アラフィフ作家の迷走生活 第34回

非常事態があぶりだす女の本質

非常事態があぶりだす女の本質

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は森さんの震災の体験談を元に、女性の本質を考えていきます。危機的状況の中で森さんが気づいたこととは何だったのでしょうか?

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2019年3月9日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています

今年も3月11日がやってきた。

言わずもがな、8年前のこの日、東日本大震災にみまわれた。もう8年も経過したなんて信じられない。

怖くて怖くてしかたがなかった

2011年(平成23年)3月11日の金曜日、私はひとり自宅にいた。忘れもしない、14時46分少し前、近所で飼われていたラブラドールレトリバーのラブちゃんが異様に吠えたのだ。当時、古い一軒家に住んでいた私は、洗濯物とふとんを取り込もうとベランダに出た。「またラブちゃんが吠えてるよ。更年期かねぇ(ラブちゃんは熟女犬だった)」などとうそぶき、鎖につながれたまま暴れるラブちゃんを見下ろしてたのだ。事実、ラブちゃんは昼夜かまわずしょっちゅう吠えまくる犬でわりと迷惑していたが、この時の吠え方は尋常ではなかった。

その直後、足元が揺れ、視界がゆがみ、重心が取れなくなった。ラブちゃんは相変わらず激しく吠え、右往左往している。歩道を歩く人々は明らかに動揺しているし、家から飛び出してきた人もいた。私はふとんを部屋に放り込み、洗濯物を抱えて、頭から布団をかぶった。怖くて怖くてしかたがなかった。何か良くないことが起こったのに、それを認めたくなかった。

布団の中は薄暗かったが、目をあけているのに暗いという状況に耐えきれず、私は目をぎゅっとつぶった。目をとじているから暗いのは当然の事実なので、怖くはない。怖くはないと思い込むには、自分で「普通」の状況をつくるしかない。目をあけたままで「普通ではない」状況を把握したくなかった。人は、緊急事態からはなるべく逃れたいと願うものだ。簡単に現実逃避するには、目をとじて状況をシャットダウンすればいい。たとえ何も変わらないとわかっていても、一時は救われる。

やがて揺れはおさまり、ふとんから顔を出したとたんに、玄関のブザーが鳴った。階下へ降りると、食器棚の食器は倒れ、本やらCDやらが床に落下していた。訪ねてきたのは宅配便の配達人で、顔面蒼白になっていた。「ハンコかサインをお願いします」と言う前に配達員のお兄さんは「すごかったですね」と言った。私も「すごかったですね」とこたえた。

平常心を取り戻した瞬間

誰かと見つめ合い、声を出せば、現実を認めることができる。見も知らずの相手だが、お互いが暗黙の了解で平常心を取り戻した瞬間だった。私は「大きな地震がきても荷物って届くんだな」と妙におかしくなった。やがて日本全体が、おかしいと思わないとやっていられない事態になっていくのだが、非常にデリケートな問題なので詳しくはふれない。皆それぞれ、被災者でもそうでなくても、精神的にあるいは肉体的にもダメージをこうむっただろうから。以下は、あくまで私の個人的見解である。

サバイバルというのは、人間性を変えたり、隠された人間性を如実にあらわすものだ。犬とか猫とか、特に好きでもないし興味もなかった私が、地震を察知したであろうラブラドールレトリバーのラブちゃんを崇拝するはめになった(事実、その後ラブちゃんが少しでも吠えるたびに私は火元を確認したり、机の下にもぐったりした)。どころか、動物達を敬うようになった。

世の中に目を向けてみると、この頃、結婚や婚約、もしくは離婚と、男女の関係性が加速して発展したように見える。ライフラインがストップし、会社や駅に泊まるとか、徒歩で何時間もかけて帰路につくとか、漫画喫茶やホテルに避難するなど、人と人との親密度が一気に高くなったからだ。

私とて、地震直後にやってきた配達員のお兄さんが救世主に見えたほどである。宅配便のお兄さんもまた、私が救いの女神に見えたことだろう(ホントか?)。人は不安や恐怖に駆られると、誰かに頼りたくなるのが常だし、今まであった絆がより大切に思えてくるし、強固にしたくなる。その流れが、ぐずぐずしていた関係からの結婚、いわゆる「震災婚」というヤツだ。

私自身は結婚して数年がたっていたし、結婚を決めたのもほぼ直感というか、「一緒に生活したらおもしろそう(※夫は女装家である)」とわりと安易な理由だった。夫のほうも、似たような感じだろう。妻公認の女装家は稀だそうだから(本人談)、便利かも、と結婚に踏み切ったのかもしれない。東日本大震災は、私達夫婦にとっても結婚生活を見直すいいきっかけになった。

