共働きがスタンダードになるといわれるなかでも、「女性は育児・家事、男性は仕事」という社会の目はなかなか変わりません。男性は、家事や育児を頑張っても、仕事で出世しなければ社会的に認められないという現状があります。一方の女性も、いくら働いても、結局は家事や育児に専念しないと、世間からのどこか冷たい視線がささります。子どもを持つ妻と夫、女性と男性は、どうすればわかりあえるのでしょうか。
「働くママとパパは理解し合えるか? ~子育てをめぐる男女のギャップ問題~」というテーマで11月28日、下北沢の「本屋B&B」にてトークイベントが開かれました。登壇者は、男性の生きづらさを語る『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)や『<40男>はなぜ嫌われるか』(イースト新書)の著者である、男性学の研究者・田中俊之先生と、サラリーマンママ=リーママたちがイキイキと活躍するべく立ち上げた「博報堂リーママプロジェクト」リーダーの田中和子さん。偶然にも苗字が同じで、同い年でもあるおふたりが、それぞれの立場から打開策を探りました。
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男性は“無制限に働ける”とされる現状
田中和子さん(以下、和子):ママたちと、ランチケーション(編注:「飲ミニケーション」に由来。ランチをしながらコミュニケーションすること)で話を聞いていると、仕事も効率よくやろうとしています。時間制限のある人の働き方はエンドがあって、そこから逆算して働くんですよね。男性の場合、時間制限なく、積み上げ方で働いてしまう気がしてしまうんですが、先生はどう思いますか?
田中俊之さん(以下、俊之):少し話は変わりますが、先日、育児休業をした男性と話したんですね。彼が言うには、育児休業がとれて確かに良かったけれども「勧められない」と。「なぜでしょう?」と聞いたら、半年間の育児休業を終えて復帰したときに、仕事になじむのにすごく苦労したというんです。
それを聞いて、僕は逆に、やっぱりすべての男性がとるべきなんじゃないかな、と思いました。彼は、出世までに貯めておいたポイントがなくなるとか、そもそも元の部署に戻れないとか、デメリットについて語っていたんですが、多くの女性は子どもを産むと、産休から育児休業まで味わっているわけですから。 時間だけではなく働く場所も含めて無限定に定年まで働いている男性には、休業することの大変さがわからないんですよ。これから共働きが一般化していくなか、「復帰」する人が増えることを考えると、男性も同じことを味わうべきだろうと思います。
時短勤務の話に戻れば、男性の独身既婚問わず、無制限に働ける、と彼らも思っているし、企業も働かせられると思っている。ここを改善しないと、ママの問題は解決しないので、パパに育児休業を体験してもらうのはすごく大事なことだと思います。
6歳未満の子を持つ妻の5割以上は専業主婦
和子:わたしは専業主婦の母親に育てられ、その姿を見て育ちました。だからか、旦那さんと家事や育児を分け合いながら共働きでやっていきたいんだけれど、どこか旦那さんに家事を渡し切れない自分がいる気もするんですよね。
俊之:家族をめぐる問題は、その部分が非常に大きいと思っています。どう家族があるかという現状の把握が、どうあるべきかという話に入れかわってしまっている。「どうあるべきか」って、非常に感情的な議論になりやすいんです。
田中(和子)さんがおっしゃったことについて話すと、そもそも日本は現代でも専業主婦の方が多いんですよ。6歳未満のお子さんがいる家庭で、奥様が何されているのかというと、正社員は2割で、非正社員は2割で、残りの5、6割が主婦をしているんです。
ですから、「リーママ」のみなさんは、マイノリティなんですよね。メディアでは「これからは共働きがスタンダード」「共働きをするべき」という話題が多く、さも共働き世代が一般化していると誤解される方が多いので、今の話をするとびっくりされるんですね。5、6割も主婦がいるんですか? と。
主婦を選択している人がそれだけ多いという現状からは、日本社会全体において、“子が小さいうちは、育児に専念するべきだ”というルールが健在であることがうかがえます。ということは、いちばん葛藤を抱くのは、フルタイムで働いている方のはず。そういうルールが現に生きている中で、働かなければいけないわけですから、本人が意識を変えたところで、周りから「子どもが小さいうちは、お母さんがいないと」などと言われる。個人の意識の範疇を超えた、とても重い社会の問題だなと考えています。
