人生100年時代と言われ、いかに健康的に生きられるかは多くの人が望むところなのではないでしょうか?
そんな中、注目されているのが「オートファジー」という言葉。オートファジーとは、細胞内のリサイクルシステムのことで、体の健康にとってとても重要な役割を持っています。
そこで今回は、細胞と健康の関係性や、私たちの健康のカギを握るオートファジーについて、大阪大学栄誉教授で細胞博士の吉森保(よしもり・たもつ)先生にお話を聞きました。
※本記事は「フラコラカルチャー」で開催されたイベントをウートピ編集部で再編集したものです。
人が病気になったり、老化する理由
——細胞の働きは、年齢が上がるとともに低下していくのでしょうか?
吉森保先生(以下、吉森):老化とは、細胞の機能が低下していくことを指します。前回、「細胞も病気になる」というお話をしましたが、細胞の中で行われている社会活動がうまくいかなくなると、最終的には機能不全になって細胞自体が死んでしまいます。老化というのは、全身の細胞の機能が徐々に落ちていく状態になるわけです。
しかし、細胞には前回お話ししたオートファジーのような仕組みがあるので、本当だったら病気にもならないし、老化もしないはずなんですね。ホメオスタシスという言葉を聞いたことがあるでしょうか? 日本語では「恒常性」ですが、細胞にはこの恒常性、つまり健康な状態を維持するオートファジーなどの仕組みが備わっているので、普通に生命活動をしていれば、老化しないはずなんです。
——なぜ、人は病気になったり、老化するのでしょうか?
吉森:今世界中の研究者が、「なぜ老化するのか?」という研究を行っています。一つ、オートファジーについて言えることは、オートファジーの機能は、年を取るごとに低下していくことが分かっています。機能を維持できなくなってくるんですね。実は、分解のし過ぎはよくないということで、オートファジーにブレーキをかけるルビコンというタンパク質があるのですが、年を取るとルビコンが異常に増えてしまい、ブレーキがかかり過ぎる状態になります。これが老化の一因になっています。
——自動的にブレーキがかかってしまうんですね。
吉森:そうです。そこで、「ルビコンがなかったらどうなるのか?」という実験を行いました。線虫という生き物やハエを使って実験をしたのですが、ルビコンがないとオートファジーが活性化して、寿命が1.2倍に伸びることが分かりました。人間で言うと、80歳までの寿命が100歳まで伸びるということです。
——それはすごい研究結果ですね。
吉森:老化は、医学的に言うと「病気になりやすくなる状態」のことを指します。例えば、年齢とともに発がん率が上がりますし、パーキンソン病など加齢性の疾患にかかりやすいですし、結果的に死亡率も上がります。そこで、オートファジーの機能が下がらないようにしたマウスで実験をしました。すると、パーキンソン病や慢性腎疾患など、老化に伴うさまざまな病気になりにくいことが分かってきました。これは、非常に重要な発見だと思っています。
「適度な運動、健康的な食事、腹八分」細胞のために大事なこと
——オートファジーの機能を上げるためには、何をしたらいいでしょうか?
吉森:例えば、年を取ると免疫細胞が作る抗体ができにくくなります。これは、オートファジーの機能が低下して、タンパク質である抗体を作りにくくなるから。そこで、イギリスの研究者が、老人の免疫細胞を採取してオートファジーを上げる実験を行ったところ、また抗体を作れるようになったんです。この実験では、納豆などに多く含まれるスペルミジンという食品成分を使っています。つまり、老化は絶対に避けられないものではないということ。身近な食品にもオートファジーの機能を上げる成分が入っているので、そういうものを摂取することは大事だと思います。
——現在、医薬品なども開発されているのでしょうか?
吉森:オートファジーを促進して細胞機能を再活性化させる薬を開発しています。しかし、薬の開発は、副作用の問題や安全性のチェックなどで、完成までにものすごく時間とお金がかかるため、なかなか大変です。薬の完成を待たなくても、スペルミジンをはじめ、レスベラトロールやアスタキサンチン、カテキン、ウロリチンといった成分が含まれている食品やサプリメントを摂取すればいいと思います。例えば、発酵食品や赤ワインなどを摂取するといいでしょう。
——食品やサプリメントの摂取以外に、オートファジーを促進させる方法はありますか?
吉森:運動をすると、オートファジーが活性化することが分かっているので、適度な運動を心掛けてください。それと、脂っこい食事を取らないことも大切です。また、寿命の延長という意味では、研究の結果、カロリー制限が大切だということが分かっています。「体を動かして、健康的な食事を取り、腹八分を心掛ける」ということは、昔から言われてきましたよね? それが、「科学的に立証できた」と思っていただければいいと思います。
ちなみに、断食のように極端なことをする必要はありません。世間では、“オートファジー=断食”だと思っている方が多いのですが、そうではありません。確かに、タコの例え話のように、細胞は栄養がなくなるとオートファジーを活性化させるのですが、それは飢え死にしないための仕組みなので。無理やり空腹にしなくても、オートファジーは細胞の中で毎日行われていますから。
「老化」する前に、細胞をケアする
——ありがとうございます。最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします。
吉森:老化は個人差がとても大きく、人によって老化の程度がまったく違います。オートファジーの下がり具合も人によって違います。だから、老化する前に、健康的な生活を送って、細胞を若返らせる努力をしておくことが大切です。
私はよく、「キュアよりケアの時代だ」と言っているのですが、病気になってから大変な思いをして治療するより、病気を予防することのほうがつらくないですよね? 治療費による国家財政の圧迫も回避できるので、病気の予防を心掛けることが重要だと思います。
それから、サプリメントに関しても、アンチエイジングに代表されるように、これまでは対症療法的だったと思うんですよね。「シワが増えた」とか、それぞれの症状に合わせて、栄養を補給するようなサプリメントが多かった。でも、これからは「細胞そのものを元気にする」「細胞の中の社会をちゃんと維持する」という考え方が大事になってくるのではないかと考えています。
つまり、みなさんにお伝えしたいことは、「老化をあきらめる必要はない」ということ。病気になったら、医者に「もう年だからね~」と言われることがあると思うのですが、今は「年だからね」という時代ではありません。これからの研究によって、どんどん変わっていくと思いますよ。