例えば「経験人数30人の男」と「童貞の男」、付き合うならどちらがいいだろうか。一般的には、女性経験が全くないよりは、ある程度は女性の扱いを心得ている経験値のある人のほうがいい、と答える女性は少なくない。しかしだ。経験人数とはすなわち、比べられる対象である。心の狭い筆者は、元カノとやらと比べられる可能性があるのは、それはそれで嫌なのだ。必然としてなのか、童貞の男性とお付き合いをしたことが何度かある。かつては、世間一般で女性が下す童貞への評価とは異なり、「経験豊富な男よりも童貞のほうがいい!」と思っていた時期すらある。多くは語らないが、今はそうはあまり思っていない。
結局、童貞は交際相手としてどの程度魅力的なのだろう。そもそも、筆者と同じアラサー女性と童貞は、お互いに恋愛対象になり得るのだろうか。そこで、改めて「童貞」の魅力を探ってみるべく、雑誌『恋と童貞』の編集長・小野和哉さんに話を聞いてみた。『恋と童貞』は、「乙女心よりも純情なドウテイ心をむやみに追求する」がテーマのミニコミ誌。童貞に関して、童貞の方やそうではない方からも寄稿がある。小野さんは現在30歳。童貞だそうだ。
童貞テーマの卒論で悩みを昇華させた
――小野さんは……童貞、なんですよね? インタビューを引き受けていただいて聞くのもアレなのですが、童貞について掘り下げてもいいんでしょうか?
小野和哉さん(以下、小野):はい。大丈夫ですよ?
――昔、童貞に関する記事を書いたら、それを読んだ29歳童貞の知人にすごく怒られたことがあるんですよ。童貞をバカにするような内容でもなかったんですが、「記事のネタにされた」こと自体が気に入らないとかで。それ以来、この「童貞」というテーマの扱い方がよく分からなくて……。
小野:気持ちは分かりますが、それはもう、ダークサイドに堕ちている童貞ですね(笑)。童貞であることへのコンプレックスを膨らませすぎて、自分がモテないこと・童貞であることを、周りのせいにしてしまっているのかも。僕も大学の頃はそうでした。朝から晩まで悶々と悩み続けて……。
――今はそうではないんですか?
小野:内省的にぐるぐる悩んだ結果、童貞をテーマにした卒論を書いたんですよ。普通は彼女を作って解決しようとするんでしょうけど、僕の場合は本を読んだり研究してみたり、学問のほうに向かった。あと、ネタにして人に自分が童貞であることを言いたかったのもあります。研究テーマにすれば童貞を“キャラ化”できるので。童貞ポジションを自分で利用してしまってハッピーになろう、と。自分から先に言うことで人に言われるダメージを減らす自己防衛ですね。
童貞への価値観は時代によって変化する
――卒論というと、2007年くらいですか?
小野:そうですね。ちょうど、その少し前に『電車男』が流行って、“童貞感”のあるバンド・サンボマスターの人気が出て、童貞の市場が開拓された時代でもあったんです。
――童貞の何を研究していたんでしょうか?
小野:童貞という言葉の使われ方の歴史や、童貞の立ち位置の変化とかを調べていました。その結論は、「童貞」という言葉や価値観は絶対的なものではなく、時代によって変化していく、というもの。その結論のおかげで自分もラクになったところがあります。社会人になってからミニコミ誌として『恋と童貞』を作り始めたのもその延長です。
――そういう研究をするなどして“キャラ化”するとモテちゃいません? なんか面白いことに熱中しているのが魅力的に見えたりして……。
小野:残念ながらそうでもなかったです(笑)。逆に自分からアプローチすることもそんなにない、と思います。彼女がほしいと思いはしてきましたけど……。
――けど?
小野:お互いの役割が明確ではない異性だと、うまく話せないんですよね。上司と部下とか、お店の人とお客さん、とかならいいんですが。それで、気まずい思いをする前に自分から撤退することが多いです。そこで頑張ろうともあまり思えないんですよね。コミュニケーションの煩わしさを乗り越えてまで人肌に触れたいか、と言われると、そうでもない。
童貞が好むのは年下? 年上?
――どういう女性を好きになりがちなんですか?
小野:え、それは僕の好みですか?
――いえ、童貞の人が好む傾向とかってあるのでしょうか?
小野:うーん。童貞も千差万別だと思っているので、どうだろう、傾向ってあるのかな……。少なくとも僕は、若い子よりも同世代、特に年上のほうが好きですね。
――そうなんですか! 若くないほうがむしろ良いんですね。
小野:30歳の僕が20歳の子と付き合うと、彼氏として要求されるもの、期待されるものが多そうで。年上だと人生経験があるので話が面白そうだし、許容範囲が広くて細かいことを言わなそう。
――それは意外な答えです。なんとなくですが、恋愛的にも社会的にも経験値の低い若い子が好きなイメージがありました。
小野:そうなのかな、うーん、そうなんですか?
――……昔、童貞の人と付き合ったときに、童貞コンプレックスを八つ当たりされて、しまいには「お前は仕事でいろいろな経験して楽しそうなのが気に入らない」みたいなことを言われたことがあります。
小野:こじらせてますね! 童貞ってみんな基本的にプライドが高いと思うんですが、高いプライドのわりに世間からバカにされて尖って抑圧されて、それがダークでネガティブな方向にいくと、何でもかんでも周りのせいにし始めます。僕はそういうのが嫌で、『恋と童貞』もモテたがっているわりにどこか本気じゃないような、ポジティブに面白がっている記事を掲載しています。
「モテたい」気持ちがなくなってしまった
――ちなみに今って、童貞じゃなくなりたいってどれくらい思っていますか?
小野:正直、そこまで切羽詰まっていないんですよね。
――じゃあ、一生童貞でも……。
小野:昔は、『恋と童貞』の編集長なんだから、僕は彼女を作ったらダメだ、説得力がなくなる、って自分に恋愛禁止令を出していたんですよ。誰もそんなこと気にしてないのに勝手に(笑)。でも、今は本当に一生童貞という可能性もあるのでは?と思っちゃってますね。これは、童貞がテーマの卒論を書いたり、『恋と童貞』を作ったりしたことの副作用だとも思うんですよ。
――“キャラ化”したことで満足しちゃったんでしょうか?
小野:本末転倒ですよね(笑)。モテたがっていたはずなのに、そもそも僕、別にモテたくないんじゃないか、と思ってしまっていて。
――なんかもう、出家している感じがしますね。
小野:だからって、完全に「恋愛に興味がない奴だ」と思われても困るので、あまり明言しないようにしているんですが。あー、でも、実際このまま40歳くらいになってみたら後悔するのかなぁ。ネタにしちゃったことがこれを招いているので、失敗でもありますよね(笑)。
「“童貞”という言葉は記号でしかないですし」と笑う小野さんを見ていると、童貞、非童貞を通り越して、恋愛市場から引退した熟年者のようにも感じられたのだった。
(編集協力:プレスラボ)
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