人生120年時代は、自分の健康を自分で守っていく時代にもなるはず。できるだけ長く健康寿命を延ばすために今わたしたちができることとは——?
「健康長寿」を目指しながら、年齢を巻き戻す「エイジングケア3.0」という新しいフェーズを提案する「fracora(フラコラ)」。同ブランドが運営するYouTube番組「生命科学アカデミー」では、最先端の生命科学の知識を紹介しています。
今回「生命科学アカデミー」に金沢工業大学院バイオ・化学部/応用バイオ学科教授の小島正己(こじま・まさみ)先生が登場。同番組のホストをつとめるHIROCO学長が、脳の健康のメカニズムについて迫ります。
第1回目は、小島先生の専門分野である「脳のタンパク質」の役割についてお話を伺いました。

小島先生(左)とHIROCO学長(右)
学習や記憶をするとき私たちの脳で起こっていること
HIROCO学長(以下、——):まずは、小島先生の研究内容について教えてください。
小島正己先生(以下、小島):脳が大切な臓器であることはみなさんもよく理解していると思います。けれど、脳の細胞は分裂をしないということを知っている人はどれほどいるでしょうか?
——脳の細胞は分裂しないんですね。
小島:はい。皮膚の細胞などは分裂をするので、怪我をしても修復します。けれど、脳の細胞はしない。つまり、修復できないので、それだけ脳の細胞を「守る」ことが大事になるわけです。
私たちの脳を構成する神経細胞は「脳由来神経栄養因子」と呼ばれるタンパク質によって、生存や成長、神経伝達が促されます。私がおもに研究しているのは、脳由来神経栄養因子の一種である「BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor)」というタンパク質です。ちょっと馴染みがないので、すぐには覚えられないかもしれません。なので今回は「栄養因子」や「B」とだけ覚えてお話を聞いていただいて構いません。「BDNF」と覚えられればそれだけでも頭がよくなりますけれど(笑)。
——(笑)。BDNFは、学習や記憶形成にも関わっているのでしょうか。
小島:そうですね。私たちが何かを学ぶとき、脳では神経回路が作られます。神経回路とはネットワークであり、覚えるべきことが発生すると、ネットワークの強化が起こります。
具体的に言うと、神経細胞が突起を伸ばして、近くの神経細胞へと情報を伝達するんですね。この際に仲立ちをするのが、シナプスやセロトニン、グルタミン酸、GABAといった神経伝達物質です。
このような仕組みを一生に渡り担うタンパク質がBDNFであり、神経伝達が維持できなくなると、アルツハイマー型認知症などの病気が発症します。
——BDNFは、脳の健康を守るために欠かせないタンパク質なんですね。
小島:その通りです。先ほども言いましたが、脳の神経細胞はほとんど分裂できません。傷ついたときに分裂して、再生を促す皮膚細胞などとは仕組みが違うんです。学習や記憶をサポートするだけでなく、脳が傷ついたり衰えたりするのを防ぐといった意味でも、BDNFは重要な役割を担っていますね。
——神経細胞が分裂できないのは、学習中に分裂してしまうと、記憶がリセットされてしまうからですか?
小島:研究結果は出ていませんが、理論上は、そのようなことも考えられます。
BDNFのわずかな違いによってメモリー容量も変わってくる
——私たちは皆、同じBDNFを持っているのでしょうか? それとも人によって異なりますか?
小島:BDNFは人によってわずかに違いがあり、この違いが、私たちの学習や記憶にも関わってきます。
例えば、朝起きて、朝ごはんを食べて、歯磨きをして……といった1日の流れがありますよね。いつ何をしたかを「エピソード」と言い、BDNFのわずかな違いによって、エピソードをどれだけ覚えていられるかが変わるんです。これは恐らく、私の研究の中でも一番大きな発見だと思います。
——おもしろいですね。
小島:BDNFの遺伝子の世界マップというものがあり、アジア人のBDNFと欧米人のBDNFでは、わずかな違いがあることがわかっています。また、人類の進化にともなって、より賢く記憶できるように、遺伝子も少しずつ変わってきていますね。
——人生120年時代と言われるいま、脳の健康を守ることは重要な課題となっています。先生の研究に、これからますます注目が集まるのではないでしょうか。
小島:BDNFを発見したのは、バーデ先生(Yves-Alain Barde)という研究者です。ブタの脳を100個集め、そこからBDNFを抽出したんですね。
この成果を人間の脳に活かせるかどうかというのが、私の研究です。人間にとってBDNFが大事だとわかれば、健康や病気、老いといった問題の解決にも結びついてくるのではないでしょうか。
(第2回へ続く)
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