アラフィフ作家の迷走生活 第83回

仲良くなった相手はモラハラ男だった

仲良くなった相手はモラハラ男だった

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性や恋愛について考えるこの連載。コロナ禍で人との出会いが減り、マッチングアプリに登録してみた方も多いのではないでしょうか? 今回は、マッチングアプリを利用している森さんの知人女性から聞いた、とある男性のお話です。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2021年3月27日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています。

桜の開花が近づいてきたというのに、相変わらず私は引きこもりである。春は出会いと別れの季節、そうだ、無理に外に出なくてもマッチングアプリというツールがあるではないか。さっそく誰かに聞いてみよう。

会わない前提でさみしさを解消するのもあり

「マッチングアプリは、一昔前よりもかなりカジュアルになってるよ」 と、私にLINEしてきたのは同世代の女性N子。以前、某カルチャースクールで一緒になった。随分会ってないし、LINEも久しぶりだった。

N子が登録していたのは写真や身分証明書を必要としないマッチングアプリで、プロフィール画像はアバターでOK。素100%をさらさず、いいところだけアピールすることもできれば、偽りの自分を演出することもできる。リアルでありながら適度に夢も見られるといったところか。ちなみに年齢層は高めのアプリだそうだ。

N子が登録したきっかけは、やはりコロナ禍で人との出会いが激減したからである。独身、ひとり暮らし、仕事は自由業で在宅勤務とくれば、人さみしくなるのも当然だろう。いや、たとえ既婚者だろうと子供がいようと、漠然とした不安感は拭えない。ネットだけの世界でもつながりがほしいと思って何らおかしくはないのだ。

N子自身はほぼ素のプロフィールを登録したと言うが、私はネットの世界で嘘をつく人を否定しない。嘘というか、願望に近いと思うからだ。私が登録したとしてもほぼ素のプロフィールにするだろうけど、アバターは真逆のルックスにしてみたい。人は誰もが一度や二度、別の人生や別の自分を妄想する。それをマッチングアプリでやって、他人を傷つけずに自分の世界に浸るだけなら、さほど罪にはならないのではないか。

とN子に吐露したら、

「私もそう思っていたのよ。自分を偽るといってもほぼ願望だから。会って嘘をつくのとはまた別でしょう。会わない前提でのやりとりだって成立するんだし」

会う前提ではなく、会わない前提でお互い即席にさみしさを解消する。それだって十分マッチングアプリの目的を果たしている。妄想×妄想だって、本人同士が楽しいなら別にいい。

ことごとく否定してくる男性

ところが、「プロフィールを偽るような人とはやりとりしたくない」という男性(以下A男)がN子の前に現れたのだ。N子が自由業の職業と知って、やはり同じ自由業のA男のほうからメールしてきたという。A男はマスコミ業界の人らしく(本人談)話題も豊富で、サブカル好きのN子とすぐに長文メールをする間柄になった。やがて、会わない? 会ってもよくない? という空気になったそうだが、

「でも、だんだんその人が私にモラハラしてくるようになっちゃって」

モラハラ? 深掘りしてみると、A男はN子の好きなもの、興味のあるものをことごとく否定し、A男の趣味趣向を押しつけてきたのだという。たとえば、N子が「韓国ドラマってわりと好き。『愛の不時着』もよかった」と言えば「韓国ドラマって、本気? くだらないよ。映画『パラサイト』もたいしてよくなかった」と返し、N子が「映画『テネット』、世間的な評価は良いけど、私は好きじゃない」と言えば、「世間的評価じゃなくても、あれは素晴らしい作品だよ。世間的評価を引き合いに出すなんて、N子さんは飲食店も食べログを見て決める人?」と返してくる。いちいち癇に障ると思ったN子は、

「A男さんって誰かに似てると思ったら、昔の元彼に似てる。理屈臭くてうんちくたれる人だったんです」

とさりげなくチクリとやってみた。すると、

「元彼? それってN子さんが過去のしがらみにとらわれている証拠だよ。自分で自分のことがわかってないんだ。自分の心に嘘をついているから、前進できないんだね」

と返してきたという。N子としては、A男が単純に昔の元彼に似ていただけだろう。それなのに自分の心がわかってないとか、自分の心に嘘をついてるとか、なんだか鬱陶しい男である。そもそもサイトで知り合って1週間も経過しておらず、顔も合わせていない相手に、N子の心がわかるというのか。自分の心に嘘をついている、と断言できる神経が疑わしい。私だったらその時点で願い下げだ。N子もブロックしようとしたのだが、興味半分でしばらく続けてみたらしい。

同じサイトに20年も?

