女性の内面の奥の奥まで見つめ、作品に映し出す。彼女からしか聞けない言葉を引き出し、世の中に表す。そんな女性写真家がいる。インベカヲリ★さん。HPでモデルを募集している彼女の元に、引き寄せられるようにメールをする女性は多い。一度見たら忘れられない作品のインパクトからか、海外のキュレーターからも声がかかり、2012年にはミラノで5ヵ月間の個展を開催したこともある。
モデルとなる女性たちの話を数時間かけて聞き、後日、撮影場所をセッティングする。聞いた話からイメージを膨らませ、そのイメージに合ったロケ場所や衣装を用意して撮影。こうして撮影された作品はまるで映画の一場面のようだ。
彼女はなぜ女性たちを写真に撮るのか。なぜ、女性たちは彼女の写真に惹かれるのか。インベさんにインタビュー取材した。
写真を撮ることで人の人生に触れる
――作品を撮り始めたのはいつからですか?
インベカヲリ★さん(以下、インベ):短大卒業後に編集プロダクションに勤め、そこを8ヵ月ほどで辞めなくてはいけなくなりました。その頃から独学で撮り始めました。その後、アルバイトをしたり映像制作会社に勤めたりして、写真家としてフリーになったのは26歳頃です。
――最初から、話を聞いてイメージをふくらませ、作品を撮るというスタイルだったのでしょうか?
インベ:そう決めて撮り始めたわけではないのですが、もともと人の心理に興味があって、話を聞いて自分の中に湧いた勝手なイメージを撮ろうというのはありました。最初はモデルがいなかったので、セルフポートレートで自分の感情を撮っていました。でもそれだとやっぱり終わりがあるというか。自分以外も撮りたいという理由でモデルの募集を始めました。その頃から話を聞く面白さにのめりこんだと思います。
――話を聞くことの面白さはどういうときに感じますか?
インベ:他人として出会うわけだから、友達や近しい人にも言えないことを初対面でいきなり引き出せることです。共通の知り合いとかがいないからこそ、深い話を聞いたら答えてくれる。日常の中の生々しい本音って、長い付き合いの人だからこそ言わないということもありますよね。幼少期からずっと「女はこういうもの」という型の中で生きているというか、世の中から「女はこう」という影響を受けない方が難しいと思います。だから、人と接するときに「ここまでは見せていいけれど、これ以上は一般的な女の“型”からはみ出るから見せてはいけない」というラインを誰しも感じているんじゃないでしょうか。でも、(取材者として対象者と出会うと)そこを取っ払った話を初対面で聞き出せます。
型を取っ払った話を聞いていると、個人の人生、生き方っていうのはこんなにさまざまで、こんなにも個人的な考えがあるんだと感じます。写真を撮る口実を元に、いろいろな人の人生に触れられることに感動します。
女性は弱い部分も人に見せたい
――女性が対象なのはなぜですか?
インベ:最初は男性も撮っていました。モデル募集に男性の方も来たので、何度か撮ったんです。でも男性の場合って、動機が全然違うんですね。「自分も写真を撮るから被写体の気持ちを学ぶために」とか「俳優を目指しているから」とか理由が明快でわかりやすくて社会的というか、自分の行動と直結した動機があるんですけど、女の人の場合はもっと感情だけで来るんですよね。今すごく落ち込んでいるから、今の自分がはたから見てどう見えるかとか、写真にどんなものが写るのかが見たいとか。日常の延長として、「なんとなく今そうしなきゃと思った」という生理的な気持ち、感情だけでポンとやってくる。それが女の人特有だなと思います。
――興味深いです。
インベ:男の人はやっぱり、強い部分とかかっこいい部分を見せたい。女の人は逆で、悪い部分やコンプレックスや弱い部分も人に見せたいって欲求がたぶんあるんですよね。今の自分はこんなに弱っているとか、だからこそ写真に残しておきたいとか。
個人的なことや自分の気持ちを人に話すのは女の人です。話す行為と、被写体として自分が撮られるのは同じ。語りたい人が撮られる、イコールだと思っています。写真に撮られたいって来る子は、その子が言葉にできていなくても何か言葉を持ってやってくる。生々しい感情を引き出せるのは女の人だし、写真の中でそういう感情が映えるのは女の人だなと。
――「いつもは写真に撮られるのが好きじゃないけれど、インベさんには撮られたい」という女性もいるようですね。
インベ:集合写真が嫌いだったり、旅行に行っても撮らない、レンズが怖いっていう子もいます。だからたぶん理由が違うんですよね。私の写真を見て、「これだったら写ってみたい」「普段の記念写真とは違うものが写る」って思ってきているのだと思います。
喋り慣れている子ほど、本当の部分を引き出せない
――中には、話を引き出すのが大変な子もいますか?
インベ:作品を知って連絡をくれるので、話すつもりで来てくれる子がほとんどです。でも喋るのって技術だから、うまく話せない子もいます。2時間ぐらい話を聞いても深い話が聞けないこともあるけど、「そろそろ終わりにしようかな」ってノートをぱたんと閉じたあたりで、やっと突然喋り出すってこともありますね。「実はこんなの持ってきた」って日記を出してくれたり。普段は喋り慣れていない、自分のことを伝えることをしなかった子から言葉が出てくると、それはさらに生々しくて面白いですね。
逆に、本人が用意してきた言葉だけを喋り始める子もいます。自分の用意した自分の歴史をこれまで何人にも話して喋り慣れている子。そういう子こそ、自分をすごく守っていて本当の部分を見せてくれない。引き出せないと感じます。
――作品を見ていると、写っている女性は全員女優みたいに見えます。映画の一場面のようというか、背景のストーリーをすごく感じるというか。
インベ:それは、私が彼女たちの話を聞いて、その子の話を私の理解で1回写真の中に落とし込むからだと思います。私の勝手なイメージが入り込むんですね。1人の人間の中にもいろんな面がありますよね。そのどこを表現するかは私の好みで、「この子のここが面白いな」って思った部分をふくらませていくので。だから私はその子の人生を聞いて写真を撮っているけれど、その子にとっては私が聞いたその人生を演じているようなイメージなんですよね。
最近は「あなたのこの部分をこういう風に撮ろうと思っています」ってモデルに言うようにしています。そうすると相手も思わず自分を演技するみたいな感覚はあって、だからこそ見せられる。本当のノンフィクションだと恥ずかしくて見せられないけれど、自分を演じるみたいなのがあるからこそ、自分を出せる。そういう意味での「作り」があります。