アラフィフ作家の迷走生活 第35回

ダサい彼氏ならいらない、と思っていたあの頃のこと

ダサい彼氏ならいらない、と思っていたあの頃のこと

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は森さんが高校生だった時のお話です。当時埼玉に住んでいた森さんは、雑誌オリーブを愛読し、東京に憧れる毎日だったのだそう。田舎での友情も恋愛も興味のなかったあの頃を思い返します。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2019年3月23日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています

埼玉をdisった映画『翔んで埼玉』が大ヒットしているが、実は私も埼玉出身である。現在は東京在住(限りなく埼玉に近い某区)とはいえ、30代前半まで埼玉で暮らしていたのだから、私の心身は埼玉でできているといっても過言ではない。

埼玉の人って……

いたずらに東京に近く、適当に便利なくせに特色がない、という立地が生んだ埼玉県民の鷹揚性。私も10代~30代まで、生まれ育った埼玉に愛着はなく、近くて遠い(電車がないから……)東京や、魅力的な観光地や名産品のある地方都市に憧れまくった。とにかく私は自分の故郷が田舎なのが我慢ならなかった。

47都道府県の中で埼玉が貧乳率ナンバーワンだという。さらに巨乳好き率もナンバーワンだ。このふたつの事実を検証すると、「埼玉の人って素直(バカ正直?)なんだな」ということがわかる。貧乳をカミングアウトし、さらにないものねだりをしてしまう県民性。私が育ったのは埼玉のほぼ秘境に位置するのだが、個人的な感想としては田舎って巨乳が多い気がする。だって、そこいらじゅうにオーガニックな栄養が生えているから。

映画『翔んで埼玉』のCMにも使われている「そのへんの草でも食わせておけ」というセリフ、私に至っては特にめずらしくはない。小学生の頃は、そのへんに生えていた花の蜜を吸っていたし(美味!)、そのへんの木の実や果実を摘んで食べていた(美味!)。都会ではデパートやスーパーで売られている山菜が、そこいらへんに群生しているのだ。そこいらへんに食事(?)があるので、おやつには困らない。そのおかげかどうかわからないけれど、私も立派な巨乳になった。といっても、これは田舎生まれの田舎育ちにだけあてはまる話で、姉と私を育ててくれた母には通用しなかった。

母は私が11歳の時、父の元に嫁ぎ私達の母となったのだが、生まれも育ちも東京の人だった。あまり関係ないかもしれないが、姉と私の生みの母(40代半ばで死亡)は田舎の女性で、巨乳だったと記憶している。育ての母は貧乳、いや、小ぶりで清らかなお胸だった。しかし柳腰で洗練されていた女性ではあった。その生粋の東京人の母は、田舎の食材の貧しさにまず衝撃を受け(そもそも店がない。近場のスーパーまでは自転車で10分ほどかかる)、肉や魚やスイーツを電車で片道1時間30分かけて東京まで買い出しに行っていた。しかも電車は1時間に2本しかない。

ダサい彼氏ならいらない

こうして振り返ってみると、田舎の野菜と果物+東京の肉と魚とスイーツで成長期をしのいだ姉と私は、田舎と東京のミックスとなり、野性味と気品を兼ね備えたスタイルとなった(嘘です)。しかし、多感な時期に東京のエキスを吸ってしまったおかげで、田舎というのが急速に嫌いになったのも事実だ。

まあ、田舎あるあるかもしれないが、「田舎ではやることがないから、初体験の時期が早い」とか「田舎にはレジャースポットがないから、セックスばかりしている」とか「田舎は出会いが少ないから、すぐに結婚してしまう」etc、私が住んでいた地でも、まことしやかにささやかれていた。

“田舎”を枕詞につけてしまうから、なんとなくおちょくられているように聞こえてしまうが、すべて悪いことではない。初体験の時期が早ければ人生経験も自然と豊富になるだろうし、セックスばかりするのは犯罪ではないし、やれる場所が少ないから必然的に家でやることになるし、人が少ないから目立つことやるとすぐ噂になって、むしろ犯罪にはならないし、結婚が早くて子だくさんになるのは少子化問題解消につながる。出会いが少ないといったって、初恋の人と結婚できたらロマンチックではないか。

そもそもこれは昭和の話で、今や実際に出会わなくてもオンラインゲームや出会い系アプリで恋愛したり疑似結婚したり、やりたい放題なので問題はないだろう。

そう、すべてが幸せに結びつくのに、母に東京カルチャーをおしえこまれた私は、そんな幸せはナンセンスだと断固拒否した。ダサい彼氏ならいらないし、ダサいデートならしたくない。セックスするなら彼氏の部屋や山間のモーテルではなく、シティホテルでなくてはならない。

私は皆に嫌われていた

高校生だった私の愛読書はオリーブだった。「オリーブ少女はリセエンヌがオシャレ!」といった特集を、教室の窓辺でひとりめくっていた。クラスメイト達がこぞって髪を脱色したりパーマをかけたりするのを横目に、黒髪をきっちりとみつあみにして制服も正しく着こなし、「リセエンヌ」になった気でいた。

