老いを“病気”ととらえ、適切な選択をすることで老化は新たなフェーズへ——。今、世界中で「長く健康に生きる」ための研究が行われています。
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大阪大学大学院生命機能研究科教授/医学系研究科教授の吉森保(よしもり・たもつ)先生をお招きし、オートファジーの最新研究について伺う企画の3回目。今回は、コロナ禍で耳にすることが多くなった「免疫」とオートファジーの関係について語っていただきました。
※本記事は「生命科学アカデミー」で配信された内容を、ウートピ編集部で再編集したものです。
お年寄りにワクチンが効きにくいのはなぜ? オートファジーと免疫の関係
HIROCO学長(以下、——):コロナ禍以降、「免疫」という言葉をよく耳にするようになりました。吉森先生が研究している「オートファジー」は、免疫にも関わっているのでしょうか。
吉森保先生(以下、吉森):結論から言うと、オートファジーと免疫には深い関わりがあります。順を追って説明しますね。
私たちの体を構成する37兆個の細胞には種類がたくさんあり、「目の細胞」や「胃の細胞」というように役割が分かれています。その中のひとつに「免疫細胞」があります。免疫細胞は、さらにたくさんの種類に分かれていて、それぞれ役割を担っているわけです。
中でも有名なのが、抗体を作る免疫細胞。ワクチンを打つと抗体ができることはみなさんご存知だと思いますが、実は、ワクチンそのものが抗体を作るわけではないんです。ワクチンが免疫細胞に働き、その免疫細胞が抗体を作るといった仕組みになっているんですよ。
——そうなんですね! ワクチンが抗体を作るのだと思っていました。
吉森:結構、勘違いをされている方が多い部分ですね。最近わかってきたのは、免疫細胞のオートファジーが下がると、抗体を作れなくなるということ。そして、オートファジーは加齢によって低下するため、お年寄りにはワクチンが効きにくいんです。
これに関する興味深い研究があり、数年前に私の友人であるイギリスの教授が論文を発表しました。その研究では、お年寄りの体から抗体を作る免疫細胞を取り出して、そこにスペルミジンという物質をかけたそうです。スペルミジンというのは、納豆やチーズなどの発酵食品に含まれる物質で、オートファジーを上げる働きをします。それをかけたところ、免疫細胞のオートファジーが上がって、また抗体を作れるようになったそうです。
——免疫細胞が元に戻った! さらに言えば「若返った」ということですよね。
吉森:そうとも言えますね。ただし、免疫細胞が若返っただけで、その人の体が若返ったわけではありませんが……。
専門的には「可逆的」と言いますが、細胞を元に戻せるというのは、細胞生物学においてすごく重要な発見でした。年をとっても、細胞の能力が完全に失われてしまうわけではない。その研究でわかったのは、ある特別な免疫細胞のケースですが、多分、どの細胞でも同じ結果が出ると思っています。お年寄りの方に「今からオートファジーを上げても仕方ないでしょうか」とよく聞かれますが、そんなことはないと伝えたいですね。
体内に入ったバクテリアを攻撃するオートファジーのすごい仕組み
——先ほど、免疫細胞はたくさんの種類に分かれていると教えていただきました。免疫細胞は、抗体を作る以外にどのような働きをするのでしょうか?
吉森:免疫細胞は、体内の敵に対してさまざまなやり方で戦っています。一度侵入した異物を記憶し、次に体内に侵入してきた際に攻撃するようなものを「獲得免疫」といい、ワクチンによって抗体を作る免疫はこれに当たりますね。
もうひとつ重要なのが「自然免疫」です。これは、私たちの体に先天的に備わっている免疫で、体内に異物が侵入しようとすると反応し、異物の危険性にかかわらず攻撃を始めます。
自然免疫の攻撃の仕方はいろいろあり、例えば、血液の中に入ってきた病原性のバクテリアを、白血球が食べて殺すのもそのひとつです。このような攻撃を逃れるために、バクテリアはほかの細胞の中に入り込みます。そうすると、免疫細胞はそれを見つけられなくなってしまうんです。
——手出しができなくなってしまうんですね。
吉森:長いことそう思われていたのですが、実は最近の発見で、免疫細胞ではない細胞でもバクテリアを攻撃できることがわかってきました。ここに、オートファジーが深く関わってきます。
オートファジーとは、簡単に言えば細胞の中にあるものを包み込んで分解する仕組みのこと。細胞はこの仕組みを利用して、バクテリアも包み込んで分解できることが発見されました。これは、実は私の研究チームの発見で、感染症や免疫の分野では大きな成果と言えるものでした。
『はたらく細胞』という漫画があり、その中で、免疫細胞は殺し屋のような風貌で描かれます。つまり、バクテリアを攻撃するプロフェッショナルな細胞なんですね。しかし、オートファジーを使えば、特別な能力のない一般の細胞でもバクテリアに立ち向かえます。このような意味でも、オートファジーと免疫は切っても切れない関係と言えるでしょう。
ある種のウイルスは想像以上に賢い
——この仕組みを世界で初めて発見したのが、吉森先生の研究チームということですね。オートファジーは、どんなバクテリアも分解できるのでしょうか?
吉森:かなり色々なバクテリアを分解しますし、さらにはウイルスもやっつけることができます。しかしウイルスの中にはやっつけられないものもいます。例えば、コロナウイルスは、オートファジーから逃げることができます。オートファジーに攻撃されそうなときは、見つからないように隠れることができるわけです。そういう「賢い」ウイルスが、コロナウイルス以外にも幾つも見つかっています。ウイルスはとても進化しているのです。そこが厄介なんですね。
いま、私の研究室では、コロナウイルスがオートファジーから身を隠す仕組みを調べています。感染を防げなくても、細胞に入ったときに殺すことができれば、ウイルスの増殖を防ぎ、重症化を阻止できるからです。
——感染症の終息のためにも先生の研究に期待したいです。オートファジーと免疫の関係について伺ってきましたが、オートファジーは体内のバクテリアやウイルスもやっつけてくれるし、老化を防いでくれる可能性もあることがわかりました。
吉森:老化に関しては、そもそも免疫の低下が、全身の老化につながることがわかってきています。つまり、悪循環ですよね。加齢によって免疫が下がると、ほかの部分の老化も進んでしまうわけです。
老化とは、常に炎症が起こっている「慢性炎症」のような状態です。免疫が低下すると、それに比例して炎症も酷くなります。長く健康に過ごすためにも、やはりオートファジーを上げて、免疫細胞を元気に保つことが大切と言えますね。
(第4回へ)
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