人生120年時代は、自分の健康を自分で守っていく時代にもなるはず。できるだけ長く健康寿命を延ばすために今わたしたちができることとは——?
「健康長寿」を目指しながら、年齢を巻き戻す「エイジングケア3.0」という新しいフェーズを提案する「fracora(フラコラ)」。同ブランドが運営するYouTube番組「生命科学アカデミー」では、最先端の生命科学の知識を紹介しています。
今回「生命科学アカデミー」に金沢工業大学院バイオ・化学部/応用バイオ学科教授の小島正己(こじま・まさみ)先生が登場。同番組のホストをつとめるHIROCO学長が、脳の健康のメカニズムについて迫ります。
第4回目は、脳の健康を守るために知っておきたい、運動と食事の習慣について教えていただきます。

小島先生(左)とHIROCO学長(右)
運動と外部からの刺激がBDNFを上げるカギ
HIROCO学長(以下、——)今回は「脳の健康を守るために知っておきたいこと」をテーマにお話を伺いたいと思います。まずは、運動と脳に関する最新の研究について教えてください。
小島正己先生(以下、小島):運動が脳に関係することは間違いありませんが、どのように関係しているかについては、まだ明らかになっていません。運動を長期的にしたほうがいい、朝ウォーキングするといい……などさまざまな仮説がありますね。最近ではそれらを検証するために、マウスにランニングマシンの上を歩かせて、脳の調子を測るような研究もされるようになってきました。
――脳の健康を維持するためには、どの程度の運動が推奨されているのでしょうか?
小島:現段階では、何とも言えません。ただし、あまり過度な運動をすると心身ともに疲労度が上がるので、汗をかいて気持ち良い程度の運動をするのがいいと思います。今は、ウェアラブルデバイスで体の状態を調べることもできますから、そういったアイテムを活用するのも手ではないでしょうか。
――先生が研究されている、脳のタンパク質である「BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor : 脳由来神経栄養因子)」も、運動によって変化しますか?
小島:私が産業技術総合研究所(AIST)に勤めていたとき、四国の「お遍路」に関する研究成果を発表したことがありました。私たち研究者がお遍路に1週間行き、その前後のBDNFの値を調べたんです。
結果としては、お遍路に行っている間に、BDNFの値がどんどん上がっていきました。おもしろかったのは、お遍路から帰って来た後ですね。お遍路を終えて2週間後に測ってみたところ、BDNFの値が持続していたんです。
――お遍路中に上がった値をキープしていたということですね。運動量アップによってBDNFが上がったなら、日常生活に戻るとすぐに下がりそうですが……。
小島:そうですね。お遍路は1日中歩きますから、運動の効果ももちろんあったでしょうし、さまざまな仏閣を見たり自然に触れたりしたことも、脳に影響したのかもしれません。
コロナ禍以降、家で仕事をする人が増えましたが、脳の健康のためには、体を動かしたり、自然に触れたり、人と会ったりすることが大切なのではないかと思います。
認知症を予防するカマンベールチーズの可能性
――脳科学の分野では、食事と脳の関係についても研究されているのでしょうか。
小島:そうですね。桜美林大学の鈴木隆雄教授と地方独立行政法人東京都健康長寿医療センターおよび株式会社明治の共同研究グループが、数年前に「カマンベールチーズの摂取が、記憶・学習など認知機能と関係している」という研究成果を発表しました。食品によってBDNFが増加することが確認され、今後の認知症予防に資する可能性が出てきたんです。
――カマンベールチーズは発酵食品なので、脳だけでなく、腸にも有効に作用しそうですね。
小島:腸の話が出たので、私たちが行っているマウスの研究についても触れておきますね。第2回目のとき、BDNFとうつ病との関係についてお話ししましたが、私たちは研究のために、遺伝子組替技術を使ってうつ状態のマウスを開発したんです。マウスの場合は、うつ病ではなく「うつ様」と言います。
それらのマウスには、人間と同じようなうつ様の症状が出ると同時に、過食の症状が出ました。実は、BDNFというのはエネルギー代謝もコントロールしていて、BDNFが減るとエネルギー代謝も減り、体内の脂肪細胞が増えるんですね。
――なるほど。
小島:それで、うつ様のマウスをもっと詳しく調べてみたところ、腸細胞にすき間ができていることがわかりました。私たちが食事をするときは、栄養分と一緒にさまざまな細菌やウイルスも取り込みます。それらは唾液で消化されたり、胃酸で消化されたりしますが、腸細胞に入り込んでくることもあります。
このとき、腸細胞にすき間があると、今度は細菌やウイルスが体内に入り込んできて、血管を伝って脳まで届く可能性があるんです。
――血管は、首都高速のように体内を巡っていますからね。脳に細菌やウイルスが入り込むとどうなるのでしょうか?
小島:腸細胞にすき間ができたマウスは、細菌やウイルスが脳に影響して、うつが治りにくくなっていました。腸の不調が、結果的に脳の不調を引き起こすこともあるということですね。
この研究から再確認できるのは、やはり私たちの体は全部がつながっているということ。脳の健康を守るためには、やはり全身の健康を保っていかなければいけないのだと思います。
(第5回へ続く)
動画で見る方はこちら