肉付きがよくなってくるお年頃、巨乳なのはいいがやはり手足は長く細いのが望ましい。オリーブ誌上一番リセエンヌに近かった読者モデルの栗尾美恵子さん(花田美恵子さん)も、とても華奢だった。原宿でクレープを食べていても、東京の人は太らないのだ。その頃になるともう、私もそのへんの草で栄養を取らなくなっていたけれど、やはり東京の人のように痩せたかった。

同級生との会話で、

「私、ダイエットしようと思って」

と、こっそり相談してみたら、

「ダイエット? ああ、痩せたいってことか。はは」

と、鼻で笑われたのを覚えている。ダイエットという言葉が気取って聞こえたのだろう。その時、私は皆に嫌われているのを知った。

自分が置かれた環境をあからさまに卑下するのは、そこに置かれた皆を卑下するのと同じことだ。当時の私はつっぱっていたので、いずれ東京に出るのだから地元の友達などいらないと高を括っていた。友達はおろか彼氏もほしくなかった。オリーブや、岡崎京子や桜沢エリカの漫画の世界に浸り、フランソワーズ・サガンや稲垣足穂や寺山修司の小説を小脇に抱え(読めよ)、時々上京して単館上映のフランス映画を観に行ければよかった。18歳になって短大か専門学校に行く時に、または20歳になって就職した時に、東京に出れば自然と友達も彼氏もできるだろうと本気で信じていた。

高校の卒業祝いを突っぱねて

クラスメイト達が友情を深め、恋愛で傷つき、心身ともにすこやかに成長していくのに、私はといえば頭でっかちのままだった。東京に行けば友達も彼氏もできるかもしれないが、まずは地元で友情をはぐくみ、恋愛のなんたるかを、そのさわりだけでも体感しておくべきだった。田舎より確実に人が多い東京。まず地固めをしてから挑むべきだったのだ。

当時、高校の卒業祝いは車一台というのが、私の田舎では一般的だった。しかも軽ではない、好みもあるだろうがだいたいが300万円前後のセダンを買ってもらっていた。プラス教習所代も親持ちである。私も例にもれず、親に教習所代を全額払ってもらったし、父も当然、車を買うつもりでいたらしい。そこでも、私は突っぱねた。

「身分証明になるから車の免許は取るけど。車は乗らないからいらない」

あくまで焦点は東京だった。東京に住むのだから、車などあったって邪魔なだけだ。買ってやるって言ってるんだから買ってもらえばよかったのに、そこでも私は、田舎に染まりたくはなかった。とことん可愛げがない。

田舎で生まれ育った人が、都会や東京に憧れるのは、決していけないことではない。恥ずべきことでもない。憧れがエネルギーとなり、私は今こうして、物を書く職業に就いている。友達も彼氏もいないから、基本的に暇だった日々、現実を持て余した時、私は鬱屈した思いを日記にしたためていたのだ。

若い時は、足元が見えないものだ。どうしても遠くを見ようとしてしまう。田舎にいる自分を認めずして、どうして東京で独り立ちできるだろうか。根本的なことがわかっていなかった。そして私は、生まれも育ちも東京という、いわば東京エリートの母がすぐそばにいるのに、生まれも育ちも田舎の父に嫁いできた母という貴重なサンプルがいるというのに、探りを入れるのを忘れた。かなりの盲点である。

なんてもったいないことをしたのだろう

母は、東京を捨ててまで(大げさ)、田舎に嫁いできたのだ。父には前妻との子供がふたりもいたのに、周囲の反対を押し切って父の元へやってきた。東京まで食材を買いに行ったり、東京の話題を姉と私に吹き込んだりしていたので、母が東京に倦んでいたとも思えない。だったら理由はひとつだ。

私の父は、東京よりも魅力的だったのだ! そして田舎も。

18歳か20歳で上京するはずだった私は、いろいろあって夢かなわず、父の死後、30代前半で東京にきた。離れてみてやっと、田舎の良さが見えてきた。空気と水がおいしかったこと、ミミズがいっぱいいる豊かな土壌は、雑に生えている植物までおいしくしてくれた。自転車をそのへんに停めても誰も怒らないし、勿論駐車場代はタダだ。家に鍵をかけなくても泥棒は入らないし、雨が降ったら近所の人が洗濯物を取り込んでくれる。

高校卒業後10年以上たってから、かつての同級生と仲良くなった。

「話してみると、あんたけっこういい奴だね」

と言われたりする。ああ、私はなんてもったいないことをしていたのだろう。多感な頃に、近くの友達や彼氏と田舎を満喫してみたかった。早い初体験やお互いの部屋でのセックスや、300万円の車を乗り回して、うっかり廃車にしてみたかった(実際、未熟な運転技術ゆえか、購入後1年以内に廃車にしていた人はかなりいた)。

と言いつつ、東京に執着したエネルギーがなければ小説家にはなっていなかった、というのも自覚しているので、何とも言えないのだが。

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