アラフィフ作家の迷走生活 第38回

整形で人生が変わったという女性に会ってきました

整形で人生が変わったという女性に会ってきました

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は、森さんの整形にまつわるエッセイをきっかけに、整形によって人生が変わったという女性に会った時のお話です。手術で伴った痛みの代償とは何だったのでしょうか?

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2019年5月11日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています

先日、私のエッセイ『もしもあのとき整形していたら』を読んだ友人から連絡があった。

「私の知り合いで、整形後に人生が変わっちゃった子がいるのよ」

気のせいか、LINEの文字が高揚している。私はさっそく友人に頼み込んで、その知り合いに会わせてもらった。

ブレもズレもない美しさ

ゆったりできるという理由から、私はホテルのランチに招待した。39階からの眺めもよく、きっと口が滑らかになるに違いない。仲介してくれた友人は仕事で来られなかったため、私は友人の知り合いF美とふたりきりになった。

高級だけれどランチタイムはリーズナブルというレストランには、平日だからか、年配の奥様方でにぎわっていた。傍から見れば、F美と私も優雅な奥様ふたり組に違いない。

窓際のテーブルに案内され、お互い斜めになる位置に座った。私はメニューを吟味するふりをしながら、F美をこっそり観察した。私は整形前のF美を知らないので、事前に何も伝えられていなければ整形などとはわからなかっただろう。それほど、F美の美しさはブレもズレもなく、見事にマッチしていた。私の視線と真意を察したのか、

「私、目と鼻と顎とフェイスラインを整形してるんです。あと胸も」

メイン料理を選ぶ気安さで、F美は私に言った。

「そうなんですね。あ、私はイベリコ豚で」

慌てて目をそらし、ウエイトレスにオーダーする。なるほど、ほぼ顔は全とっかえなんだ。整形に対する私みたいな反応にはすでに慣れているのか、F美はワインをすいすい飲み、おもむろに話し出す。

「最初は目ですね。目を二重にして、涙袋をつくって」

「何年前ですか」

「3年前です」

「ということは、結婚されていて、お子様もいらしたんですよね」

「ええ。でも主人にはバレませんでした」

普段からメイクが濃かったのだろうか。アイプチで二重瞼を入念に作成していたとか。

「失礼ですが、ご主人の前ではすっぴんにならないんですか」

「なりますよ」

F美のご主人様はド近眼なのか? 私はF美のくっきり二重を凝視した。ふしめがちになると、二重の幅が異様に広くなる。F美はセンターパートで分けた長い黒髪を耳にかけ、あっけらかんと続けた。

「目をやったら、鼻が気になりだして。でも鼻は入院しなきゃいけないから、親が具合悪いって嘘ついて、実家に帰るふりして入院したんです」

整形については私も調べた経験がある。入院といっても鼻だったら1泊程度で、腫れがひかないうちに帰されるはずだ。ダウンタイムも1ヶ月~3ヶ月、人によってはもっと長期にわたるかもしれない。それを問い質してみると、

「看病疲れで具合が悪いって言って、ずっとマスクをしてごまかしました」

「ご主人にはまったくバレずに? 重ね重ね失礼ですが、費用もけっこうかかりますよね」

「ええ。目を手術してからキャバクラに、鼻を手術してから吉原でバイトしました」

私が恐れていた整形に対する加速

中途採用の面接さながらに、誠実な受け答えを笑顔でこなすF美。私は心の中で激しく頷いた。これこれ、これだよ、私が恐れていた整形に対する加速。借金しないだけましだが、整形欲とそれに付随してくる金銭欲(多額な現金を用意しなければらない現実)がデッドヒートを繰り広げ、どちらかが滅びるまでやり尽くすのだ。さりとて、ここまできてもご主人にはバレていない事実が疑わしい。話には登場しない(私があえて登場させなかった)子供さんのほうは、もしかしたら母親であるF美の異変に気づいていたかもしれないが。

大胆な物言いをするわりに、F美は繊細にメインの魚料理を切り分けていた。お皿のソースも品よくパンで拭いとる。きっと、自らのカスタマイズにも入念に取り組んだのだろう。

「手術って、痛いですか」

バカな質問だな、と我ながらあきれた。

「痛いですよ。しかもけっこう引きずりますし。余計に醜くなるんじゃないかって不安も果てしないんです」

「それでも、やるんですか」

「ええ。神様って、痛みの代償をきちんと用意してくれるんです」

痛みの代償って。自ら好きこのんで痛い思い=美を選んだのではないのか。人魚姫みたいに、好きな男を虜にするために脚をもらうのではなく、あくまで自分本位の美のためだろう。整形する勇気に対して私は羨望し、羨望するあまりにちょっと腹が立った。

「痛みの代償って何ですか」

私はイベリコ豚にナイフを入れた。薄い肉なのに手こずってしまう。きっと人の顔の肉もこのくらい薄くて、でも楽々切れるのかもしれない。

「吉原で私、スカウトされたんです。女王様に。それで女王様になって、ナンバーワンになりました」

「あのう、旦那様にはやはりバレずに?」

「ええ。実家に帰るとか、適当にいいわけしてました」

おそらくその頃には、というか整形を決意した頃から、ご主人との夜の生活もなかったのだろう。キャバクラや吉原で働いてれば、どんなに意識していても、無意識にテクが出てしまうのではないか。F美は本番アリの店で働いていたというし、そもそもあそこの形や具合だって変わってくるのだ。

