小林聡美主演映画『犬に名前をつける日』は、飼い主に捨てられた犬と彼らを救おうとする人々を映し出したドキュメンタリードラマです。久野かなみというヒロインが犬猫問題を取材するという設定ですが、取材そのものは実在の保護施設や実在のボランティアの方々が登場するドキュメンタリーという構成の作品です。
年間12万8241頭の犬や猫が殺処分されている日本(2013年度)。1日に350頭の命が失われているのです。病気になって飼い犬の世話ができなくなった、引っ越し先に連れていけない……など保護施設に預ける理由は様々。でも新しい飼い主が見つけられなかった場合、その犬猫たちは殺処分されてしまうのです。そんな犬猫たちの現実と「殺処分させない」と救うために活動をしている人たちがこの映画には登場します。
山田あかね監督は、愛犬を病で亡くしたことをきっかけに、犬の殺処分、犬猫の保護施設などの取材を重ねてきました。その山田監督にドキュメンタリードラマという手法で映画を作った理由、そして監督が取材を通して見た犬猫たちの現実と、私たちと犬猫たちとの共存について語っていただきました。
ペットロスを防ぐ治療法
――山田監督は4年間も取材に費やしたそうですが、取材のきっかけと具体的にどのような取材を重ねてきたのかを教えてください。
山田あかね監督(以下、山田):最初のきっかけは、2010年の10月、私が飼っていたゴールデンレトリバーが癌で亡くなったことです。悲しくて落ち込んで仕事をやる気も起きなかったのですが、ゴールデンレトリバー発祥の地であるスコットランドのグシカンという村へ犬舎を見に行ったり、ロンドンのバタシー・ドッグス&キャット・ホーム(犬猫保護施設)に行ったり、動物病院へ行ったりしました。動物病院へ行ったとき、獣医さんに「私の犬の治療法は正しかったのか」と聞いてみたのです。すると獣医さんは「治療法は正しいけど、見落としていることがある」と。それは、うちの犬の治療にあたった獣医さんは飼い主を見ていなかったと言うのです。最新治療で懸命に命を救おうとしてくださったけど、うちの犬が副作用に苦しんで亡くなったことで私はペットロスになってしまった。イギリスの獣医さんは、あなたが犬を失ったことをそこまで悲しむ人だとわかっていたら、緩和ケアで最後までゆっくりと犬との時間を過ごすことをしてあげた方がよかったと。そのとき「すごいな、イギリス! この地で働いてみたい」と思いました。
――すぐに行動に移したのでしょうか?
山田:ところが一旦帰国したとき、東北大震災が起こったのです。犬や猫など動物たちも大変だと連日報道され、特に福島の原発20キロ圏内に犬猫が残され、ひどいことになっていると。そこで私はイギリスへの再渡航をやめて、福島の被災地へ向かいました。もちろんカメラ持参で行きましたが、カメラを向けるよりも先に、犬や猫たちにゴハンをあげたいと思ってあまり撮れませんでした。今思えば撮っておけば良かったと思いますけどね。
保護施設のドキュメンタリーを撮る意味
――それらの出来事で、監督は映像化へ気持ちが傾いていったのですか?
山田:そのあと、10月にまたイギリスへ行ってボランティア施設で働きながら、現地のカメラマンに撮影をお願いして撮っていたのですが、映像化に気持ちが傾いたのは、2012年1月に帰国して、友人の渋谷昶子監督に会ったときですね。これまでのことを話したとき「アンタがボランティアしても救える犬猫は1,2匹。でも映像にすれば、多くの人に見てもらえて何千何万もの犬猫が救えるかもしれない。なんで映像作品にしないのか」と言われたのです。私はそれまで映画やテレビで仕事をしてきましたが、企画を提出してテレビ局や映画会社がOKを出さなければ仕事として進めることができないと思っていました。でも、渋谷監督から「撮ったら何とかなる。撮ることからスタートしなさい」と言われ、やってみようと。犬猫のボランティア団体で、映画にも登場する「ちばわん(千葉県の動物愛護団体)」さんにお願いして、どういう映像作品になるのかわからないまま、5月から撮影がスタートしたのです。
――撮影はスムーズに行きましたか?
