せることを、男女差別と捉えるか、性差の役割分担と捉えるか、どちらの考え方もあると思います。私はいくつかの企業で会社員を経験しているんですが、どの企業も少なからず男女の扱いに違いは感じました。女性にやさしく接してくれるところもあれば、昇進の基準に明らかに男女差があり男尊女卑と言わざるをえないところもあったり。時代と共に改善されてきてはいますが、必ずしも単純に男女がイコールになることがベストとも限らないかなと。女性が優遇されている一面もあると思うんですよね。
【後編はこちら】残業代を70%しか認めない企業の勝手な論理とは 弁護士が語る最近の労働トラブル
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