「パパはいないものと思う」くらいなら結婚しないほうがいい
和子:出産をするまでフルタイムで働いていた女性は、子どもができて、産休、育休中に初めて家事に専念したり、子育てをしたりすることになると思います。そんな中で、なかなかパパが入ってきてくれなくて、ママたちの間では「最初からパパはいないものと思え」「どうせ帰って来ないお父さんは、帰って来ないと思っていた方がよっぽどストレスがない」という結論に達してしまいます。
俊之:長期的に考えれば、「パパがいない」と思うことは、ありとあらゆる意味でおすすめできないと思うんですよ。それなら、独身のほうがメリットが大きい。僕は39歳まで独り身だったので、独身生活の良さもよく知っているんですけれども、相手をいないと思うくらいなら、結婚しないほうがいい。
けれど、例えば、夫が週60時間ぐらい働く忙しい職場であるとか、新聞社のように転勤が多いというケースだと、「パパがやってくれれば助かるのに」という願いは非常に不毛なものになってしまう。ストレスを減らす対処療法のような考え方は、即効性のある“ユンケル”的なものと漢方的なものとで使いわける必要がある。「最初からパパはいないもの」という考え方は前者だと思います。そのときはいいかもしれないけれど、あとになって、じわじわと不具合が出てくる。
家事育児って、とりわけ女性だからできるものではないのに、一部の男性は「女性がするもの」と捉えて関心を持たない人がいます。今の大学1年生においてすらそうで、僕が教員をつとめる武蔵大学の1年生に「君らは結婚したら、料理はどうするつもり?」と聞いたときに、半分ぐらいは「妻がやる」って言うんですよ。「なんで?」と聞くと、「僕がやってもうまく作れないから」と言うんです。けれど、働くとは思っているんですよ。
一方で、女の子の中には「結婚して主婦になる」と言ってる子が一定数いるんですよ。男は仕事、女は家庭という社会なのだと、若い子も信じている。教育でそのことを彼らにうまく理解させないと、僕らのひとつ前の世代でそうだったし、僕らの世代とは違うことを、20歳下の彼らができるわけがない。
ただ、もちろん変化している部分もあって、「奥さんのほうが高給だったらどう?」と聞くと、ラッキーだと感じる男子学生は一定数いるんですね。素直にそう思える男性は、20年前だといなかったんですよ。いわゆる“男のプライド”というやつで、身長から学歴まで、なんでも妻が自分より優っているのは嫌だと考える人が多かった。
男性は働かなければ、家事や育児をしても評価されない
和子:ママたちとランチケーションで話していたとき、家庭のことで頼りにできるのは、「遠くの親戚よりも、近くの他人」という言葉が出たんですが、今から思うと、「パパにもっとやってもらおうよ」という話は出てこなかったですね。
俊之:先ほど「男性は家事育児に無関心」という話をしましたが、また別の側面として、「男性が家事育児をしても評価されない」という現実があります。どこで評価されるかというと“仕事における働きぶり”です。
「日本は長時間労働でよくないよね」とみんなが言いますけれど、長時間労働で働いている現場では、働かなければ評価されないんですよ。だから、仕事にほぼ生活のすべてを注入してしている。 女性学を初めて研究された井上輝子先生が「日本の女性の評価軸は美と若さしかない」とおっしゃっているんですが、一方で「男性は仕事上の経験と業績でしか評価されない」とも言っています。イクメンに関する議論などを見ても、主夫になった人をフィーチャーして、あの人は素晴らしいね、という動きってほとんどないと思うんですよ。
世にある素晴らしいイクメン像というのは、仕事で有能であり、かつ家事育児をがんばる人。主夫みたいな人は、いくら地域活動やPTAを頑張ります、子育てをしますと言っても、残念ながら世間の評価は低いと思うんです。
だから、男の人の評価基準が仕事しかない、というところが変わっていかないと。 男性を評価する軸が仕事しかないと、家庭においてパパの協力が得にくくなるという問題があるのと同時に、男性の生きづらさ、苦しさにも繋がっています。ここが変わっていかないと、男性だけではなく、女性のしんどさも解消されません。