人生100年時代と言われ、いかに健康的に生きられるかは多くの人が望むところなのではないでしょうか?
そんな中、注目されているのが「オートファジー」という言葉。オートファジーとは、細胞内のリサイクルシステムのことで、体の健康にとってとても重要な役割を持っています。
そこで今回は、細胞と健康の関係性や、私たちの健康のカギを握るオートファジーについて、大阪大学栄誉教授で細胞博士の吉森保(よしもり・たもつ)先生にお話を聞きました。
※本記事は「フラコラカルチャー」で開催されたイベントをウートピ編集部で再編集したものです。
健康と細胞の関係は?
——まずは、健康と細胞の関係について教えてください。
吉森保先生(以下、吉森):生き物はみんな細胞からできています。人間の場合は、37兆個の細胞からできており、「人間=細胞」と言えます。そして、その37兆個の細胞一つ一つが生きていて、一つ一つの細胞の中に遺伝子情報が入っています。細胞が人間を形作っているので、「細胞が健康であれば人間は健康」ですが、「細胞が病気であれば人間は病気になる」と言えます。つまり、病気というものは、細胞がなるんです。
——細胞というと、小さすぎてイメージしにくいのですが……。
吉森:細胞はとても小さいですが、その中身は空っぽではありません。細胞生物学者の視点から見ると、「細胞の中に一つの宇宙がある」感覚です。もしくは、人間の社会に例えることもできます。
発電所や病院といった機能を持ったさまざまな構造物があり、人間の代わりにタンパク質が働いています。数万種類のタンパク質の中には、警察官がいたり、医者がいたり、人間の職業と同じようにそれぞれの役割があります。そして、細胞の中には交通網が張り巡らされており、構造物の間をタンパク質が輸送されて運ばれているんです。
「オートファジー」って何?
——「オートファジー」はどんなふうに関わってくるのでしょうか?
吉森:私は細胞の中の交通網を研究しているのですが、その一つに「オートファジー」があります。ギリシャ語の「ファジー(食べる)」に「オート(自ら)」を組み合わせた造語です。まず、オートファジーについて簡単に説明すると、収集車が細胞の中にあるさまざまなものを回収して、リサイクル工場に運び、分解してリサイクルする仕組みのことです。そしてこの仕組みが、細胞の社会の機能を保持するために、非常に重要ということが分かってきました。
もちろん、細胞の中に収集車がいるわけではなく、オートファゴソームと呼ばれるパックマンのような構造が、タンパク質などを包み込んで細胞内を移動します。そして、消化酵素を持つリソソームという構造物、つまりリサイクル工場と混ざり合い、閉じ込めておいたタンパク質などを分解します。
例えば、タンパク質は、リソソームで分解されるとアミノ酸になります。このアミノ酸は、エネルギーにも使われますが、また新しくタンパク質を作ることにも使われるんです。100%リサイクルされるので、人間の社会のリサイクルシステムよりも、ずっと効率が良いんですよ。
——人間の一人一人の体の中にもリサイクルシステムがあるんですね。
伊勢神宮と似ている? オートファジーの役割
——吉森先生は、オートファジー研究のパイオニアで、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生の研究に携わったそうですね。
吉森:大隅先生は、単細胞生物の酵母を使って実験を行い、オートファジーに必要な遺伝子を発見されました。タンパク質が細胞の社会の中で「どのような役割を持っているか」「どのように働いているのか」というのは、遺伝子にすべて書き込まれます。この遺伝子を発見したことで、オートファジーの仕組みを一部解明されたわけです。大隅先生は、2016年にノーベル賞を受賞されましたが、弟子の私もうれしかったですね。最初の頃は、役に立つのかどうかまったく分からなかったけれど、「生命の謎を解こう」と思ってこの研究を始めました。それが、人間にとって役に立つと分かってきたので、大変喜んでいます。
——オートファジーの役割を、もう少し詳しくお聞かせください。
吉森:細胞は、周りから栄養がなくなると死んでしまいます。そのときに、自分の一部を分解して栄養にすることができます。例えば、タコは飢餓状態になると自分の足を食べてしまうという話があります。それと同じように、細胞も自分の一部を分解するんです。飢餓にならなければ必要ない機能なのですが、これをオートファジーが行っています。
また、細胞内部の新陳代謝にもオートファジーが関わっています。栄養として経口摂取しているタンパク質は一日70gほどなのですが、実は、体の中では一日240gほどのタンパク質が作られています。自分のタンパク質を分解して、アミノ酸にして、そこからもう一度タンパク質を作っています。しかし、240gのタンパク質を分解して、240gのタンパク質を作っているので、結果的にはプラスマイナスゼロで、何も変わりません。分解するにも作るにもエネルギーがいるので、なぜこんなことをしているのか今まで謎だったんです。
——確かに謎ですね。何も変わらないのに、なぜ余計なエネルギーを使っているんだろう?
