今年3月で東日本大震災から5年。発生直後とは、街の様子も、必要な支援も変わってきていますが、映画で描かれる「震災」も変わってきているようです。
映画『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』は、東北大震災により福島から神戸へと引っ越した主人公と友人たちが、今では立ち入り制限区域の母校へ、タイムカプセルを掘り起こしに行く物語。
NHKの特集ドラマとして2015年3月10日に放送され好評を博したドラマ版よりも、登場人物の背景をより深く描いた劇場版が1月23日より公開されます。
本作を演出したのは、NHKのディレクターとして連続テレビ小説『あまちゃん』や『その街のこども』(森山未來、佐藤江梨子主演)でも震災を描いた作品を発表してきた井上剛監督。「みんなで手を繋いでがんばろうというのはイヤですね。震災そのものにフォーカスしたり、震災をテーマにしたりというのはもう出来ない」と語る井上監督は、『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』にどんな思いを込めたのでしょうか。
震災を日常と切り離さないでいたい
――井上監督は『その街のこども』でも阪神・淡路大震災に関する作品を演出されていますが、今回、東北大震災を経験した少年少女たちの物語である『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』を手がけられたのは、どういう理由からでしょうか。震災をテーマにしていきたいという考えがあるのでしょうか?
井上剛さん(以下、井上):震災のドラマについてはよく聞かれるんですけど、僕にとっては特別なことではなく、自然な流れです。東北大震災は起きてしまった。今ではそれは起こってしまったこととして、この世界に当たり前のようにあるわけです。震災を特別なことだと切り離して考えることが出来ないと思うんです。だから東京から200キロ離れた場所でドラマのロケをしましたという単純なことではないけれど、その土地の方たちの心の闇を切り取るとか、そういうことは考えていません。今ある日本の日常を撮影しているという意識です。東京で撮影をしている別の作品と同じ気持ちで取り組みました。
――脚本の一色伸幸さんとはどのような打ち合わせを?
井上:この作品は一色さんからのアイデアをプロデューサーが受けて、僕のところに話が来ました。物語は神戸から始まりますが、脚本作りの一環として神戸から福島へ、一色さんとプロデューサーと歩きました。すでに一色さんは何度も福島を訪れています。福島では夕方になると帰るようにアナウンスがあるんですよ。「夜になるとどうなるのだろう? 人がいるんじゃないか?」とかいろいろ考えて感覚がおかしくなっていくんです。一色さんが「カオスだ!」と叫んだりしていましたね。僕は「その感じをの脚本にして下さい」と言っていました。劇中に“3.11はないつもり~”という、一色さんが作った、つもりの歌が出てきます。これは一色さんの脚本家としての哲学だと思うのですが、傑作だと思いましたね。
若い役者は震災ロケを経てどう成長したか
――井上監督は阪神・淡路大震災後を描いた『その街のこども』では、ライブ感を大切にして、あまり決め事をせずに撮影したそうですね。そのライブ感が役者とキャラクターをうまく融合させていてリアルな感動がありました。今回はE‐girls・石井杏奈や、ミュージシャンでありながら朝ドラに出演経験のある渡辺大知など若い役者さんが多いのですが、撮影では違いがありましたか?
井上:『その街のこども』の森山さん、佐藤さんは巧い役者さんなので「100メートル先から歩いてきて、セリフが言えそうだったら言ってください」という感じで、芝居を二人にお任せして進めることができたのですが、今回はメインキャストに演技経験があまりない若い役者さんたちを集めて一度東京でリハーサルをやったんですが、もう本当にひどくて(笑)。だからそのとき「キミたちお芝居しようとしなくていいから、とにかく撮影までに自分の役について想像しておいて。セリフは一応覚えておいてね」と言いました。
撮影に入ってからは「台本では、その角を曲がってセリフを言うことになっていても、今言えないと思ったら言っちゃダメだよ」と、とにかく僕は役者の側にいて、たくさん口出ししていましたね。主演の石井杏奈が何かを見て「キレイ」とつぶやくシーンで、彼女は普通に言うわけですよ。だから「本当にキレイだと思って言ってないだろう」と横から言っていました。そういうところで嘘をつかせたくないんですよ。演じるときに頼りになるのは嘘なんですけど、その嘘を乗り越えて真実にするのが役者なんです。でも彼らはまだ役者じゃない。だから、彼らが嘘を乗り越えられるように努力して芝居をつけていったのです。
――若い役者さんたちを見ていて、被災地でのロケを経験したことよる変化は感じましたか?
井上:日々感じましたね。ベテランの役者さんは難しいことは難しいと言うのですが、若い彼らは経験が浅いから、すべてが難しくて、何がどう難しいかもわからないんです。芝居に手応えを感じたことがないから、もうそこに生きるしかないと開き直るのですね。やはり人間なので、震災の傷跡が残る場所で毎日ロケをして、いたたまれない風景を見ているわけですから、彼らなりに「大丈夫かな」と想像していたのでしょう。ロケ地の子供たちにも会せたりしていたので、彼らなりに考えて「自分はここに立っていてもいいのだろうか」と感じていたと思います。言葉には出さないけど、肌で感じることはあったでしょう。
「がんばって震災を乗り越えよう」はもういい
――震災から3月11日で5年。忘れかけている人もいるし、若い人は幼かったからわからないという人もいるはずです。この映画は、若い子たちを通して向き合うきっかけを作ってくれますね。きっと演じていた役者さんたちもそうだったのでは?
井上:撮影が終わったあと、キャストのみんなは「達成感があった」「まれに見るチームワークだった」とか言っていましたけど、自分たちがやったことが誰かに届いているか、多くの人に届けたい!と思っていたはずです。彼らがあのタイミングで被災地へ行き、実際に見て、特別な場所だと思わなくなったことが良かったです。ずっと想定外の出来事とか、特別な土地だと思っていたかもしれないけど、そうじゃない。人生にはこういうことが起こるということがわかったんじゃないかと思います。
――『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』を経て、監督自身の中での変化はありますか? また今後もこのようなテーマの映画やドラマを撮ると言うことは考えていますか?
井上:変化というより、ずっと続いている感じがしますね、終わっていない。でもそれが日常ということですから。震災について見ないようにしたり、蓋をしたりということはしたくないです。とはいえ、震災についての映画やドラマについては自ら作っていこうとは思っていません。自分がいま立っている場所、どういうところに立っているのかというのが気になるので、作品ごとにテーマは変わっていきます。でも絶対に作らないというわけでもないですよ。ただ、みんなで手を繋いでがんばろうというのはイヤですね。震災そのものにフォーカスしたり、震災をテーマにしたりというのはもう出来ないというか。だって東北の方々は僕たちに言われなくてもがんばっていますから。要は何を描くかですね。
震災は「日常」として存在する
『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』の登場人物は、地震も津波も去ったけど、震災は終わっていないと語ります。彼らの中では震災は日常としてそこにあるのです、その土地を離れてもずっと。特別な場所だと思うことは、他人事だと思っていること。でも、みんなが日常だと感じたら、それはもう決して忘れないということ。井上監督の言葉やこの映画は、震災を特別なものだと思っていた人たちをハっとさせたり、気付かせたりする力があると感じました。
■公開情報
『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』
公式サイト
1月23日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
(1月16日(土)より、フォーラム福島、シネマート心斎橋、元町映画館にて先行公開)
画像:(C)2015 NHK