老いを“病気”ととらえ、適切な選択をすることで老化は新たなフェーズへ——。今、世界中で「長く健康に生きる」ための研究が行われています。
「健康長寿」を目指しながら、年齢を巻き戻す「エイジングケア3.0」という新しいフェーズを提案する「fracora(フラコラ)」。同ブランドが運営するYouTube番組「生命科学アカデミー」では、最先端の生命科学の知識を紹介しています。
大阪大学大学院生命機能研究科教授/医学系研究科教授の吉森保(よしもり・たもつ)先生をお招きし、オートファジーの最新研究について伺う企画の4回目。
今回は「がんになったときはオートファジーを上げないほうがいい」という噂を元に、がんとオートファジーの関係や、その分野の最新研究について深掘りしていきます。
※本記事は「生命科学アカデミー」で配信された内容を、ウートピ編集部で再編集したものです。
がん細胞はオートファジーを利用して生き残る
HIROCO学長(以下、——):日本の3大死因は「悪性新生物(がん)」「心疾患」「老衰」と言われます。がんになってしまったら、オートファジーを上げないほうがいいといった噂も聞きますが、実際のところどうなのでしょうか。
吉森保先生(以下、吉森):病原体は外部から侵入してくる敵ですが、がん細胞は、もともと体内にあった普通の細胞が変化したものです。遺伝子の突然変異によって、普通の細胞が、がん細胞に変わります。がん化ですね。
オートファジーは、通常は細胞のがん化を抑制する働きをします。従って何らかの原因でオートファジーが低下すると、抑制力がきかなくなり、がん細胞ができやすい環境になります。一方、一旦がん細胞ができると、がん細胞は自分が生きるためにオートファジーを利用します。
——細胞の中にあるものを回収して運び、分解して新しいものをつくるオートファジーの仕組みを利用して、生き残ろうとするんですね。
吉森:その通りです。オートファジーの働きによってがん細胞が守られてしまい、増殖や転移を防げなくなる。このことから「がんになってしまったときは、オートファジーを下げたほうがいいんじゃないか」と言われ始めました。アメリカでは、オートファジーを止める薬をがん治療に役立てるような治験も行われています。
しかしオートファジーが低下すると免疫細胞の能力も低下します。それは、がん細胞が増えやすくなることを意味します。なぜなら、免疫細胞には、がん細胞を攻撃する働きがあるからです。
——がん細胞の増殖を防ぐ方法はないのでしょうか?
吉森:2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)先生の研究チームが、つい最近「スペルミジンという成分が、がん免疫を活性化する」といった研究成果を発表しました。
スペルミジンとはオートファジーを上げる成分で、納豆や味噌などの発酵食品に多く含まれています。スペルミジンによって免疫細胞のオートファジーが活性化すると、がんに対する攻撃力も強まるといった仕組みですね。
世界中でがん細胞にだけ届く薬の開発が進んでいる
——先ほどのお話から考えると、オートファジーを上げることによって、がん細胞が生き残る力も増してしまうのではないでしょうか?
吉森:そこがちょっと複雑なんです。まだ実現していませんが、理想はがん細胞のオートファジーを止め、免疫細胞のオートファジーは上げること。
特定の細胞、例えばがん細胞だけを狙い撃ちして薬を届けるような仕組みを専門用語で「分子標的薬」と言います。世界中で分子標的薬の研究が進んでいるので、ゆくゆくは、そういうこともできるようになると考えられますね。
——がんを防ぐための研究が進んでいるんですね。抗がん剤は副作用が強く、がんの痛みよりも抗がん剤の副作用に耐えるほうが苦しいと聞きます。なぜ、それほどまでに副作用が強く出てしまうのでしょうか。
吉森:抗がん剤が、がん細胞だけでなく、健康な細胞にも効いてしまうからです。現在使用されている抗がん剤の多くは、細胞の増殖を止める効果があるものです。これが体内に入ると、例えば血液細胞など、ほかの細胞の増殖まで止めてしまいます。そのような抗がん剤の影響が、副作用となって現れる。
がん細胞にだけ薬を届けられれば、副作用の問題も軽減できるので、いま、世界中で分子標的薬の研究が進んでいるわけです。がん細胞の表面にしかない物質にくっつくものを使って薬を届けるなど、やり方はいろいろあります。
まだまだ研究が必要ですが、私は、近い将来そういうことが可能になると思っています。オートファジーも同じように、がん細胞のオートファジーだけ止めて、免疫細胞のオートファジーを上げることも不可能ではないでしょう。
(第5回へ)
■動画で見る方はこちら