「避難所ではムダ毛の手入れはできないですよね」

夜中に余震が起これば私は夫を気遣うよりも買ったばかりの50インチの地デジ対応テレビが倒れないよう全身で守っていたし、昼間に余震が起これば私は夫に連絡するよりも先に自分の貯金通帳やへそくりをバッグに忍ばせて逃げた。非常用持ち出しリュックに詰め込むのは、使い捨てコンタクトレンズや生理用品や化粧品の数々が最優先だ。女は命の危機よりも体裁が大事なのである。

事実、その頃私は若い女性に「私、ワキの脱毛してないんですけど、避難所に行くことを考えて、今のうちに永久脱毛しておいたほうがいいですかね。避難所ではムダ毛の手入れはできないですよね」という相談を受けたのだ。天災の恐怖よりも毛をさらす恐怖が勝つのである。その女性の相談を参考に、さっそく私は眉毛の永久脱毛を敢行したのだ。避難所でメイクできなかったとしても、眉毛が整っていれば格好はつく。安くて巧い脱毛サロンを見つけてきたのは、私よりも女子力の高い夫だった。

東日本大震災を境に、私は私の自意識過剰っぷりを知った。いや、もしかしたら他の女性も「自分大好き人間」を認識したのではないだろうか。とはいえ、女性の底力は自意識過剰の度合いと比例すると思うので、一概に悪いとはいえない。ワキや眉毛の永久脱毛で、自己が保てるなら安いものだ。

女性は、自分が納得できない顔や身体でいるのが、何よりつらいし、テンションが下がってしまう。危機的状況にも元気が出なければはじまらない。そして女性が元気なら、おのずと男性も元気になるのである。

震災をきっかけに知った夫の意外な過去

非常事態の時であれ、女性が男性に「私、どうしても口紅がほしいの。今すぐほしいの!」と別にメイクして出かけるでもないのにおねだりしたら、男性はどうにかこうにか調達してくれるだろう。その女性を好いているというのが大前提だが、それよりもむしろ女性のため尽力する自分が好きだから、男性はそうするのだ。頼られるのが大好物なのが男性である。

女装家を公言している我が夫も、テレビや貯金通帳といった目先の金品に目がくらんだ私を叱咤するどころか(やや呆れてはいたが)、着脱しやすいロングのダウンジャケットを買ってくれたし(夜中、余震が起こった時にパジャマの上から羽織れるように)、テレビが倒れないように補強してくれたし、入手困難になっていた納豆をどこからともなく仕入れてきてくれた。

幾度となくあった夜中の余震の時も、私があたふたしている間に着替えをすませ、先のダウンジャケットを渡してくれた。実は昔ボーイスカウトに入っていたというのも、この時に知った夫の意外な過去だった。そうか、私が結婚したこの人は、生命力に満ち溢れた人だったのだ。女装家だから、きっとなよっちいよね、いざとなったら私が大黒柱かな、と高を括っていた私。なんて恥ずかしい。

いや、べつにこれは惚気ではない。たまたま私は運がよかっただけだ。東日本大震災以降、結婚も増えたが離婚も増えているというデータが上がっているのだから(「震災離婚」という書籍も出ています)。私の場合は良い例だっただけである(夫にとっては悪しき例かも……)。

結局、人は人がいなければ生きていけない

「震災離婚」の理由は、あからさまな価値観の違いだという。平和な日常ではわからなかった人間性が、非日常に突入したばかりにあぶり出されてしまったのだ。「夫が(妻が)自分達家族よりも実家を優先した」とか、「夫が相談もなしに高価なキャンピングカーを買った」とか「妻が相談もなしに沖縄へ引っ越すことを決めた」とか。大なり小なり、いろいろあるだろう。それによって、自分や相手の弱さや強さを知れるなら、いい経験かもしれない。

片や、前述した震災婚も尊い経験である。恋人同士のありようをいい方向に変え、止むを得ず長時間共に過ごすことになった他人が、やがてかけがえのない人になったり、ボランティアに参加するうちに意気投合したりと、結局人は人がいなければ生きていけないのだと、まざまざと見せつけられた。私も、結局は夫がいないと人並みの生活は送れない。みみっちいし、わがままだし、現金だし……、夫がいるから、私はなんとかまともな人でいられるのかもしれない。なんだよ、とどのつまり惚気じゃないか。

ここ数年、地球規模でいろいろな災害が起こった。東日本大震災からこっち、私は当事者にはなっていない。とはいえ、いついかなる時、自分や自分の大切な人を失うかわからない。

結婚して10年。買ったばかりのテレビを守るよりも、全身全霊で夫と飼い猫を守れるように(守ろうと努力するように)、人間性を高めていきたい(と、思ってはいる)。

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