アラフィフ作家の迷走生活 第3回

47歳になった今だからこそわかる、「失恋」の真理

47歳になった今だからこそわかる、「失恋」の真理

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。第3回目は「失恋」についてのお話です。

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2017年12月9日に公開されたものに、一部小見出しなどを改稿し掲載しています。

大人になると、失恋にもキャパシティが出てくる。現在は既婚者の私だが、そこにたどりつくまでの道は決して平坦ではなかった。結婚が安穏とした暮らしに直結するわけでもないのだが、とりあえずは恋のゴールと設定できる。

37歳でなんとか恋を制覇した私。独身時代は数多の失恋を繰り返し、30歳手前からいつしか「失恋回復マニュアル」を活用するようになった。これは私オリジナルのマニュアルで、手ひどい仕打ち(浮気、二股、DV、etc)やどうしようもない運命(遠距離、親の反対、死別、etc)に翻弄されたとしても、しれっと面子を保てるように作られたものだ。

その目次には、「引越しをする」「スマホの機種変更をする」といったごく一般的なものから、「肉体労働をする」「札所巡りをする」といったやや風変わりのものまで様々ある。

昭和の美魔女作家、宇野千代は「失恋したら失恋体操をする」と言った。大泣きして暴れまくって1日でその恋を忘れるのだそうだ。それに習って私がかつてつくった「失恋回復マニュアル」だが、特筆すべきは「恋愛カウンセラーに会ってみる」だった。

失恋直後に孤独でいると、彼との思い出あるいは彼は今頃何している妄想に毒される。友人知人に会うのも避けたほうがいい。過去に私が吐き出した、彼とのあれこれが、友人知人の中で湯垢みたいにこびりついているだろうから。ゆえに私は、見ず知らずの恋愛のプロに会いに行こうと決意した。10年以上も前だろうか。どんな処方箋をしてくれるのか興味もあった。

恋愛カウンセラーの意外なアドバイス

インターネットで適当に選んだ恋愛カウンセラーは、バツイチのシングルマザーだった。辛酸を舐めたであろう過去がオーラとなって、華やかな美人に分類される容姿に磨きをかけていた。

私の場合は復縁希望ではなく、失恋の空虚さを最短で埋めたいだけだった。それならやみくもに仕事しろよ、と自分でもわかっていたのだが。

彼女が与えてくれたアドバイスは、「未来に出会う相手と夢の中でデートできる方法」「キスしたくなる唇トレーニング」「恋愛成就に効果的なパワースポット」だった。

未来に出会う相手(恋とは無縁で死んだりして。神様とかだったらどうしよう)は、要するに呼吸法とイメージトレーニングのミックスである。最初は別れた彼が浮かんでくるのだが、夢の中でも無理に消去しようと脳味噌が頑張るようで、とんちんかんな展開が繰り広げられていく。例えば、トイレの個室で用を足す彼を私が天井から一心に見つめ、彼の排泄物と彼を一緒に水に流してしまう、とか。さらにイメトレを続けると脳味噌も諦めモードに突入し、「とりあえずビール」みたいな感覚で好みの芸能人が登場する始末。

唇トレーニングは、カウンセラー自ら見本をやってくださった。あげく「私のリップマークを差し上げます」ときたもんだ。魔法の護符みたいで、ありがたく頂戴しましたが。さらにカウンセリングは続き、「遠隔ヒーリング」だの「祈る」だの、それこそ学生時代の悩み相談レクリエーションの復刻版みたいだった。

その昔、「悩みがあるの」と言いながら深刻な表情していた女子は一握りではなかっただろうか。「悩みがあるの」=「自慢があるの」という女子が大半だったかもしれない。心の暗黒部分は、皆、外でこっそり処理するか内部で飼い慣らすか、どちらかだろう。

暗黒を心のペットにする気はさらさらない私は、プロに頼るのを自分で許可した。

そんなのアリ?と思ったけれど…

ふわふわと地に足がつかないようなカウンセリングに、そんなのアリ? と眉をひそめる方もいるだろう。うん、まあ、私もこんなのアリ? と思ったよ。しかし結論は。

「マジで楽しかった!」

今夜の夢に全力で取り組む自分も、毎朝鏡に向かって唇をすぼめている自分も、客観的に見て笑えるし、笑えるのは失恋したおかげだ。そう、どこかで「馬鹿だな私」って思ってやっている。失恋が悲しいなんて、世間の物差し。自分をギャグにしてしまえば、恐いものはないよ。

恋愛カウンセラーに会う、占い師に会う等々は、たしなみとして選択していい暇つぶしだ。でも中には「藁人形の作り方」だの「五寸釘の打ち方」だの、真面目にレクチャーしてくれるところもあるようなのでご用心。

ところで人は恋をすると、恋に没入し始めの浮かれ気分真っただ中で、「もういつ死んでもいい」と口ずさんだりする。この名言(迷言?)を、かつて某カリスマ漫画家は「いつまで生きるかもわからないよ」と切り返した。けだし名言です。迷言ではなく。

若い時は「失恋回復マニュアル」なんか必要なかった。だって「いつ死んでもいい」って思うくらい、死が遠くにあったんだもの。恋をしたらその恋を失うなんて考えない。たとえ一時別れたとしても、人生の先々で会えるかもしれないし、実際に私は一度別れて二度再会した(腐れ縁ともいう。合計三度ふられた)。映画「君の名は」みたいに時空を超える可能性だってあるかもしれない。余談ですが、とあるSMショップに「君の縄(名は)」っていう縄が売っていました。時空を超えて縛られる運命っていうのも信じられるのです。若いってすばらしい。

若い時の失恋は老後に役立つ?

40歳を過ぎて、私は時間の目減りをひしひしと味わっている。 恋をするのもけっこう貴重だし、不倫確率が高かったり相手が高年齢(あるいは低年齢) だったり飛び込むのもバンジーだ。失恋しても「食欲がなくて」 なんて言っていられない。憂いをワープして老け込むだけだから。

女は一生現役! なんて夢のまた夢で、このまま年をとればとるほど、恋のチャンスがなくなるのだろうか。いや、世の中はそんなに辛口じゃないのだ。というのは、有料老人施設や高齢者向けのカルチャー教室が、新たな婚活フィールドとしてにぎわっているからである。還暦を過ぎた頃には、 シワもシミも皆平等に刻まれているだろうし、老眼が手伝ってよくわからないかもしれない。

そうなると、外見よりも内面勝負となるだろう。恋の経験が豊富だったり、駆け引き上手な人がモテそうだ。若い時の失恋は、生涯、恋を堪能するための「レベル上げ」と腹を括り、励んでみてはいかがだろうか。

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