小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。よく聞く恋愛の悩みのひとつに、「好きな人には振り向いてもらえず、どうでもいい人ばかりがよってくる」というものがあります。森さんは20歳のころを振り返りながら解決策を考えていきます。
*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2018年6月23日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています
今でも忘れられない一言がある。20歳くらいの頃、よく当たると評判の占い師に言われたことだ。
「あんたは男を騙す才能がある。だけど、あんたが好きになる瘠せていて顔のいい男は、あんたを不幸にする。あんたが嫌いなデブでハゲのおじさんは、あんたに尽くしてくれる」。
バンドマンから受けた仕打ち
成人したばかりの私にとって、それは眠り姫の魔女の呪いくらいの衝撃だった。当時の私は、痩せていて顔のいい男性が大好物で、バンドやっていてひょろっとしていて青白くて猫背で、担当はギターです、みたいな輩ばかり好きになっていたのである。当然、幸せな恋愛であるはずがない。というより、恋愛関係にも至らず、都合よく扱われて終わりだった。モテる男性は、よだれを垂らして3回まわってだらしなく吠えて、羞恥も捨てるような女性のあしらいが、実にうまいのだ。
とはいえ、お金を貢ぐとかやり捨てされるとか、そういう仕打ちはうけていなかった。それ以前の問題で、なんていうか、蛇の生殺し状態とでもいいましょうか。手を出されるなら出されたほうがしあわせだよ! 覚悟もできるってもんさぁ! と、腹もくくれない状態だ。
具体的に暴露すれば、ライブの追っかけで私が日本の端まで飛び、連絡先もお互いの宿泊先も交換済みなのに、『地方だと他のスタッフに気を遣うし。わかるだろ?』的な長文メールが送られてきて夜が明ける、みたいな。
あのさぁ、ホテルにこもって寝ずに身体のお手入れをしている私って、ただのバカじゃん。他のスタッフって、地方の女だろうが。
とは、もちろん返信しない。『わかった。今日のライブも最高だった!』で、ひとり枕を濡らす。そんなエピソードが、いくつか(いくつも?)ある。
当時は少女小説を書いていたものだから「あなたのバンド、作中に出してあげてもよくってよ」とかいう、よくわからんアタック(死語)をしていた。不器用な過去の私、抹殺したい(その著作は絶版ですが、リアリティ満載のすばらしい作品ですので、どなたか再販してもよくってよ)。
男性が勝手に騙されていく
男を騙す才能があるというのも、当たっていた。悪事に手を染めたり、金を巻き上げたりはしていないが、私は何人か、おじさんやオタク系のお兄さんを騙した。いや、私は外見と中身のギャップが激しいので、男性が勝手に騙されていくのだよ。会話を交わしたわけでもないのに、なぜか不幸だと思われ、何もしていないのにいただきものをした。それも現金なら1000円~5000円、物品ならお饅頭とか柿などだ。いまひとつ貧乏くさい。
それはそれとして、確かに私はおじさんにはモテたと思う。いや、別にめずらしくモテた私を自慢したいのではない。おそらく誰しもが、求める人からはまったく求められず、管轄外の人ばかりよってくる、という経験をしているのではないか。自分はモテない、と思っている方は、もう一度人生を振り返ってみてほしい。あなたが追う蝶々はひらりと逃げてしまうけれど、蛾や蠅や蚊はいつもうろうろ側にいたのではないだろうか。そしてあなたは、蛾や蠅や蚊の良さにまったく気づかなかったのではないか(害虫に例えて申し訳ありません)。
その昔、顔のいい瘠せ型の男性ばかりを追い求めていた私に、姉が言った。
「おまえは自分の恋愛に夢や憧れを重ねている。そんなのはうまくいくわけがない」。
繰り返し言うが、当時の私の職業は少女小説家だった。私には、少女小説家だからバンドマンとかクリエイターとかと付き合わなければいけないのではないか、というこれまたよくわからん思い込みがあった。自分の描くストーリーを自分に重ねようとしていたのだ。
万が一、自分の理想とする男性と付き合えたとしても、コンプレックスのかたまりだった私だ、コンプレックスが余計に刺激されて地獄を見るのは明らかだった。蛇の生殺し状態で終結したのは、不幸中の幸いだったかもしれない。
自分の特性は、案外自分では知らないものだ。嫌だな、うざいな、と避けていたおじさん達と試しに付き合ってみたら、これはこれでうまくいったのである。正直、恋愛のドキドキはほとんど感じられなかったが、ほのぼのとしたラクチンさや、素でいられる心地よさがあった。
「私には××が合わない」は呪いと同じ
恋愛=ドキドキするもの、恋=落ちるもの、という図式は当たっていると思うが、唯一無二の回答ではないだろう。恋愛=癒される、という人もいれば、恋愛=戦い、バトル、という人だっている。恋はするものでも落ちるものでもなく、泳ぐ感じかな、という人だっているかもしれない。
だからもう世間のセオリーというか、自分の思い込み(私で言うならば、少女小説家だからバンドマンと付き合いたい、といったあさはかな夢)は、一度壊してみてはいかがだろうか。
「私って××な人だから」
「私には××が合わない」etc。
こういった思慮深さというか奥ゆかしさをオブラートにした言葉で、私は私を守っていた。それって、呪いと同じではないだろうか。
求める人からはまったく求められず、管轄外の人ばかりよってくる、という経験ばかりしている方、自分はモテない、と思っている方は、もう一度人生を振り返り、管轄外の人を思い浮かべてみてほしい。もしかしたら、あなたが追っていた蝶々よりも、蛾や蠅や蚊といたほうがホッとできたのではないか(重ね重ね、害虫に例えて申し訳ありません)。もしくは、ホッとできた瞬間があったのではないか。蚊に刺されちゃった。痒いけど、快感、みたいな。うっかりブサイクとやっちゃったけど、意外にイケた、とか。
自分の可能性は、案外自分では把握できていないものだ。振り返ると身悶えするような黒歴史も、裏返せば真っ白な歴史、になるかもしれないのである。