「怒れる女子会」呼びかけ人の弁護士・太田啓子さんインタビュー(前編)

オッサンとは“弱者への想像力”に欠ける人 「怒れる女子会」呼びかけ人が語る、女性が政治を語る意味

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オッサンとは“弱者への想像力”に欠ける人 「怒れる女子会」呼びかけ人が語る、女性が政治を語る意味

「怒れる女子会」がオッサン政治を変える

「怒れる女子会」という活動を聞いたことがあるだろうか。昨年11月22日、衆議院議員解散の翌日に第1回目の「怒れる大女子会」が東京・御茶ノ水で行われ、約150人が参加。その後、各地でさまざまな主催者・テーマによる会が行われている。「怒れる女子会」は「『オッサン政治』を変えたい人たちがリアルな空間で集まっておしゃべりをする場」で、「ぴんときた人全てが怒れる女子会会員であり、その回の主催者」。Facebookページ上では、つい先日報じられた「うぐいす嬢へのセクハラが深刻」というニュースや、女性に関する法案についての話題が投稿され、シェアされている。

そもそも「オッサン政治」とはどんなものなのか、女性たちが怒ることには、どんな意味があるのか。呼びかけ人の弁護士、太田啓子さんに話を聞いた。

※ちなみに、「『女子』っていう表現をなぜわざわざ使うんですか?」「オッサンっていうのは男性差別では?」など、よくある質問についてはこちらのQ&Aに回答がある。

    お利口なつもりの女子でも当事者になるまでわからない

――「怒れる大女子会」が開かれて以降、全国各地で「怒れる女子会」が開かれているそうですが、これまで何回ぐらい行われているのでしょうか?

太田啓子さん(以下、太田)
:私の元に全て連絡が来るわけではないので全部を把握してはいませんが、30回以上は行われていると思います。テーマは原発や憲法、保育園待機児童などさまざま。年代は30~40代が多いのではないでしょうか。

――個人的な印象ですが、子どもを産んでから社会問題により関心が高くなる女性は多いと感じています。

太田:そうですね。子どもを産む前から関心が高い人ももちろんいますが、そういう人でも産んだらさらに高くなりますね。私も二児の母ですが、実感で言うと自分のタイムスケジュールに“子ども暦”が生まれるんですね。例えば今から20年後の社会のことを考えるときに、「自分は還暦間近」ということのほかに「子どもがちょうど大学を卒業するころ」という、もう1つのタイムスケジュールができるんです。自分の子どもじゃなくても、大事な甥っ子や姪っ子でもいいと思うんですけど、やっぱりそういう存在がいると次の世代への想像力が断然湧きやすくなりますよね。

――折角なら当事者になる前から待機児童の問題にしても何にしても知っておいた方がいいと思いますが、自分のことを振り返ってみても学生の頃は何も考えてなかったです。

太田:お利口なつもりの女子でもやっぱりわからないんですよね。知識としては知っていても、現実に直面して初めて実感が湧く。たまにすごく用意周到な人がいますが、そういう人って先に姉の苦労を間近で見ていたり、親がよっぽど教え込んでいたり……ですね。リアルに苦労している世代と少し若い世代の接点があまりないし、誰でも見たい情報しか見ないから、なかなか当事者感を持って考えられないのかな、と。

    ケア労働の経験値を得やすいのはどうしても女性

――「怒れる女子会」は「オッサン政治を変えたい」というコンセプトですが、そもそもオッサン政治とは?

太田:オッサン政治って言葉自体は谷口真由美先生(※)が発明したもので、関西テイストが入っているらしいんですよね。関西弁だと「オッサン」と「おっちゃん」ではニュアンスが違うんですって。

今の社会がオッサン社会だっていうのは、やはり意思決定をしているのが圧倒的に中高年以上の男性っていうことですよね。それってどういうことなのかというと、ケア労働をした経験のない人ばかりが意思決定の場にいるということ。

松井久子さんへのインタビューの中に上野千鶴子さんの言葉が引用されていましたが、「どんなエリートの女でも、母になったとたんに弱者を抱えこむ」ってその通りだと思います。ベビーカーを押す人間になり、子どもに時間を拘束されるわけですから、いろいろな制約があります。もちろんそれ自体に喜びはありますがそれは別の話で、24時間365日、妻に家庭を預けて仕事にまい進できるっていう人とは全く生活が変わります。

(※)谷口真由美さん……1975年生まれの法学者。大阪国際大学准教授。「全日本おばちゃん党」代表代行

――それはそうですね。

太田:私は、「女性をもっと政治の意思決定の場に」つまり、「女性議員を増やそう」という主張には、以前はあまりピンと来ていない方だったんです。なぜかといえば、「男はこう」「女はこう」という決めつけに対する警戒感の方が強くて、「女性ならきめ細やかな政治ができる」とか言われるとバァーーッと引いちゃう思いがあったので。私は女だけれど大雑把な性格だし、女性にそういうことを期待されるのは嫌だなって。でも構造的にケア労働の経験値を得やすいのはどうしても女性なんですよね。

――育児も介護も女性の仕事と思われている風潮はまだまだありますね。ケア労働で一番培われるものは他者への想像力でしょうか。

太田:特に弱者への想像力ですね。使い古された言い方かもしれないけれど。人間はいずれ弱者になるわけで、弱者かまだ弱者になっていない人の2種類しかいないはずだと思うんですけれども、男性は自分が歳老いて足腰がおぼつかなくなるまで弱者の経験をしないままいける人が結構いる。若い層は非正規雇用が増えたりいろいろで、少し違ってきているところもあるかもしれないけれど、現状の社会で、議員とか企業の管理職とか重要な意思決定に関わるところにいる男性を今は念頭においてこう言っています。

もちろん、ケア労働をしたことのない男女でも想像力で補える人もいますが。ケア労働の経験がなくて想像力もない人は女性でもオッサンっぽくなると思いますよ。オッサン社会の中でうまくやっていくにはある程度オッサン化しないといけないっていう部分もあるでしょうし。……子どもを抱えると本当にもう、つられて弱者になっちゃうんですよね。

    母は子どもと一緒に「規格」から外れる

――というと?

太田
:扱いが軽い感じ。母親になった瞬間に、なんかこうタメ口で話されるというか。

――誰からですか?

太田:例えば役所の人とかですね。保育課に赤ん坊抱っこして相談に行ったりする場面で。私は25歳ぐらいから弁護士をやってきたので、仕事では年上の方からも「先生」と言われていました。それで思い上がっていたとはあまり思いたくないけれど、名刺がない一人の母親になったら、途端にそれまで受けたことのない対応をされるようになったと感じました。弁護士という肩書で多少オッサン的なポジションにあったんでしょうね。もしお父さんやおじいちゃんだったら、役所の人は同じ対応をするのかな?と思いますね。

抱っこひもで子どもと歩いているだけで、「お母さん偉いよね(笑)」って、下げつつ敬う……みたいなね。多分両義的な扱いを受けるんですよね。「お母さん偉い」って言うけれど、どこかイラつきとか軽んじがあるような気がする。

――「理想のお母さん像」から外れるとイラつかれるということでしょうか?

太田:それもあるでしょうし、そもそも社会の「規格」そのものに沿った行動はなかなかできなくなりますから。早く歩くとか。ちゃんと横を空けるとか、駅や電車で騒がないとか、子ども自体がそういう「規格」から外れているわけですよ。で、一緒に母も外れちゃう。

>>後編へ続く:男もオッサン政治にはうんざりしている 「怒れる女子会」呼びかけ人が語る、女性も男性もハッピーな社会

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