『女、今日も仕事をする』(ミシマ社)の著者で、作家の吉本ばなな氏も愛飲しているというオーガニックハーブ製品を扱うシナジーカンパニージャパンで最高経営責任者・大瀧純子氏へのインタビュー後編。
前編では、出産・育児と仕事を両立させるための交渉術などを伺った。後編では、仕事をおもしろくする考え方、チャンスが舞い込む心がけを聞く。
【前編はこちら】女性が働き続けるための交渉術 会社に制度がなくても、時短や在宅勤務を実現させるには?
「キャリア」ではなく「仕事人生」と考える
——今、女性がどう働いていくかに注目が集まっています。大瀧さんは、女性のキャリアはどのように積んでいくといいと思われますか。
大瀧純子氏(以下、大瀧):ビジネスに関する記事を読むと、「キャリア」という言葉がたくさん出てきますよね。私はこの言葉があまり好きではないんです。さまざまな仕事や成果を積み上げいき、常に上を目指していく、というイメージが「キャリア」にはありますが、女性の場合、それを目指すのは厳しすぎると思う。
女性の場合、結婚や出産によって、どうしてもライフステージのありかたが変わってしまいます。そんな状態で右肩上がりに上を目指すのは、相当にきつい。だから、上がったり下がったり、ジグザグでもいいから働き続けていく「仕事人生」を目指すほうがいいと私は思います。
——働ける時間の制限などから、一度家庭に入って再就職を考えたり、転職を考える場合もあると思いますが、いかがでしょうか。
これは男女問わずの話ですが、日本は一度仕事人生が途切れてしまうと、復活させるのって大変なんですよね。私自身、出産を機に退職・転職という経験から、その苦労を体感しています。
出産時はできれば、条件を求めて転職するのではなく、今いるその場所でがんばれる方法を探すことをお勧めします。まずは今の仕事場でやれる方法を探してみる。探してみて、どうしてもダメだったら、そのときには辞めることも選択肢の一つとして考えてみてもいい、と。
——大瀧さんの仕事人生を振り返ると?
仕事の充実度をグラフに表してみると、上がったり下がったりですね。失業している時期もありましたし。そんな中でも成長したことや、出会えた仕事のおかげで、今、ここにいます。そういう仕事人生の中で、常にキャリアを積まなくては、というプレッシャーから開放されたことが、より自分らしい働き方を見つけることにつながってきたと感じています。今はちょっと下がっていても、あきらめずに仕事を続けていけば、いつかそれぞれの花が開く時がきます。
チャンスを掴むには“開いた自分”でいること
――自立して仕事をしたいと思いながらも、組織の中でなかなか仕事に面白さを見いだせなかったりする人もいると思います。どうしたら仕事を面白くできるのでしょうか。
大瀧:チャンスに対して“開いた”自分でいることが重要だと思います。本にも書きましたが、私は出産後なかなか仕事が見つかりませんでした。やっと見つけたのは、自宅でWebサイトの翻訳をするという業務。でも私のちょっとした雑談から、突然、サプリの開発をやってみてはと言われたんです。新卒で入った会社ではSEとして働いていましたし、商品の開発なんてやったこともなければ知識もない。それも在宅で、ほとんど一人でやってくれというのです。SEという仕事に戻りたいという思いもあったけれど、そのときの私にはそれしか仕事がなかった。だから、「もしダメでも失うものはなにもない」と、どこまでできるか自信もないまま、やってみると決意をしたんです。
振り返って考えると、そういう変化ってチャンスでもあるんですよね。もし私が自信のなさや、やりたい仕事ではないからと“閉じて”いたら、サプリの開発なんてとてもできないと断って、それきりになっていたでしょう。でも、開いていたから、今の仕事に繋がっている。そのときはチャンスだと感じなくても、とにかくやってみることで変わることがあります。
チャンスに対して開いているということを考えるとき、私は、一流のスポーツ選手がすっと立っているところを想像します。肩の力が抜けていて、勝負する対象に対してただ無心に立っている。チャンスに対して、そんなふうに私も立てればいいなと思います。かたくなにならずにいる人のところには、おもしろいことがやってくるんです。きっと、あの人に頼めばやってくれそうだと、周囲の人も感じるのでしょう。
「仕事」と「業務」の違いを知る
——先ほどのお話にあった「サプリの開発」は、あらたに仕事を作り出したということですよね。会社員として組織の中で働いていると、与えられた仕事をこなすことに精一杯になったり、環境に甘えたりしてしまって、なかなか難しいことなのではと思います。これからの時代、仕事に対してどう向き合っていけばいいのでしょうか。
大瀧:ワークライフバランスを考えたとき、大きく2種類にわけられると思います。「仕事は仕事」と割り切る人と、「仕事の中で自分の生きがいのようなものを見つけていきたい人」です。
前者の人は、言われたことだけをやるだけでいいのかもしれませんが、もっと面白い仕事がしたいとか、働くことによってお金以外のなにかを得たいのであれば、それではなかなか難しい。指示されたことだけをやっていると、どんな会社でも通用するような能力は身につきませんから、転職せざるをえないような事態では困ることになるかもしれません。
かと言って、じゃあ何か新しい仕事を見つけて自主的に始めようと思っても、現実的には難しいですよね。まずは、ちょっと自分の日々の仕事の内容を見直してみるといいと思います。
「仕事」の先にあるものを見通す
――どのように見直せばいいのでしょうか。
大瀧:仕事と業務を分けて考えるんです。例えば介護の現場を考えてみると、食事の介助をしたり、おむつを替えたりといったことが「仕事」だと思われているかもしれません。でも、それは、介護という仕事の中にある、一つ一つの「業務」なのです。
では、介護の本当の「仕事」はなにか? それは人生の終盤に立ち会い、ケアをして、幸せな最期を迎えさせてあげることだと、私は思います。そこを意識すると、実務的なこと以外にすべきことが見えてきます。今まで以上に笑顔で話を聞くとか、部屋の中を明るく飾ってあげたら喜ばれるのではとか、違った視点が生まれるんです。
そういうことを続けるうちに、「笑顔の力ってすごい、職場の仲間にも呼びかけて“スマイル運動”をしてみよう」とか、入居者もヘルパーさんも気持ちよく明るく過ごせる部屋作りとか、そんな新しいアイデアが生まれて、職場全体や他の企業にも広がるということもあるかもしれません。もっと発展して、介護現場での笑顔でのケアについての講演を頼まれるようになる、なんて可能性もゼロではないですよね。
どこにその仕事がつながっていくのか。今の場所からは見えていなかったとしても、コツコツと手がけていくことで、いつかどこかにつながっていく。それが仕事の面白さです。上司に言われたことやルーティンワーク以外にも自分の仕事があることに気づくと、仕事の幅が広がりますし、やり甲斐も増していく。そこから何か面白いことが始まると思います。
(下司 智津惠)