アラフィフ作家の迷走生活 第42回

安っぽい不倫と、道ならぬ恋のちがい

安っぽい不倫と、道ならぬ恋のちがい

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は「不倫」についてのお話です。連日テレビなどで取り上げられる不倫報道。それらを世間がバッシングする理由、そして「道ならぬ恋」への憧れについて考えます。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2019年7月6日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています

初恋の意味っておかしいよね。

と、私は幼き頃から思っていた。初恋の意味とは「その人にとって最初の恋の意。英語ではFirstLove」だ(Wikipediaより抜粋)。よく「初恋は何歳ですか」だの「どんな関係でしたか」といった質問があるけれど、正直私にはこたえられない。恋をした数だけ初恋があって、関係性も様々だからだ。

2番目とか3番目とかあってたまるか

私にとってはひとつの恋が、すべて初恋である。相手が変われば恋模様も違ってくるのだ。2番目とか3番目などあってたまるか。第一いちいちカウントしている暇もない。あなたは20番目の恋人です! おめでとうございます! などと認定するなんて、現在やかつての恋人にも失礼すぎる。

21番目の恋人はどんな人かな? とかいう発言も、一見余裕な感じでいて、人生の出会いに対して失礼極まりない。私はそんなこと、心の中ですらつぶやけない。次の恋人は……、などと華やかな妄想を繰り広げる前に、今そばにいる恋人を愛せ。ドライフラワーのような派手なだけで乾いた妄想は、己までも枯れさせてしまう。今そばにいる恋人を愛し尽くし、愛し尽くされたら、必ず次の初恋がやってくる。

のっけからあまり行儀良くなく吠えてしまったが、これには理由があるのだ。

世間が相変わらず、不倫を叩いているからである。先日も、某アナウンサーが不倫しただのなんだの報道されていた。同郷のよしみもあってか私はこの某アナウンサーが好きで、出演する番組も欠かさず観ていたのだ。が、不倫(確定ではない)が発覚してから、予期したことが起こってしまった。番組内での謝罪である。

まあ、世間的にはしかたないのかな、と思わなくもないのだが、たとえ不倫の記事が本当だったとしても、別に番組に穴をあけていたわけでもないし、そんなに悪びれなくてもいいのでは、と私は首を傾げた。

どうしてみんな、自分がやりたくてもやれないことを他人がやると、たちまちバッシングするのだろう。

誰しもが「道ならぬ恋」にあこがれている

別に私は「さあ、みなさん、じゃんじゃん不倫しましょう!」と誘導しているのでも、推奨しているわけでもない。ただ、誰しもが不倫(と書くから心象が悪くなるのでやめます)、道ならぬ恋に憧れているのではないか。

たとえばあなたが、井浦新さんや坂口健太郎さんや清原翔さん、もしくはGACKTさんやROLANDさんに本気で迫られて、「芸能生活を捨ててでも、あなたと一緒になりたい(陳腐ですいません)」などと求婚されたとしたら無下にできますか。比較対象が偏っているのは私の趣味なので気にしないでいただきたい。

ここで注意点がひとつ。一過性だとしても、本気でなくてはだめだ。あわよくば、ではなく、相手の思いにぐらりと傾き、転倒して気絶したくらいの本気。傾いてよろけただけでは、世にいう「叩かれる不倫」になってしまう。道ならぬ恋は高尚なのだ。

とはいえやはり、自分が、相手が、両方が、既婚者だった場合は純粋な欲望とともに罪悪感も生まれる。また、理性も湧き出るかもしれない。あふれ出る泉のように美しい欲望が、罪悪感と理性に堰き止められてしまった時は、傾いてよろけるだけで転倒しないだろう。気絶などもってのほかだ。それをよしとするなら、それまでだ。それらすべてを超越した、泉どころではなく津波のような純粋無垢(あるいは荒唐無稽)の欲望だったらもう、私の中では「道ならぬ恋」の称号を与えたも同然。「道ならぬ恋」って、大人の初恋だから。

なんて麗しく、苦しそうなのだろう

結婚したら、夫ないし妻ひとすじでなければいけない。そう、神様に誓ったのだから。誰かに恋をしても、ちょっといいな、と揺らめいても、表に出してはいけない。たとえ夫婦仲が冷えていようとも、セックスレスだとしても、夫ないし妻として、正しく振る舞わなくてはならない。まるで清らかな鎖にがんじがらめになっているように。

真面目で働き者でやさしい夫、家庭的で貞淑な妻、両方ともなんて麗しく、苦しそうなのだろう。心の底からそうしているのならいいけれど、なんとなくほころびが見えてきそうで、私には正視できない。これって、私がひねくれ者だからなの?