吉森:はい。ところが、これが健康にとって非常に重要だということが分かってきました。2000年以上前に作られたパルテノン神殿と伊勢神宮を例にあげると、パルテノン神殿は立派な石造りですが、現在はボロボロになっています。一方で、木造の伊勢神宮はずっとピカピカのまま。これには理由があって、式年遷宮と言って、20年に一度新しく建て替えているから。常にスクラップ&ビルドを繰り返していたら、いつでも新品なわけです。違う例えで言うと、車の部品を毎日少しづつ新品に交換していたら、数十日で新車になっているということです。
これと同じように、オートファジーは、毎日ランダムに細胞の成分を数%壊し、その壊したものを使って新しい成分を作っています。そうすると、何十日か後には、細胞自体が生まれたての状態になります。つまり細胞の中身の新陳代謝と言えます。
例えば、皮膚は新陳代謝で新しくなりますよね。あれは、細胞自体が新しく入れ替わっているから。しかし、皮膚のようにしょっちゅう細胞自体が入れ替わることができればいいのですが、神経や心臓の細胞は一生入れ替わりません。ずっと、同じ細胞を使わなくてはならないので、細胞の中身の入れ替えが重要になってきます。
細胞の中の有害物を除去してくれるオートファジー
——細胞の中身の入れ替えが重要なんですね。
吉森:そうです。例えば、脳神経細胞の中身の入れ替えがうまくいかなくなると、アルツハイマー型認知症になったりします。また、しょっちゅう細胞自体が入れ替わっている皮膚においても、老化するとだんだん入れ替わりができなくなってくるんです。そうなると、皮膚の細胞も、中身の入れ替えがとても重要になってきます。
——他にも、オートファジーの役割はありますか?
吉森:もう一つの重要な役割は、有害物の除去です。細胞の中には、しばしば非常に有害なものが現れます。例えば、ウイルスやバクテリアといった病原体が細胞の中に入り込むと、病気を引き起こします。それから、タンパク質の異常な塊も病気の原因になります。アルツハイマー型認知症やパーキンソン病といった脳の病気でよく見られるのですが、細胞の中にタンパク質の塊ができてしまい、細胞が死んでしまいます。脳の細胞が死んでしまうと、とても危険です。また、細胞の中にある構造物である細胞小器官が壊れることもあります。例えば、ミトコンドリアはエネルギーを作る発電所にあたるのですが、ミトコンドリアが壊れると、活性酸素を出して細胞を傷つけてしまうんです。
そして、これらのような有害物が生じると、オートファジーが狙い撃ちで除去してくれます。先ほどお話ししたオートファゴソームと呼ばれるパックマンが、有害物を包み込んで処分するんです。
他の実例をあげると、食中毒を引き起こすサルモネラ菌を、包み込んで殺してくれる。本来なら、コロナウイルスもオートファジーが攻撃してくれるのですが、このウイルスは非常に悪賢くて……。オートファジーを妨害してくるので、殺せないんです。そこで、私の研究室では、新型コロナウイルスによるオートファジーの妨害の仕組みを調べています。ウイルスは細胞の中で増殖するので、オートファジーが攻撃できるようになれば、感染したときに重症化を防ぐことができると考えています。