老いを“病気”ととらえ、適切な選択をすることで老化は新たなフェーズへ——。今、世界中で「長く健康に生きる」ための研究が行われています。
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大阪大学大学院生命機能研究科教授/医学系研究科教授の吉森保(よしもり・たもつ)先生をお招きし、オートファジーの最新研究について伺う企画の5回目。最終回となる今回は「細胞のエネルギー生産工場」と呼ばれるミトコンドリアと、オートファジーの関係について教えていただきます。
※本記事は「生命科学アカデミー」で配信された内容を、ウートピ編集部で再編集したものです。
ミトコンドリアの故障が老化や病気の原因に
HIROCO学長(以下、——):今回は、ミトコンドリアについてお話を伺いたいと思っています。ミトコンドリアは、細胞の中で、エネルギー生産工場のような役割を担っているんですよね。ミトコンドリアの量を増やしたり、質を上げたりしたら、若返って健康になれるのでは……と思うのですが、量を増やす方法はあるのでしょうか?
吉森保先生(以下、吉森):ミトコンドリアは酸素を使ってエネルギーを作りますが、酸素が少ない場合は、エネルギーを補うために数を増やします。だから、酸素の薄い場所でトレーニングをすると、ミトコンドリアがたくさんできて、筋肉がパワーアップするんです。
そのような理由から、トップレベルの選手は、試合前のトレーニングを高地で行うことがあります。ただし、普段の生活に戻ると、ミトコンドリアの数も元に戻ってしまいます。
——運動選手以外の人も、ミトコンドリアを増やすことでメリットを得られますか?
吉森:どちらかというと、大事なのは量より質ですね。年をとると、ミトコンドリアの質が下がってきます。具体的には、エネルギーをきちんと作れなくなったり、穴が開いて壊れてしまったりします。
——ミトコンドリアが壊れるとどうなるんですか?
吉森:原子力発電所を例に考えるとわかりやすいでしょう。原子力発電所は電気を作るために必要な施設ですが、副産物として放射性同位元素を発生させます。
ミトコンドリアも同じで、エネルギーの副産物として活性酸素という有害物質を発生させるのです。活性酸素は、通常は膜の内側で処分されますが、穴が開くとそこから外に漏れ出してしまうわけです。
——そうやって漏れ出した活性酸素が、老化や病気の原因になるんですね。
吉森:その通りです。放置しておくと、炎症を起こしたり、遺伝子を傷つけてがん細胞を作ったり、心臓の細胞を傷つけて心不全を引き起こしたりする可能性もあります。そうならないために、ミトコンドリアが壊れたとき、体内では何が起こるのか? 実は、ここにオートファジーが関わってくるんです。
オートファジーは、壊れたミトコンドリアを見つけると、活性酸素が漏れないように包み込み、最終的に分解します。つまり、ミトコンドリアの質を保つために、オートファジーは重要な役割を担っているのです。
オートファジーは加齢とともに下がりますが、それに比例して、ミトコンドリアが壊れる率も高くなってきます。つまり、壊れるミトコンドリアが増えていくのに、オートファジーがそれを処理してくれなくなるので、老化が進み、病気にかかりやすくなる。どの細胞のミトコンドリアが壊れるかによって、発症する病気の種類も変わってきます。
細胞は加齢によって壊れやすくなる
——細胞の中には、ミトコンドリアだけでなく、さまざまな器官が詰まっていますよね。これらも、加齢によって壊れやすくなるのでしょうか?
吉森:そうですね。人間は胃腸で食べ物を消化しますが、細胞も胃腸のような器官を持っています。これをリソソームと呼び、加齢によって壊れやすくなる器官のひとつです。
人間の胃に穴が開くのと同じように、リソソームに穴が開くと、中に入っている消化酵素が漏れてきます。それによって、細胞を殺してしまうことがあるわけです。
——ミトコンドリアと同じように、リソソームに穴が開いた場合も、オートファジーが包み込んで分解するんですか?
吉森:はい。実は、この仕組みは私たちの研究チームが発見したもので「リソファジー」と呼んでいます。最近、オートファジーがどうやってリソソームの故障を見つけているか判明し、論文を発表しました。
——研究が進んでいるんですね! 私たちは、ミトコンドリアについて理科の授業で学びますよね。豆のような形の膜内に、ぐねぐねした管が通っている……というイメージですが、本当にあんな形をしているのでしょうか?
吉森:実は、教科書に載っているミトコンドリアと、実際のミトコンドリアでは、形が異なります。以前は、電子顕微鏡で細胞を観察するのが一般的でした。電子顕微鏡は、観察試料を真空に保たなければならず、細胞を生きたまま見られません。そのため、細胞を殺してプラスチックで固めるなど、ひと手間かける必要があったんですね。
固める方法は色々ありますが、細胞を瞬間的に殺す技術がなかった時代は、活け締めのような方法をとっていました。そうやってジワジワ殺すと、細胞が苦しんで、ミトコンドリアがちぎれてしまうんです。つまり、よく教科書に載っているイメージは、断末魔をあげるミトコンドリアということですね。
実際のミトコンドリアは、網状につながった管によって形成されていて、元気なときは細胞の中で活発に動いています。そういうことも、科学が進むとだんだんわかってきますね。

「生命科学アカデミー」より
——おもしろいですね。ミトコンドリアの量は、臓器によって変わったりするのでしょうか?
吉森:ミトコンドリアの量は臓器によって異なります。例えば、筋肉のミトコンドリアは、酸素が薄くなると増えます。
また、脳もミトコンドリアの量が多い臓器ですね。なぜなら、コンピューターが電力を食うのと一緒で、脳はエネルギーをものすごく消費するから。エネルギー消費量が多ければ多いほど、発電所であるミトコンドリアがたくさん必要になるんです。
——体の外側からは見えませんが、吉森先生のお話を聞いて、細胞に愛着が湧いてきました。老化を防ぐためにも、オートファジーを上げて、細胞を元気に保っていきたいですね。
吉森:ぜひ細胞に興味を持って、探究してみてください。細胞は「生命の最小単位」であり、私たちの体は37兆個の細胞から構成されています。細胞についてある程度の知識を身につけていただくことで、人生を長く楽しく過ごせるようになると思いますよ。
(完)
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