道ならぬ恋が大人の初恋って、ふざけるのもたいがいにしろよ、不倫は不倫だろ、と批判する人も当然いるだろう。何、きれいごと言ってんだよ、と鼻で笑う人もいると思う。うん、言葉って便利だから、私も言葉巧みに逃げているだけかもしれない。ことの重大さや発言の危険さを、本当にはわかっていないのかもしれない。でも、あえて言います。

大人になって、結婚してから、恋をしたことない人はいない。いないだろう。

会社の同僚や、友人の夫や妻、もしくはよく行く飲み屋やカフェで時々見かける人など、ちょっといいな、と浮足立つ経験は誰にだってある。すぐに恋に発展するのはごく稀だとしても、そうなったらいいな、と願ってみるだけでお酒がおいしくなったり、コーヒーが香しくなったりする。そこから実践に移すかはその人の自由だし、実践に移したからといってうまくいく確率なんて少ないだろう。

でも、世の中には罪悪感と理性をものともせず、自身の欲望を貫通してしまう人がいる。芸能人や政治家だから、たまたま目立ってしまうだけで、一般人だってみんな命がけで恋をしている。

安っぽい「叩かれる不倫」をしている人は嫌い

私が嫌いなのは、たいした理由もなく、会社の同僚や友人の夫や妻や行きつけの飲み屋やカフェで顔見知りになった人と適当に遊んで(この場合、相手も適当な遊び目的ならよし)、パートナーを傷つけ周囲に迷惑かけて、そのくせSNSで「許されない関係だけど真剣です(またまた陳腐ですいません)」なんて思わせぶりな画像をくっつけてアップするような人達だ。

彼らは命などかけていない。真剣なら真剣なほど、人には言えないのだ。そんなこともわからない人達が私は嫌いだし、「道ならぬ恋」など夢のまた夢だ。安っぽい「叩かれる不倫」である。嫌いだからって別に、表立ってバッシングなんかしないけどね(ここに書いちゃったけど)。ただ、私は嫌いだな、と心で感想を述べるだけ。

前述した某アナウンサーの不倫が単なる不倫なのか、道ならぬ恋なのか、そうじゃなくてリアルに家族ぐるみのお付き合いなのか、私などが知る由もない。できれば道ならぬ恋か家族ぐるみのお付き合いであってほしいけれど、そんなのは私の押しつけがましい願望だ。私とは別世界の方なので、本来どうでもいいことなのだ。だから私も、世間も、すぐに忘れる。じきに新たな不倫ネタが勃発するのを、私達は知っているから。本人同士がいくら「道ならぬ恋」と主張しても、世間的にはすべて不倫。すべてバッシングの炎上。なのに、不倫のドラマや小説が好まれる。この憐れなからくりが、私にはおもしろくてたまらない。

人によって恋に対する熱量もさまざまだから、いろんな考えがあるだろう。特に最近は、若い人々のほうが恋愛には淡白な気がする。私の印象だが、中高年のほうが恋に執心だ。失われた青春を取り戻したいのか、あるいは人生100年時代に突入したから、現役時代が長引いているのか。

いずれにしても、できればひとつひとつの恋を、初恋を、「叩かれる不倫」ではなく「道ならぬ恋」に昇華してほしい。命がけ、真剣勝負の恋は気力も体力も使うから、中高年には厳しいかもしれないけれど、でも、適当に遊ぶ恋(ジャンクフードっぽいよね)よりは命がけ(いや、冗談じゃなく腹上死するかもしれないけれど)の恋のほうがいいでしょう。勿論、きっかけは適当に遊ぶ恋でも、のちに命がけになっちゃった恋になる可能性だってある。それはそれで美しい。

ああ、今後テレビの報道が不倫ではなく「大人の初恋」になればいいのに。ただし、傍から見ても真剣な人達限定! なんて、ありえない望みを私は抱いているのだ。

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