人生100年時代と言われる今、健康で疲れにくい身体を保つことや、知的好奇心を持って学び続けることは人生をよりよく生きるためのキーワードとなりそうです。そんな中、「老化は病気、適切な治療を行えば改善するかもしれない」──という研究が、生命科学の学問ジャンルで進んでいます。
「fracora(フラコラ)」は、その最先端を走る研究者の声をYouTubeチャンネル「生命科学アカデミー」で発信。老化のメカニズムや健康に美しく生きるヒントをお届けしています。
第1シリーズのテーマは、「長寿遺伝子」。食を通じて長寿遺伝子を活性化させる研究について、九州大学農学部・大学院農学研究院の片倉喜範(かたくら・よしのり)教授に全4回にわたってお話しいただきました。
初回は「老いなき時代の到来!長寿遺伝子とは」をタイトルに据え、長寿遺伝子の仕組みを解説しています。
*本記事はYouTubeチャンネル「生命科学アカデミー」で配信された内容を、ウートピ編集部で再編集したものです。*トップ画像はイメージです。
「代謝の低下」を食い止める
──若さを保つメカニズムについて、九州大学の片倉教授にお話をうかがいに来ました。
片倉喜範教授(以下、片倉):九州大学農学部の片倉と申します。よろしくお願いいたします。私たちは、どうしたら超高齢化社会に対抗できるか──という視点で研究を進めています。中でも、私はアンチエイジングを実現できる食品を探そうとしているところです。
──大変興味深い研究が進んでいるのですね。超高齢化社会を乗り切る健康や若さのカギは、ずばり何だと考えていらっしゃいますか?
片倉:年を重ねることによって生じる体内の変化のひとつに「代謝の低下」があります。
新陳代謝が落ちると古い細胞が体の中に蓄積され、新しい細胞が生まれづらくなる。これがまさに老化している状態です。
なので、(健康や若さを保つためには)新陳代謝を高めてあげる必要があるんですね。体に備わった能力だけで難しい時は、食品やいろんな成分を投与することによって可能になります。
抗老化のカギ「長寿遺伝子」とは?
──食品やいろんな成分を摂るうえで重要になるのは、どんなポイントなのでしょうか?
片倉:我々が最も注目しているのは、長寿遺伝子です。1930年代くらいから摂取カロリーを制限すると「抗老化が実現できる」といわれていたのですが、最近になってメカニズムの解明が進み、カロリー摂取を控えると「長寿遺伝子が活性化される」ことがわかってきました。
私はこの点に注目し、どうしたら効率よく長寿遺伝子が活性化されるのか、あるいはカロリーを制限せずとも別のメカニズムで長寿遺伝子が活性化できないか、という観点で研究を進めています。
我々は農学部の教員ですので、特に「食品」で長寿遺伝子を活性化できたらいいな、とも考えていて。研究が形になれば、消費者の皆さんは苦しむことなく楽にアンチエイジングできるのではないでしょうか。
──なるほど。ちなみに先ほどお話に登場した「長寿遺伝子」とはどういったものでしょうか?
片倉:アンチエイジング効果を持っている遺伝子として知られており、別名「サーチュイン」とも呼ばれています。
皆さんと同じ哺乳類の体には、SIRT1〜SIRT7と割り振られた7種のたんぱく質がありまして。それぞれ全身で別々の機能を持って働きかけ、アンチエイジング効果をもたらすことが最近の研究で分かっています。
──7つの機能について具体的に教えてください。
片倉:最も研究が進んでいたのは「SIRT1」です。炎症を抑制する効果、代謝を改善してくれる効果などが確認されたのですが、量を増やしても寿命が延びるような効果は見られませんでした。
それで脚光を浴びたのが、傷ついたDNAを治す効果がある「SIRT6」というたんぱく質です。その効果によって寿命が延びることが初めて明らかになりました。
その後、数年したところで「SIRT1」でも寿命延長効果があることが分かってきました。脳の中で特異的に「SIRT1」が活性化されると、寿命が延びることがわかったんです。
つまり眠りが深くなって睡眠の質が改善されると、効果が発揮される。これが最新の結果です。
長寿遺伝子でどんな改善が期待できる?
──睡眠もアンチエイジングにつながっているんですね!
片倉:寿命の研究では最近、睡眠が脚光を浴びていますね。ジェットラグ(時差ぼけ)に悩まれる方をはじめ、夜間帯にお勤めの方々における睡眠の質改善も研究の対象になっています。
全身のさまざまな組織で長寿遺伝子が働くことで、いろんな病気が予防できますからね。たとえば血管が元気になったり、心臓の病気やガンの治療に効果を発揮するなど、全身によい影響のあることがわかっています。
長寿遺伝子を活性化できればアンチエイジングが実現し、全身を若返らせることも可能になると考えられています。そのために、いま世界中の先生がたは必死で研究を進めているんですよ。
──長寿遺伝子は「サーチュイン」と呼ばれ、DNAの傷を治す。すごい事実ですね!
片倉:長寿遺伝子を活性化させるには、いくつか方法があります。ひとつは「量を増やす」。体の中にもともとある長寿遺伝子が10個だとしたら、100個に増やすことでアンチエイジングが実現できる──と考える方法です。これがいちばん簡単な長寿遺伝子の活性化方法です。
もうひとつは、長寿遺伝子と一緒に働く「NAD」という補因子を増やすこと。ただNADは不安定な物質なので、直接摂取することができません。
そこで注目されているのが、NADになる前の物質といわれている「NMN」。これを摂れば体内でNADに変換され、長寿遺伝子を活性化できる──といわれ、いま世界中でNMNがヒトに投与され始めています。
──NMNの存在は私も聞いたことがあります。現実的にはどう摂取すればよいのでしょうか?
片倉:サプリメントが手軽だと思いますが、非常に高価なんですよね。選択肢になり得ないと判断し、いま我々はNMNを体内で増やすことのできる食品を探しています。
──食品から摂れたら手軽ですよね! もしそれが可能になったら長寿遺伝子が活性化し、全身のアンチエイジングが実現できる。細胞ごと若返る、つまり老いがなくなる時代が到来するといってよいのでしょうか?
片倉:そうですね。代謝が落ちて入れ替わらず衰えていく細胞が、長寿遺伝子の働きによってもう一度再生する。新しく傷ついていない、元気な細胞に生まれ変わるわけですからね。その結果として、皆さんの体も老いから若返った状態に戻っていく。これを目標に研究を進めています。
■動画で見る方はこちら