物との付き合い方や片付けが人生に大きな影響を与えることを指摘した、整理収納アドバイザー認定講師の長野裕香さん(オフィスミカサ代表)。前編では片付け下手の金銭的、時間的、精神的損失について伺ったが、後編では無自覚な消費行動のリスクと、高齢者の老前整理の必要性について触れていく。
【前編はこちら】片付け下手と“生きづらさ”はリンクしている 早死や孤独の要因となる社会問題に
片付けられないと物は年々増えていく
新色の化粧品、ひとつの機能に特化したちょっと便利な商品、かわいいと一目ぼれして買った洋服。数回ほど使用して「何となく」飽きてしまい、物の存在を忘れてまた別の商品を買ってしまう――。そんな消費行動を無自覚に積み重ねてしまっている人はご用心。長野氏によると、こうした買い物癖は、年々片付けられない体質を悪化させるそうだ。
「ホテルの部屋にあるモノの数は100~150アイテム。たったこれだけで一日を過ごすことができるということです。一方、きれいに片付いて見える家でも4人家族で6,000アイテム、1人あたり1,500アイテムのモノがあり、片付づかない家というのはこれよりもっとモノが多いわけです。
部屋に物が溢れていると片付けがさらに面倒になりますよね。そういったお家は、ときどき大規模な片付けをしてリセットしていることが珍しくありません。しかし、消費行動を見直さないといくらリセットしてもリバウンドを繰り返すだけで、そうしている間にもモノはどんどん増え続け、リセットのペースも月1回から2ヶ月に1回、3ヶ月に1回と延びていきます」(長野裕香さん)
増える「片付けられない親」の相談
「消費行動以外でも、年を重ねるごとにモノは増えます。特に思い出の品や趣味の作品など、特別な思いがこもっているモノほど処分が難しく、溜め込んでしまいやすい。さらに年をとれば体力が減少することに加え、判断力・決断力といった気力も鈍っていきます。そうなるとますます片付けが困難になって、リセットする機会も遠のいてしまいます。そのため、相談者の中には高齢の親が片付けられなくて困っているという人が少なくないのです」(長野裕香さん)
久々に実家に帰ると親が物をたくさん溜め込んでいて驚いた、という人の話も耳にする。階段はもはや棚状態で、廊下には壁に沿ってずらりと物が並び、玄関まで物置のようになっている家もある。実家に戻るたび片付けを手伝っているが、しばらくするとまた元に戻ってしまうそうだ。
「家のあちこちにモノを置いていると、上からモノが落ちてきてケガをしたり、躓いて転倒・骨折して寝たきりになってしまったりする場合もあり、大変危険です。安全・安心・健康の3つを守るうえでも、高齢者こそ正しい片付け方を身につける必要があります」(長野裕香さん)
親の心を傷つけない片付けの手伝い方
しかし、親の片付けを手伝って喧嘩になることも珍しくない。他の人にはゴミに見えても本人からすれば大切な物。親子とはいえ、自分の物を捨てることを強要されると怒りや拒絶心が働く。
「ゴミ、捨てろ、邪魔、はNGワード。それではせっかくの親を思う気持ちもうまく伝えられません。親の片付けは『毎日快適に生活してほしい。親孝行のために片づけをサポートしたい』という、自分の気持ちの伝え方に始まります。
処分時の声掛けとして、例えば、古い靴がたくさんあるのに捨てられないのであれば、『5足処分してお母さんにもっと似合う靴を1足買いに行こうよ』と捨てる=マイナスのイメージを切り離す。また『これ気に入ったからもらってもいい?』と尋ね、持ち帰って処分すれば、親の捨てることへの罪悪感を刺激せずにすみます。しかし、何よりも大前提として、親には親の価値観があることを心に留めておく必要があります。子どもが信頼を得られなければ、親の片付けは進みません」(長野裕香さん)
物が「遺品」になるときに直面する悲しみや辛さ
「親が死んだとき、家にあるすべてのモノが遺品になってしまいます。期限付きで家を空っぽにしなければならない場合もあり、遺品のひとつひとつを整理・処分していく作業を遺族は行うわけですが、これが想像以上に辛い。親の若い頃の写真や、手紙、日記、過去に自分がプレゼントした品などを目にすると、親の喜怒哀楽や人生を想像してしまうんです。たくさんの未使用の化粧品を見つけて『お母さん、もっとオシャレしたかったのかな』『本当に幸せだったのかな』と後悔の念に苛まれることも。遺品整理は遺族に心の葛藤を与え、悲しみや辛さを増してしまうのです」(長野裕香さん)
死のショックに加え、こうした遺品整理の精神的、体力的なストレスから、脳こうそくやウツを発症してしまうこともあるそうだ。
家族のために老前整理を考える高齢者も
長野氏は、健康で快適な毎日を送るためにも片付けが大切だとして、高齢者に向けて老前整理セミナーを開催している。参加希望者は毎回定員を超えるほど集まり、年代も60代~90代までと幅広い。平均年齢75才の参加者たちからは感謝と感動の声が絶えず、セミナー終了後には泣きながら握手を求めてくる人もいるという。
「片付けは人への思いやりに繋がっています。遺品整理で家族を苦しませないように、モノをどう処分するか考えていくいことも必要。中身を見ないで捨ててほしいモノ、誰に何を譲りたいかなど、具体的な希望を残しておくと、それが遺族の目標となって、後悔や苦しみを和らげる手立てになることもあります」(長野裕香さん)
老前整理の大切さに気づくことで、家族との結びつきを改めて実感し、「家族のために片付けをがんばりたい」との思いを口にした高齢者もいるという。モノの大切さと人の大切さを思い出させてくれる片付けの奥深さを垣間見た気がする。
■関連リンク
オフィスミカサ(整理収納アドバイザー認定講師 長野裕香)