アラフィフ作家の迷走生活 第59回

それでも私のことが一番好きなんでしょ、と思いたい

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は「男性の弱さ」について。森さんはあるとき、男性が浮気するのはその繊細さゆえなのかもしれないと気づいたのだそうです。一体どういうことでしょうか。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2020年3月21日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています。

妻を亡くした男の人は、あっという間に憔悴してしまう。

片や夫を亡くした女の人は、あっという間にたくましくなる。

この差は、肉体や体力に反して男の人が精神的に繊細だからだろう。女の人は、生む生まないに関わらず「出産」という果てしないエネルギーが内蔵されているので、やはり肉体や体力に反して精神的には強いのかもしれない。

男の人が浮気するのは、繊細だから?

突然だが、男の人は浮気をする生き物だ。妻や彼女を大切に思いながらも、浮気をする。女の人も浮気をするけれど、男の人の比ではない。なぜ、男の人は繊細で傷つきやすいにもかかわらず、浮気については神経が図太いのだろうか。たくさんの女の人とやりたい、というのは万国共通の男の人の願いで、本能かもしれないけれど。

今まで私は、この「男としてどうしようもない本能=たくさんの女の人とやりたい」を、単なるオスとしての性、子孫を残すべく世の理、みたいに思っていた。ところが最近、もしかしたら男の人が浮気する理由は、それだけじゃないかもしれないと気づいた。男の人の繊細さ、弱さも関係しているのではないだろうか、と。そう思うようになったきっかけは数日前に遡る。

先日、女性数人の会合で、「男性作家が書く官能小説はどうしてあんなにつまらないのか?」と参加者のひとりが言い放った。私も常々「美しすぎて嘘っぽいなー」と苦笑しつつ読んでいたので(それこそある種のファンタジーとしてはおもしろい)、うんうんと頷いたのだが、そこにいた女性陣が口々に「そうだそうだ」と賛同しはじめて、ついには「あんなセックスで感じるわけないのに」「もっと研究すべきだ」「自分本位も甚だしい」といった、悪口大会みたいになってしまった。

「男性は、本当に弱い生き物だから」

私も調子に乗ってしまって「日本男性はAV観ながらセックスっていうのもわりとあって(行為中に彼がAVを観はじめたらどうしますか)、私もこれを経験したけど、私の場合は単純に当時の彼の興奮材料だったようです」と暴露した。「興奮材料だったようです」と冷静に言いつつ、つまり私では彼は興奮しなかった、と女性陣に伝えたのだ(悲しい)。

すると別の参加者が「男性は、好きな女性を前にするとかえって緊張して、萎えてしまうそうですよ」と言った。なぐさめかな、やさしいな、と思ったけれど、さらに別の参加者が「萎えたら萎えたで言えばいいのに、男性って絶対に言わないんですよね」と言い、次いで別の参加者が「男性はあれを否定されると、人格から何から全否定された気持ちになるらしいですよ」と言った。「鬱病になったりね」と別の参加者が応戦すれば、「射精しなきゃダメだと思い込んでるんです。それって女性を無視した自分勝手な達成感ですよ」と何人かが苦笑する。最後には、「男性は、本当に弱い生き物だから」と誰ともなく言い、全員で頷いた。

男性は弱い、というか繊細だから、セックスの悩みや身体的コンプレックスなど、誰にも相談しないだろう。その代わりに、風俗に行ったり(風俗嬢なら誉めてくれるだろうし、男性を立ててくれるし勃ててくれる)、自分のことをやさしく受け入れてくれる女性と浮気したりする。繊細だから、たくさんの女性と経験することで自信をつけるのではないだろうか。当然、単純に女性が好きで好きで好きで、という場合が大半だろうが、案外、自信をつけたいため、繊細さを克服する(見ないようにする)ために、浮気に挑む場合もあるんじゃないかな、と思う。

でも、やっぱり最後には

私は某所で小説講座の講師を務めているのだが、そこに送られてくる熟年男性の原稿には一貫性があって興味深い。かいつまんで言うと「定年退職を目前にした男Xが、若い女性社員に言いよられる。彼女は新人の時にXが数年面倒をみたのだが、数年たってすっかり洗練された“女”になった。Xには妻も子もいるが、最後に男として生きてみたい」というストーリーだ。設定は若干異なるが、だいたいがこんな感じだ。作者の願望というのがまるわかりである。

きっと現実では浮気も不倫もできず、たまに風俗に行ったとしても午前様にはならないで帰宅、妻になじられながら就寝、みたいな日々を送ってきたのだろう。せめて小説の中だけでも……、というのが見て取れる。しかも出てくる若い女性社員がまた純朴なくせに匂い立つ色気があって、ベッドでは恥じらいつつもいたれりつくせりで、冴えない男の魅力をこれでもかと並べてくれる。最初のうちは、私も辟易しながら(すいません)これらの原稿を読んでいた。でも昨今は、こういった小説を書く作者を抱きしめたくなる。

どんなに真面目で理性的な男の人でも、日常で1回や2回、浮気や不倫のきっかけがあったのではないか。あと1歩、2歩のところで踏みとどまったのではないか。その後に起こりうる修羅場を避けたのかもしれないし、勇気がなかっただけかもしれない。でも、やっぱり最後には妻や彼女が好きだったのだ。腐れ縁とか古女房とか酷いたとえもあるけれど、所詮は離れられないと覚悟したのではないだろうか。

今さら離婚も面倒くさいし世間体も悪いし、別れ話も苦痛だ、と言い訳する男の人もいるだろうけれど、でも本当に嫌で金銭的にも対処できそうなら離婚しているはずだし、別れているはずだ。

「結局私が好きなんだ」と思いたい

「そんなことないよ! 俺だって若くて魅力的な女性が目の前に現れれば、生活すべて捨てるよ。妻も子もいらないよ!」という男の人も、一定数はいると思う。でも、だったらどうして、先に妻を亡くした男の人は、あっという間に憔悴してしまうの? おしどり夫婦ならまだわかる。でも、ケンカばかりしている夫婦や長い間別居していた夫婦でもこれが起こり得る。

どこかで妻という存在を(あるいは彼女という存在を)糧にしていたのかな、励みにしていたのかな、と思いたい。こういう風に思いたいのは、女側の独りよがりな言い分だろうか。

「男の人ってなんだかんだ妻が一番好きなんでしょ」と思う根拠は他にもある。それは不倫にまつわる「矛盾」だ。男の人は人妻と不倫したがるけれど、自分の妻が不倫しているとは思わないらしい。これってかなり矛盾しているのだが、男の人は気づかない。というか、全力で見ないようにしているのだ。

だって、自分の妻が自分を認めず不倫しているなんて、事実だったら到底生きていけない(ほど弱ってしまう)。自分は人妻と不倫していながら、自分の妻がどこかの旦那さんと不倫していたら怒り狂う。冷静沈着な男の人がこの矛盾をまるでないものとして振る舞っている。バカだなぁ、と失笑するというよりは、可愛いな、と微笑んでしまう。そんなに妻が好きなんだ、と。自分だけのものだと確信していたものが、そうじゃなかったという落胆。

「好きという気持ちとはまた違う」と言われるかもしれない。でも、女の人の心理としては、「結局私が好きなんだ」と思いたい。これも女側の独りよがりな言い分だ。

これを読んでいる男性には本当に申し訳なく思う。ここであやまっておきます。ごめんなさい。でも、女性の本音でもあるのです。そして、女性も心の底では男性の弱さを理解しているのだ。そこはわかっていただきたい。

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