「そしたらびっくりなのよ。A男ってば、このサイトに20年在籍してるっていうの」

同じサイトに20年? どういうことなのだろう。仕事のネタ探しとか? ヤリモクで20年もいればさすがに通報されそうだ。そもそもマッチングを求めている人って何年も同じサイトを利用するものなのだろうか。気の合う人ができたら会うなりLINEに移行するなりすればいいのに、サイト内だけで20年も居続けるというのは、それこそどういう心理なのだろう。

「あのね、A男はコロナ禍になるずっと前からそのサイトにいるわけよ。ハンドルネームは変えずにね。で、コロナ禍の前は実際に会ったり、付き合ったりしていたんだって。けっこう何人も付き合ったって言ってた。実際、会うと俺は穏やかな人だって、自分で言ってたよ」

サイト内ではうんちくモラハラ野郎で、会うと穏やかな人なのか。

「N子さん。そりゃ、サイトに20年も居続ければ、そこに別人格ができてもおかしくないけど、サイトの人格のほうがA男の本質のような気がしない?」

最初に言ったように、サイト内が別人格だとしても私は否定しない。願望が作り出したのなら、それもまた本人の一部だからだ。しかし20年なると話は別だ。願望をとおりこして本質になっていると思うのだ。

「そうよね。それでもうそのサイトはやめようと思ったんだけど、つい悪戯心でいったん退会して、別の名前で登録しなおしてみたの。今度は偽のプロフィールで」

すぐまた退会するつもりだった、とN子は言い、

「そしたら性懲りもなくA男からメールがきて、何回かやりとりしたんだけど。またモラハラしてくるの。否定されたり説教されたり。私、さすがにこわくなっちゃって」

「N子さんだって気づいてないんだ」

「まったく気づいてない。私もさらに悪戯心で、それとなく気づくように誘導したんだけど」

永遠にマッチングできないマッチングサイト

A男というのは新規会員にことごとくメールを送っているのだろうか。だとしても20年ものさばっているのだから勘が備わってきてもいいものなのに。同じ女性(男性も)が名前やプロフィールを変えて登録しなおすなんて、わりとありがちだと思うのだ。身分証明書が要らないサイトなのだから簡単である。おそらく、N子が悪戯心で再登録したように、A男とやりとりした後で再登録してまたA男との出会いを繰り返している女性だっているはずだ。復讐心みたいなものかもしれない。

そう私が言うと、N子も納得した。A男がそういうループに引っかかってもおかしくはない。女性にマウントすることで承認欲求を満たしているとしたら、本人はよくても女性にとっては迷惑はなはだしい。

「でもさー、それって永遠にマッチングできないマッチングサイトだよね」

とN子。私も大きくうなずいた。

「うん。しかも誘導しているにも関わらず、意気投合したN子さんだって気づかないんでしょう。最初からマッチングするつもりないんじゃないかな。自己満足で20年住んでる、みたいな」

「マッチングアプリに住んでいるって、どっちが現実かわからないね。本当の自分すらわかってないのかも」

「そうだねー。こわいねー(笑)」

N子と私は(笑)で済ませたが、笑いのネタにしてしまいたいほど、こわいと思ったのだ。

「あ、美樹ちゃん。実は私、A男に”実は私は×××です”って正体を明かしたのよ。そしたらなんて返してきたと思う?」

「え、なんだろう。謝罪してきたか、憤慨してきたか、どっちかかな」

「それが、”最近物忘れがひどくて、覚えていません”だって。A男、まだ50歳だよ」

いきいなり物忘れか。もう少しマシな逃げ口上はなかったのだろうか。A男がちょっと哀れに思えてきた。A男の本質は、さみしさだったのかもしれない。

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴る連載です。

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