アラフィフ作家の迷走生活 第86回

マッチングアプリで「運命の人」に出会った友人の悲劇

マッチングアプリで「運命の人」に出会った友人の悲劇

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性や恋愛について考えるこの連載。今回は、「マッチングアプリで運命の人に遭遇した」という森さんの友人、C子さんのお話です。アプリのダイレクトメールで盛り上がり最高潮だったのに、友人には悲しい結末が待ち受けていました。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2021年6月26日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています。

「会った瞬間ビビビッときたんです」

某有名歌手が発した一言で定着したビビビ婚。昭和生まれならおそらく誰もが知っているだろう。ひと目で恋に落ちる、もっともわかりやすい運命の恋のはじまりだ。私など50年生きているが一度もビビビ経験がなく、「あれ? もしかしたらあれがビビビ?」という遅れてきた微弱電流みたいな出会いしかなかった。

運命の感じ方は人それぞれなのでいいとして、でも最近ビビビ婚とか曲がり角で衝突して出会うぶつかり婚や(ぶつかることはあっても双方イヤホンしてたりして会話がない)間違い電話や間違いメールがもとで付き合う怪我の功名婚(実は私はこれである)など、ハプニングが良縁につながる話はまったく聞こえてこない。出会いそのものがスマホひとつで完了する昨今、運命の手綱はすべて指先次第なのだろうか。これもまた時代の流れというものよ、と私が感慨にふけっていたら、

「美樹ちゃん、私、マッチングアプリで運命の人に遭遇したみたいなの」

というLINEがきたのだ。

久しぶりに連絡をくれた友人C子は鼻息を荒くした。LINEなので鼻息までは伝わらないが、あきらかに興奮していた。C子は私がエッセイの連載をしているのを知っていて、ネタを提供してくれたのだ。しかし数多あるマッチングサイトで、膨大な男女が登録する中で、運命の人とマッチするとは? どういういきさつで運命の人と認定したのだろう。

自然と本命がひとりに絞られていった

C子は私より何歳か若いアラフォー、バツイチ独身、ひとり息子は今年就職して家を出たので、恋愛に本腰を入れてみようと手始めにマッチングアプリに登録した。マッチングアプリ初心者ゆえ、プロフィールは写真ではなくアバターOKのものを選んだ(この手のマッチングアプリは以前にここでふれたが、熟年層に人気なのかもしれない)。

名前だけはニックネームにとどめたが、アバターはC子なりに忠実に再現した。プロフィールも飾らず奢らず素をさらけ出したというから、その本気度もうかがえる。好きなものは音楽、クラシックからロックまで幅広く網羅。特にUK/USロックに明るい。インド映画、アングラ劇団に興味あり。本職は音楽教師、副業は翻訳業。バツイチ独身。猫の肉球の匂いを嗅ぐのと百人一首の坊主めくりが趣味。好みのタイプは鳥肌実。と、ちょっと引くくらい正直に書いたところ、「50~60もメッセージがきたのよ。で、音楽好きと映画好きを厳選してやりとりを開始したの。最終的に4人くらいかな」

ここまでは通常の流れと変わらない。たくさんの運命の釣り糸から指先ひとつで厳選していくという、マッチングアプリならではの楽しい瞬間。私など、もうこの地点が幸せの最高潮と思ってしまう。だって、アラフォーアラフィフ女をこれでもかと持ち上げてくれるなんて、マッチングアプリだけじゃないのか? マッチする手前でお腹いっぱい、となるとアプリの意味はないのだが。

C子は4人とやりとりしていたが、自然と本命がひとりに絞られた。不思議なもので、C子が「彼は私にとって特別だ」と気づいた瞬間に彼のほうも「彼女は僕にとって特別だ」という空気を醸し出してきたという。空気。アプリなのに空気。指先で操っているのに空気。これはもうビビビ婚ならぬスワイプ婚? いや、まだ結婚していないし会ってもいないけれど。まあ、なんというか指先だけで相手を理解しあったような、そんな心地にお互いが(あくまでC子の主観だが、こういう主観はほぼ100%当たる)なったという。

