アラフィフ作家の迷走生活 第9回

年の差恋愛には向き不向きがある

年の差恋愛には向き不向きがある

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年の差カップルが珍しくない昨今、小説家の森美樹さんは8つ年下の男性とお付き合いをした経験があるそうです。その結果、自分には年下は不向きだと悟ったのだそう。そのきっかけは何だったのでしょうか。当時の恋愛を思い返していきます。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2018年3月3日に公開されたものに、一部小見出しなどを改稿し掲載しています。

近年、年の差カップルが増えているように思う。私の歴史でいうと、下は8歳差、上は23歳差と付き合った経験がある。ご存知の通り私は非モテ人生だったので、何十人、何百人と付き合ったわけではないが、それでも年の差恋愛には向き不向きがあると悟った。私は、年下はNGのタイプである。

年下の彼氏との噛み合わない会話

8歳下の元彼(仮にハチとしておこう)、ハチはいわゆる「年上の女と付き合っている俺マジかっこいい」と粋がっているようなラッパーで(ていうか、ラッパーと付き合っていた過去、かっこ悪い過去、偏見持つ私かっこ悪い、ていうか私マジラップ下手)、自分のステイタスのために私と付き合っていたきらいがあった。

年の差恋愛にはジェネレーションギャップが付きものだ。親子ほど離れてしまえば異世界の住人として、お互いの未知を尊重し合えるのだが、8歳差というのは、まだ成仏しきれていない霞となった己の若さにすがりつこうと、つい対等ぶってしまう。無理に時を共有しようとしても虚しいだけなのに。しかし私を悩ませたのは、むしろ言語感覚の違いだ。

「リコピンって言葉、エッチじゃない?」

とか、ハチは唐突に意味不明なことを切り出す。

(え? 何いきなり。小気味いいアンサーソング返さなきゃダメ?)

「リコピンがエッチだから、トマトは赤いのかもね」

と私。かなり無理。

「そうなると、クエン酸もエッチだよね。リンゴは赤いでしょ」

(青いリンゴもあるけどね。あ、青いトマトもあるか)

「栄養って全部エッチなんだね」

と私。もう無理。

「うん。エッチしようか」

(最初からそう言えよ)

ハチが単なる友達や知り合いなら、上記の会話も笑って済ませられるのだが、いかんせん彼氏となると、私も無駄に緊張したのだ。

年齢差によるすれ違いを補うものは……

ハチは、ラップ業界ではそこそこの知名度があり(本人談)、彼の魅力を再現できないのは私のラップ能力が著しく低いからである。ていうか、そもそも年齢差があると、噛みあっているようで噛みあっていない会話がわりと出てくる。両親や祖父母との会話を思い出してみてほしい。ニュアンスで聞き流している部分が、かなりあることに気づくはずだ。

年齢差がある恋人同士の場合、そういった微妙なニュアンスや、意思のすれ違いを何で補うかというと、「母性」や「父性」なのではないかと思う。

でも母性がない私は、ハチが父性を出したとしても素直に受け取ることができなかった。たとえば、私が仕事で睡眠不足になると、ハチは、

「肌が荒れちゃうよ」

と、心配してくれた。私は、曖昧に頷くことしかできない。

もしかしたらハチは、ここぞとばかりに父性を絞り出してくれたかもしれないのだ。8歳も年上の彼女を、女性扱いではなく女の子扱いできる、些末でいて貴重な瞬間。そんなハチの可愛さと無邪気さを、私は母性で理解し、女の子ぶって甘えればよかった。

「うん、ありがとうね」

表面上で私は笑い、その実、

(そりゃ、私は8歳も年上のババアだから肌荒れするよ。ハチは若いからいいよね)

と拗ねてしまう。女性なら、私のひねくれ具合を理解してくれるだろう。

愛しい若さは、自分の老いを映す残酷な鏡

私の友人も、最近20歳以上も年下の彼ができたという。友人の華やぎはまぶしいほどだったが、ある日、その目に若干の陰りがのぞいた。どうしたのだろうと、それとなく様子をうかがったら、

「私、下の毛に白いのを発見したの」

と言うではないか。

一番側にいる愛しい若さは、自分の老いを映す残酷な鏡になる。白髪やしわを、人生の軌跡だから、なんて誇れるほど私は人間ができていない。

女性は、日々、脳内でマウンティング合戦している生き物だ。職場の同僚、ママ友、etc、女性が複数集まれば、皆それぞれ頭の中で順位付けしているだろう、と皆それぞれが思い込んでいる。勿論、本当に順位付けしている女性もいるだろうが、恐いのは自分勝手な思い込みのほうだ。

私は若くない、年下の彼と付き合う価値はない、といった一見謙虚なマイナス感情を超越するのは、母性あるいは年の功による達観ではないだろうか。その両方には、恋愛初期のアップダウンを飛び級してしまう揺るぎなさがある。「LINEの返信がない。1時間も前に既読になっているのにプンスカ」などと、いちいち腹を立てないし詮索もしない。

私の友人は、「下の毛に白いのを発見したの」と苦笑しつつ、憂いのある華やぎを保っていた。自らの老いを認めた上で、彼の若さを愛でるという器の大きさ。こういった女性なら、リコピントークがエンドレスだったとしても、大海原のような包容力で受け止めるだろう。

閑話休題。

付き合いはじめだったら、リコピンやクエン酸といった意味不明なトークにも、若いっていいな、で聞き流せるのだが、年月が経てば、いい加減にしろ、とうんざりするかもしれない。母性や達観といった魔法のパウダーがあれば、カオスとなった意思疎通をピンク色で彩ることができるかもしれないのに。

ハチはステイタスとして年上の女性を選んだが、年上女性を好む男性のほとんどは母性を求めているように思う。私のように母性がない女性はそれにこたえることはできないけれど、世代の相違から生まれるおかしみや、年下君が知らない歴史が息づいていた頃(大げさかな)をリアルに提供できる。時に女性側の金銭負担が大きくなる例もあるが、私だけが一方的に「与える立場」になるわけでもない。代わりに私は、若い男性からエキスをもらうことができる。女性ホルモンを増幅させるエキスだ。言語感覚の違いも、脳を活性化すると思ってありがたく喰いついていけばいい。

ハチと付き合ったのは1年足らずだが、振り返ってみれば、希少価値の高い付き合いだった。惜しいことをしたが、私はそれ以前にラップが苦手だったのかもしれない。

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴る連載です。

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