アラフィフ作家の迷走生活 第82回

緊急事態宣言のまっただなか、不倫相手を追って引っ越しした女性の話

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性や恋愛について考えるこの連載。新型コロナウイルスの蔓延が私たちの生活を今よりも揺るがしていた2020年。そんな中、不倫関係にある男性を追いかけ、引越すという決断をした友人がいました。彼女の行動に対して森さんは何を思ったのでしょうか。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2021年2月27日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています。

2020年5月、GW明け。知人女性が関東から九州へ引っ越した。

当時は確か緊急事態宣言の真っ只中で、よくもまあそんな時期に引っ越しを決めたなと私はひそかに心配していた。というのも彼女が引っ越す理由が仕事や家庭の事情ではなく、男を追いかけるためだったからだ。しかも男性には妻子がいる。いわゆる不倫だ。

一昨年に離婚をして1200万円を手にしていた彼女

彼女、R子はアラフィフで無職、バツイチだ。離婚をしたのは一昨年で、離婚の発端はR子の不倫(現在のお相手とは別)である。にもかかわらず、R子は1200万円の慰謝料をもらったという。なぜ? と首を傾げたが、夫婦には当事者にしかわからない事情があるものだ。もしかしたら不倫を超える何かが夫婦間にあったのかもしれない。

私は狡い人間なので、「不倫も浮気も徹底的に隠してやって、表向きは優雅に専業主婦やっていてもよかったんじゃないか」と思ってしまう。

まあでも何はともあれ1200万円を手にしたのだから、人生の後半をゆっくり立て直すのもいいかもね、と私が勝手に前向きになるも、

「慰謝料は半年で3分の2なくなった」

とR子はのたまった。実家に身をよせていたので、家賃はかかっていない。なのに半年で800万円を消費? 何に? もしかしたら投資したのかな。学校にでも入学したとか。と、またもや私が勝手に前向きにとらえるも、

「彼好みに身体を改造したり、彼に会いに行ったり」

と、のたまった。離婚の発端になった彼ではない今彼とはネットで知り合い、九州まで彼女が会いに行き、彼が上京する時は彼女が交通費や宿泊費を払っているのだそうだ。食事代もプレイ代(夜のプレイ含む。普通のプレイは普通のホテルではできないからね)もグッズ代も彼女が支払っている(グッズの保管場所も彼女の実家。妻子持ちには託せないからね)。

そう、R子には貢ぎ癖があったのだ。今彼の誕生日にはパソコンを買ってあげた、とご満悦である。

R子はお金を払うことで承認欲求を満たしているんだな、と私は納得した。

引っ越し前夜のLINE

前置きが長くなったが、R子が引っ越したのはコロナ禍で必然的に彼に会う回数が減ってきたからだ。それと手持ちのお金が少なくなったから。交通費や宿泊費で消費するよりも、いっそ近くに住んだほうが節約になるし監視もできる(今彼はR子より10歳ほど若くイケメンで、モテ要素がたんまりある)。

彼の地へ旅立つ前夜、R子は私にLINEしてきた。

「こんな私でも友達でいてくれる?」

要は、不倫相手を追いかける、馬鹿な選択をした私ともまだ友達でいてくれるか、と言いたいのだ。他の友人知人には大反対されたり、縁を切られたりしたのだろう。私のこたえは当然イエスだ。だっていい大人なんだもの、自分で決めた人生ならまっとうすべきだ。だってわかっているのだ。大反対されても縁を切られても、R子の選択肢はひとつ、遂行するしかないのだと。あきれているのでも、軽蔑しているのでもない、ただ私の人生ではないだけの話。R子の人生はR子のもの。私にできるのは、ただ見守るだけである。

でももし、昨年がコロナ元年でなかったら。R子はこれほどの決断をしただろうか。お金も仕事もなく、頼れるのは今彼ひとりだけ。R子の貯金額は知らないが、元夫が1200万円渡すというのは、元夫だってR子の金銭感覚を考慮したからだろう。特に職歴も資格もない50歳手前の女が、丸腰で男を追いかけていく。男には背負うものだけがあって、余分なお金はない。世の中には、ここまで尽くしてあげられる自分(ここまでしてあげられるのは自分だけ)に酔いしれる人々もいるので、否定はしない。

R子が心底うらやましい

はい、また前置きが長くなった。とどのつまり私が言いたいのは、

R子がうらやましい。このひとことに尽きる。

見習いたいとも、尊敬するとも、賞賛するとも言わない。R子になりたいなんて、微塵も思わない。ただうらやましい。私とは一切関係のない人生、と斜め見しつつ、私は心底うらやましかった。

私達はいつでも、今を生きていない。どうしたって、未来や過去にとらわれる。だけどR子はつねに今を生きている。今さえよければどうでもいい。私に「友達でいてくれる?」なんて聞いておきながら、本当は私のことなどどうでもいいのだ。一切、見えていないのだから。自分の生き様しか興味がないのだ。

なんて潔いのだろう。なんて勇ましいのだろう。

でも本当は皆、今を生きたいんだよ(R子のような人生を歩むかどうかは別の話ですが)。

私が1200万円をいただいたらまず投資するかな、株を買うか、とか考えちゃう時点でもう今を生きていない気がする。わかっていますよ、未来も過去も大事だって。でも未来も過去も今でできているのだ。

そんな私でも、コロナ禍にあって少しは今の大切さを噛みしめるようになった。後悔したことがたくさんあるのだ。「あの時、観たいと思った映画を観ておけばよかった」「あの時、行ってみたいと思った展示会や観光地に行っておけばよかった」「あの時、著名人に会える機会があったのに、なんで思いきって行動しなかったのだろう」etc。ひとつひとつは小さなことかもしれない。コロナが終息したらやればいいよ、と自分を慰めてはいるけれど、はたしてその時、私は生きているだろうか。今! と思ったら即座にやらなければいけなかった。本当は全部そうだった。

と、思っているのは私だけではないだろう。時間の中をただようように、なんとなく生きていたのだな、と思い知ったのも、私だけではないはずだ。それこそ今、気づけたのはよかった。

だから、悪いことだらけではない。

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴る連載です。

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