ファイルやテプラ、電子文具などのオフィス用品を数々市場に送り出すメーカー「キングジム」。その商品の目新しさだけではなく、ツイッターの企業アカウントや、新製品のティザー動画『なにを出すんだ!キングジム』などユーザーとのユニークなコミュニケーションを図っていることでも注目を集めています。
画期的な商品が生まれる現場やその背景、企画開発を行う社員が次々にアイデアを出せる社内の雰囲気とはどんなものなのか、開発本部長の亀田登信さんにお話を伺いました。
“誰も考え付いたことのないアイデア”なんて世の中には存在しない
——キングジムの商品はユニークで、これは思いつかなかったな、と驚くことが多いです。商品の開発に際してはやはりアイデアの斬新さを重視されているのですか?
亀田登信さん(以下、亀田):実は“誰も考え付いたことのないアイデア”なんて世の中には存在しない、と思っています。その会社やグループの中では初めてのアイデアでも、他の企業では検討済みということは山ほどあるし、その手のことをやっている人の中では常識的だったり、「普通に考えていくとその延長線上にあるよね」ということは多いです。
一方で「過去にはあったけど、今は売っていない」ということもあります。アイデアを出す上で「似たようなものはないのか」は必ず調べますが、「すでに他社が出してるけど価格帯が違う」とか「技術的には同じだけど使用シーンが違う」など、今考えているものと全く一緒ではないけど、かなり近いものっていうのはあるんですね。
だから「今あるこの技術を、何に使うか」というひねり方が重要なんです。
今ある技術をひねってみる
——ひねり方ですか。たとえばどういうことでしょう?
亀田:キングジムの商品に「着る布団&エアーマット」という手足がついてる寝袋があるのですが、ネットを中心にかなり話題になりました。
以前は、災害時の帰宅支援が重要視されていましたが、2011年の震災以降は、無理に帰宅せずにその場で待機するという考え方が一般的になりました。だから会社にいなきゃいけない状況になったときに、少しでも環境を整えることがポイントだと気付いて、寝袋をどうやって会社に泊まるためのツールにするか、と考えをひねってできた商品なんです。
キングジムでは技術的なことでも、売り方でも、コンセプトでもいいので、何か1つ「この切り口での観点はなかったね」と思えるものを商品化するように心がけています。「独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する」という経営理念に沿って、モノマネはしません。
商品を出す前に市場調査を行っている会社も多いと思いますが、キングジムの商品のように「今まで世の中になかったもの」は調査をしても、正確な答えが出ないんですよね。たとえば「冷蔵庫の野菜室はどれくらいの大きさがいいですか?」という質問だったら
調査をして答えが出ますが、「見たことのないもの」を欲しいかどうかなんて、消費者には分からない。なのでキングジムでは答えのない調査はしないポリシーなんです。
「ニッチ」で十分、「マス」である必要はない
亀田:キングジムにはデジタルメモ「ポメラ」という代表的な商品があります。
これが最初に開発会議に上がってきたとき、「こんなに高くてメモしか取れないんじゃ売れないだろう」という意見が大半でした。しかし、大学教授の社外取締役が「今まで移動中に物書きをするために重いパソコンを持ち歩いていたけど、この商品なら電池で動くし小さいし軽いし十分だ」といたく気に入ったことでGOが出て、今では累計で30万台売れたヒット商品です。
しかし、ネットもメールもできないので、執筆活動をするような方以外にとっては要らないものなんです。我々は使用シーンやユーザーのターゲットを絞っていて、「ニッチな市場」を狙っていますが、実はそれで十分なんです。マスを狙っているわけではありません。
この時期になると日経のヒット番付とかヒット商品ランキングとかが出ますよね。あれを見ても持っているものは2つくらい、知っているものもせいぜい西と東で3つずつくらいという人は多いと思います。ヒット番付に載るような「世間的には有名と言われる商品」でもその程度なんです。iPhoneクラスの「みんなが知っている」水準のものはごくわずかで、そのような規模ではないが売れている、っていうものは結構ある。
当たりは少なくてもフルスイングで
——確かに、あのテのランキングを見てもピンと来ません。
亀田:「ポメラ」もヒット番付に乗ったことがありますが、ニーズが合わない人には必要ない商品です。
それでも、当社の企業規模ではありがたい売り上げになっている。自分が「いらない」と思っても売れたり、「これは売れそう」と思ったのに売れなかったり、が何回か繰り返された結果、自分1人の考えなんてあんまりアテにならない、という考えが社内で共有されている気がしますね。
もちろん担当者は「これはイケる!」と思って提案しているし、それでも外れることもある。それに対して社長は「10本に1本ホームランを狙え」と言っています。これは、「ほとんど外れてもいいか」となんとなく商品を出していいという意味ではありません。「外れたことに対して責任を取れなんて言わないから、打席に立ったら絶対にホームランを打つ気持ちでいけよ。それでも10回やって1本しか当たらないから。」という考え方なんですよ。
関連リンク:キングジム公式サイト/Twitter