「そうか。最近はぶつかったり間違ったりしなくても、正攻法で運命がたぐりよせられるんだね。指先で絡めとる運命かー。顔も身体も知らないで嫁いだような、かえって昔に戻ったようだね。これもまたロマンだわ」

私が浮かれて盛り上がるも、当のC子は、

「私も半世紀ぶりに運命がきたと思ったのよ。でもさぁ……、ちょっと聞いてくれる?」

とテンション駄々下がり。ここから話は不穏の一途をたどる。うんうん、何でも聞くさ。

本名を伝えた途端に……

「相手も私も盛り上がりが最高潮だったから、LINEに移行したのよ」

予想通りの展開だ。マッチングアプリでは適当なニックネームをつけていたC子だが、LINEのプロフィール名は本名にしていた。相手は俗称だったらしい。C子はさっそく相手へ挨拶をした。「アプリでは×××でしたが、こちらが本名です」と。

しかしなんと、相手からは一切返事がこなかったのだという。

変だなと訝りつつ、C子は何度かLINEをした。が、なしのつぶてである。しつこいと承知の上で、マッチングアプリからもメッセージしてみた。やはり返事はない。つい先日まで1日に何度もメッセージを送り合い、言葉だけではもどかしいほど気が合っていたのに。

「ねえ、ひどいでしょ。これってきっと、ブロックされたんだよね」

とC子。私も解せなかった。

「もしかしたら相手に妻か彼女がいて、LINEを見られたとか? でもそしたらマッチングアプリのやりとりに戻ればいいだけだよね。LINEになったとたんに音信不通になるのは変だよね。だったら最初からLINEはまずいって言えばいいだけだし」

「うん、だから私、思ったんだけど……」

「うん」

「もしかしたら、昔の知り合いだったのかもしれないって」

昔の知り合い、だと?

なるほど、趣味も気も合い過ぎるとなると、以前どこかで会ったことがある、何かしらの付き合いがあった、ということもありうるのだ。ましてやかなりマニアックな趣味のC子である。若い頃に一緒に遊んだ仲間とかかもしれない。

マッチングアプリ上ではニックネームゆえに知り合いであることにお互い気づかぬままやりとりして盛り上がり、LINEではじめて相手がC子だと知ってブロックしてきたわけか。

「なんでブロックしたんだろうね。初恋カムバック的な甘酸っぱさがありそうなのに? 昔の知り合いにマッチングアプリで会っちゃうなんてマジでロマンだよ。昭和から令和へ運命も時代を超えたんだよ」

今時そんな少女マンガもないよ、と我ながら失笑しつつ、時を超えた運命を勝手に夢見る私を尻目にC子は、

「何言ってんのよ、美樹ちゃん。いきなりブロックされたこっちの身にもなってよ。私、過去に彼に何かしたか気になってしかたないのよ。もしかしたら20代で追っかけてたインディーズバンドのメンバーだったらどうしよう、とか。イギリス留学中に期間限定の現地彼にしていたクラスメイトだったらどうしよう、とか。結婚してた時に何度かやっちまった元旦那の友達だったらどうしよう、とか。私にアプローチしてきたけど振っちまった息子の元家庭教師だったらどうしよう、とか」

と、憤懣(ふんまん)やるかたない。C子ったら、そんな過去があったのね。知らなかった。若気の至りの思い出を、マッチングアプリで蒸し返されそうになるとは、思いもよらなかった、とC子。

誰にでもひとつやふたつやみっつ、隠しておきたい過去がある。でもまさか、マッチングアプリで過去を走馬灯のように思い出す日が来るなんて。本人からしたらネタにしてもらわないと、やっていられないかもしれない。

「まあ、でも、相手も静かに去ってくれたんだから、よかったんじゃない?」

と私がなだめるも、

「くっそー。今となってはこの指先が恨めしいのよ。でも、もし知り合いだったら、会ってみたい気もした。これは本音。付き合う、付き合わないは別にしてね」

C子の場合はモヤモヤする結末を迎えたが、これもまた時代の流れ、良くも悪くも人は時代に翻弄されていくのだな、と私はまた感慨深くなった。

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴る連載です。

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