山田:動物の保護施設は許可がなかなか下りないのですよ。でも千葉県は「ちばわん」さんが10年以上ボランティア活動をしていたので、協力していただけました。そのときに、「ちばわん」さんと「犬猫みなしご救援隊(NPO法人特定非営利活動法人)」さんが知り合いで「犬猫みなしご救援隊」さんの活動も撮影させてもらえるようになりました。と同時にそれぞれの保護団体に入ってくる情報も得られるようになったのです。「日本で初めて犬と暮らせる老人ホームができる」と聞けば「一緒に行ってもいいですか?」と、その都度ついていって。けっこう行き当たりばったりでしたけどね。
捨て犬の現実を知ってほしい
――そんな風に撮影し続けた記録を小林聡美さんが主演のドキュメンタリードラマにしたのはどういう経緯なのですか?
山田:さすがに4年間カメラまわしていると「ちばわん」さんに「あなたいつも撮っているけど、これどうするの?」と言われるようになって。「何か作らなければ!」と編集して、NHKの知り合いに見せたのです。そしたらこれはイケると。そうしてドキュメンタリー作品「むっちゃんの幸せ~福島の被災犬がたどった数奇な運命~」(2014年放映・NHK)ができたのです。そのあと、犬猫みなしご救援隊の中谷さんのドキュメンタリー「生きがい1000匹の猫と寝る女」(2015年放映・フジテレビ)を作って、いよいよ映画を作ろうと思ったとき、ドキュメンタリーは2作品作ったし、保護施設や捨て犬・捨て猫のドキュメンタリー映画はこれまでもあったし、そもそも犬猫問題について考えている人だけが見る映画では意味がない。多くの人にこの現実を知ってもらわないと状況は変わらないと考えたのです。
――なるほど、そうですよね。
山田:そこで、ヒロインを設定して、それまで取材してきた犬猫のボランティアの方たちのドキュメンタリーに、ヒロインと周辺の人たちのドラマパートをつけて見やすくし、ヒロインには私自身を反映させようと思ったのです。「むっちゃんの幸せ」で小林聡美さんにナレーションを担当していただいたご縁で、小林さんにヒロイン役の依頼をしたら承諾してくださったので、小林さん主演で進めることになりました。
――『犬に名前をつける日』には、小林聡美さんが演じる久野かなみが別れた夫と再会するなどドラマらしいシーンもありますが、かなみが保護施設に取材に行くシーンは、小林さんがドンドン中に入っていって、積極的にスタッフに質問するなど、すごい度胸だと驚きました。保護施設のシーンはセリフなど決まっていたのですか?
山田:通常の映画撮影とはだいぶ違いますね。結局、保護施設の方たちは役者さんではないので、どういう反応を返してくるかわからないし、動物たちもどう出て来るかわからない。だから、ヒロインの動きとインタビュー内容を小林さんと打ち合わせして、あとは決め事をせず、フリーで撮影。無理せず小林さんのやり方で進めてもらいました。だから久野かなみというヒロインは、私が3分の1、小林さんが3分の1、残りの3分の1は、私と小林さんが融合された人物で出来ています。
【後編はこちら】犬を檻に閉じ込め近親交配…悪質ブリーダーとペットショップが減らない理由
・関連リンク
・動物保護団体「ちばわん」
・「犬猫みなしご救援隊」
・公開情報
『犬に名前をつける日』
公式サイト
出演 :小林聡美、上川隆也、渋谷昶子監督、動物保護団体「ちばわん」、「犬猫みなしご救援隊」ほか
製作 :スモールホープベイプロダクション
監督・脚本・プロデューサー :山田あかね (『すべては海になる』「むっちゃんの幸せ」)
音楽=つじあやの 主題歌=「泣けてくる」ウルフルズ
配給・宣伝 :スールキートス
10 月 31 日(土)シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開