>>【前編はこちら】ネット上の自分の名前を削除するにはいくらかかる? IT弁護士に聞く、ネット被害の解決法
前編に引き続き、“IT弁護士”として多くの被害を解決に導いている神田知宏弁護士に、ネットトラブルとその解決方法について伺いました。
「○○ってブスだよね」は削除しにくい
――相談に来られる方が消したい内容は、どんなものが多いですか?
神田知宏氏(以下、神田):「誹謗中傷」が多いですね。「プライバシー侵害」がたまにあるくらいです。ただ、全て消すことができるわけではなく、法的には難しいレベルが多いのです。
――具体的には、どの程度が消せる誹謗中傷なんでしょうか?
神田:たとえば、事実だったらダメです。「◯◯があの店で泥酔してグダグダになっていた」と書かれていたとしますよね。相談に来られた◯◯さんに事実か否か聞き、「はい、本当のことです……」となると、プライバシーといえないような場合、こちらは何もできません。
弁護士が動けるのは、名誉毀損の場合でしたら事実無根で他人から「こんなに酷い人だったのか」と思われる内容を書かれた場合です。
そして、誹謗中傷の相談の中で一番多いのが、法律で消しにくいもののひとつである、「個人の感想」です。「◯◯という女が大嫌い」「◯◯は気持ち悪い」「◯◯バカすぎ」「◯◯ってブスだよね」などです。
書かれた本人は傷つきますが、裁判所が削除命令を出すかなあ、といったレベルです。ちなみに、「◯◯はキチガイ」と書かれると、「キチガイ」は法律表現では「人身攻撃に及んでいる」と言われる言葉なので、削除命令が出やすいと思います。
他にも、「死ね」「殺す」は、民事では侮辱だと主張すれば裁判所は認めてくれます。
「レイプされればいいのに」は民事では“侮辱”
――では、「レイプされればいいのに」はどうですか? 「レイプしてやる」ではないから、やはりダメでしょうか。
神田:酷いですね。いや、裁判所はその書き込みの表現が、肯定文であろうと、推測であろうと、「言いたいこと」を見るんですよね。
たとえば「◯◯はブラック企業かもしれないね?」と疑問文で書かれていても、意味は肯定文と同じだと判断されるでしょう。
だから「レイプされれば~」は、その人の願望や希望の表現だとしても、民事では「侮辱」を主張すれば削除決定が出る可能性はあるのではないでしょうか。
ちなみに、女性の相談で多いのが、「ヤリマン」「尻軽」などです。もし本人が、恋愛経験が多くて彼氏が次々に変わっていたとしても、ただ単にいろんな人を好きになるだけかもしれないし、ヤリマンとは限りませんから、侮辱や名誉毀損で削除請求することができます。
――融通が効くこともあるんですね。
神田:よくある相談が「◯◯は不倫をしている」と書き込まれたというものですが、不倫が事実ではないなら名誉毀損で、事実ならプライバシー侵害でいくなど、裁判官が納得のいく組み立て方を考えるのが我々の仕事です。
犯罪者の個人情報をさらすのは違法?
――対照的に、書き込んだ立場ではどうでしょう。最近は、犯罪者の報道された以外の個人情報を晒す“私刑”が流行っていますが。
神田:あの行為は“リンチ”ですよね。難しい問題です。
例えば、報道では名前をAとされたのを、その他の情報から推測して、Aの身元を突き止め、必要以上に個人情報をバラしたとしましょう。これをプライバシー侵害と言えるかどうかは、難しいんですよね、事件自体は事実だから。
以前実際にあったのが、とある罪で執行猶予3年のXさんが、事件から1年半後に大手IT企業に対して「自分の犯罪歴が出てしまう検索結果を消してほしい」と訴えたことがありました。裁判所の判断は、「まだ時期も早いし、消さなくてよい」、つまり棄却でした。
問題はここからで、この一連の流れが報道されると、「これはどの事件だ」と、ネットで発掘されてしまったのです。
「忘れられる権利」を訴えたはずのXさんですが、余計に忘れられなくなってしまった。だから「忘れられる権利」がらみの報道は、本当はお伝えしなきゃいけないことですが、報道されにくいんです。
「死ぬ前に消しておきたい」というおばあさん
――Xさんは「時期が早い」とのことですが、何年経てば消せる可能性がありますか?
神田:殺人犯などの重罪は該当しませんが、軽犯罪なら3~5年がひとつの目安ですね。たとえば20代のときに痴漢で逮捕され、実名報道されたとしましょう。30代になり、結婚して子どもを幼稚園に入れる、そんなときに「他の保護者から検索されたら大変なことになる」と言って駆け込んでこられる方がいます。
最近では、「娘が結婚する年齢だから、結婚相手の親御さんに調べられる前に」と、自分の過去の過ちに関する削除を求める方がいました。
いま不利益を被っている人ではなく、「そのうち被るかもしれないから、その前に」と、人生の節目に来られる方が多いですね。
また、とあるおばあさんから「これがネットにある状態だと死ねない」という相談がありました。その気持ち、なんとなくわかりませんか? 動機はどうあれ、それが権利侵害なら消えるので、悩んでいる方は一度、弁護士に相談してください。