ワインをぶっかけられる覚悟で

「女王様になる前に、豊胸したんですか」

「豊胸って、手術自体はそんなに時間はかからないんですよ。希望によって手術方法もまちまちですけど、まあ、大きくしたければそれなりのケアは必要ですよね。私はBカップからFカップにしたので、塩水バッグも大きいほうだったのかな。メンテナンスも思ったより手間でした」

「吉原も休まなきゃですね」

「いいえ。吉原は辞めました。私を女王様にスカウトした人が、私を買ってくれたから」

話が飛んでしまったが、つまりF美を女王様としてスカウトした男性はF美のスポンサーとなり、F美が立派な女王様になるのを見届けた。

「それで、その人とは……」

「はい。今、付き合っています」

そうなるだろうな、という期待を裏切らない結果である。その男性はF美よりかなり年上で、当然お金持ちだ。いやらしいほどお金があるという。しかも離婚調停中で、自宅に帰らなくなったF美も結局は離婚調停中になり、お互いちゅうぶらりんのまま同棲しているのだそうだ。

「F美さんが整形したのって、とどのつまりご主人に注目されたかった、っていうのが要因なんじゃないですか。ご主人に無視されるのが我慢できなかったんじゃないですか」

ワインをぶっかけられる覚悟で、私は言った。いやいや、相手の理性を保つという理由もあって、私は場所をホテルにしたのだ。別れ話や、ややこしい話をするには、できるだけ高級なホテルに限る。なぜなら相手が激怒あるいは号泣したくとも、ホテルという雰囲気がそうさせてはくれない。まあ、いかに厳かな空間だろうと傍若無人に振る舞う人はいるが、こちらが被害を被った時は速やかにホテルマンが助けてくれる。

F美は、ぴくりとも眉を動かさず、目の色も変えずにこたえた。

「いいえ」

ただ、サーブされたデザートに手をつけようとしなかった。テーブルの下の手は、もしかしたらふるえているのかもしれない。

「F美さん、今の顔と胸、好きですか」

「ええ、とっても」

間髪入れずにこたえる。デザートのアイスクリームをスプーンですくう、F美の爪はジェルがほどこされ、小さな武器のようだった。

「もう、整形はしないんですか」

「今の主人が、あ、まだ結婚してないけど。主人が気にいってくれているから」

今のご主人様が気にいってくれなくなったら、また整形を繰り返すのだろうか。でも、自分がいいように人生を組み立てるために、自分のいいようにカスタマイズするのが整形だ。整形をあきらめた私がどうのこうの意見する資格はないし、F美にとっては余計なお世話なのだ。

美と愛、どっちが大切?

大胆で繊細なF美と、F美の人生。私は時々、私自身の平凡な容姿と、平凡な人生を呪いたくなる。私には大胆な行動を起こす勇気も、繊細な心遣いもない。ただ羨望しながら、嫉妬しながら、話に耳を傾け、感心するしかできないのだ。

切り刻んだだけで一口も食べなかったイベリコ豚を、私は丁重に謝罪して下げてもらった。デザートのアイスクリームで、私は私の頭を冷やした。

気まずい空気が流れる中、F美が言った。

「美樹さんの目って、可愛いですよね。大きくはないけど、黒目がちだから大きく見えて、得してる」

浜崎あゆみか菜々緒か、という魅惑的な瞳を持ちながら、F美が私を真顔で見据えた。射すくめられるようで、私は思わず目をそらしそうになったが、懸命に耐えた。

ここで目をそらしたら、私は私の人生に負けたことになる。過去の私を否定したことになる。私は結局、整形を選ばず自前の目で生きてきた。コンプレックスは未だに強大だが、私だってなけなしの誇りを持って、この容姿で生きてきたのだ。ゆえに、まっすぐにF美を見返さなければならない。

「F美さん。美で愛は維持できるのでしょうか」

「永遠には無理ですよね」

F美は、まぶしそうに景色を眺めた。春の、清々しい空。雲ひとつなくて、ずっと見ていたくなるほど美しい。でもいずれ日が暮れて、夜になる。嵐がくるかもしれない。

「では、美と愛ってどっちが大事ですか」

「美です」

私は愛だな、と心でF美にうったえた。コーヒーが苦くて、とても言葉にできない。私だって、自信もって愛が大切! とは言えないのだ。

美も愛も賞味期限があるから。

でもF美も本当は、美と愛のせめぎ合いで苦しんだのではないだろうか。何度整形してもまったく気づいてくれないご主人。F美にちっとも興味がないようなご主人。愛の賞味期限を悟り、美にシフトチェンジして、新しい男性へと走った。その男性は少なくとも、F美の整形欲と愛を満たしてくれたのだから。

なんだか、清々しくてかっこいいな。F美の生き方を否定する人もいるかもしれないけれど、人生の日暮れや夜、嵐も何もかも、その人が責任を持てばいいことなのだ。できる限り、他人様に迷惑かけないように(でも、ただ生きているだけで知らないところで迷惑かけているものだ。それはしかたのないことなのだが)。

F美に対して、いろいろと失礼な物言いをして申し訳なかったと、私は今更ながら反省し、謝罪しようとしたその時、

「今日は、お話できてよかったです。私、どこかで少し後悔していたんです。子供、置いてきちゃったし。でも、この顔と身体で生きていくって改めて決心しました」

F美が肩をすくめて苦笑した。初めて、私は素のF美に接した気がした。

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