印度カリー子さんインタビュー前編

発売2ヶ月で3刷重版の『一肉一菜スパイス弁当』 印度カリー子さんにヒットの理由を聞いてみた

発売2ヶ月で3刷重版の『一肉一菜スパイス弁当』 印度カリー子さんにヒットの理由を聞いてみた

2021年の1月22日(カレーの日)に発売された、印度カリー子さん初のお弁当レシピ本『一肉一菜スパイス弁当』(世界文化社)。発売から約2ヶ月で3度目の重版が決まるなど、注目を集めています。

著者でスパイス料理研究家の印度カリー子さんにヒットの理由を聞いてみました。前後編の前編。

印度カリー子さん(写真:本人提供)

印度カリー子さん(写真:本人提供)

スパイス料理のブームはどこから?

——ここ数年、スパイスやスパイスカレーについての本をよく見かけるようになりました。印度カリー子さんは中でも、人気の著者のおひとりです。そんな方から見て、スパイスに対するニーズが高まっている理由を、どう分析しておられますか?

印度カリー子さん(以下、カリー子):現在のスパイス需要の高まりに、コロナ禍の影響は少なくないと思っています。スパイスカレーの名前が知られるようになって、まず外食でスパイスカレーを楽しむ層が増えました。その後、自分でも作ってみたいと考える人が出てきて、その数が一定数を超えた。

私がスパイスカレーの初心者に向けた本を出し始めたのはそのタイミングで、おそらくスパイスカレーを作る人が増える流れの一部にはなっていると思うのですけれど、そのときに始めた一部の人たちが「簡単に美味しく作れるよ」と情報発信をし始めた頃に、コロナ禍が訪れて、家で過ごす時間が増えたんです。

——そこで、自炊の機会も増えた。

カリー子:パン作りとかお菓子作りからはじめる人が多かったと思うのですが、パンやお菓子は毎日作るのが難しい。これはあくまで私の感覚ですが、どちらも大体一ヶ月もすると飽きてしまう。で、コロナ禍での自粛期間が3ヶ月目か4ヶ月目に入ったぐらいから、スパイスに目を向ける人が増えてきた。スパイスを使った料理の中には、時間を長くかけて作るものもありますしね。おうち時間が長くなるにつれて、そうした時間のかかる料理を探す風潮もあったので、ブームが加熱したのだと思います。

——生活にスパイスで変化をつける需要があったんですね。

カリー子:そうしたニーズに加えて、社会的に健康志向が高まっていることも影響していると思います。体に悪いものをわざわざ食べたい人が、少なくなってきているんですよね。美味しくても体に悪いのであったら食べない、と。量より質を求める傾向もあります。

スパイスは多くのみなさんが、経験的に体にいいことを知っているので、そうした流れの中からも受け入れられやすかったのでしょう。さらにパクチーブーム、ケバブブームなどもあって、エスニック……いわゆる東南アジアや西アジアの料理が社会的に受け入れられる土壌ができていたと思います。

趣味で作る料理から一歩内側へ

——なるほど。そこで各種の本が世にある中で、カリー子さんの本ならではの強みは、どこにあると自己分析していますか?

カリー子:私のスパイスカレー本が受け入れられている理由は、日常の料理に取り入れやすいところだと思います。従来、カレーのレシピ本は男性作家による男性向けの趣味で作るような本が多かったんです。レシピへのこだわりが強く、こだわりのひとつひとつにしっかりと理由付けがされている、そんな考えられたレシピであることを強調している傾向がありました。

でも、普段からよく料理をする読者が求めているのは「こだわり」や「説明」ではなく、とにかく美味しく、簡単に作れる方法なんですよね。そこにフォーカスして、普段使いがしやすい簡単な手順や材料のレシピを書いたことが、私の本が広く受け入れていただけた理由だと思います。

——具体例をあげていただくと、たとえば?

カリー子:たとえば、インドではジャガイモとカリフラワーが手に入りやすいので、それを同時に使ったカレーが作りやすいんです。そのレシピはある意味「正統派」なのですが、日本ではカリフラワーの値段が高かったりして、まず材料を揃えるところでつまずいてしまうことも……。つまり、インドでは一般的だけれど、日本ではそうでもない。そういう「これは普段の食事にはちょっと合わないな」みたいなレシピが、実はとても多いんです。

——たしかに。予算を決めて自分の生活圏内で材料を揃えるところから調理は始まっていますもんね。

カリー子:もちろん料理が好きで深く探求したいとか、読者のニーズはさまざまだと思います。ただ、私が読者に対して意識したのは、本当にそのレシピを毎日使いたくなるのか、本当にそのレシピで幸せになれるのか否か。目的に合わせてレシピをチューニングしました。レシピの書き方ひとつとっても、そうです。

——どういうことでしょう?

カリー子:大さじ、小さじだとか、材料のグラム数にも気を使っていますし、文章の改行位置やレイアウトも、ちょっと直せば、難しいレシピがすごく簡単に見えたりするんですよ。常に「自分が読者になってこの本を見たときにどう思うか」を意識する、客観視しながら本を作るようにしています。

スパイスカレーブームはまだ来ていない

——公式サイトで対象読者を明示しながらご自身の本を紹介されているのも印象的ですが、さらにもう一段俯瞰して、ご自身の活動全体の今のフェーズをどう捉えているかをお聞きしてみたいです。もうスパイスカレーブームは広がって、初心者向けに重点を置くフェーズは終わったような印象を外側から見ていると受けますが。

カリー子:私はまだごく一部の人の間で話題になっているに過ぎないと思っています。一般的に、メディアの方々が「今ブームが来ています」と言い出すのを耳にしてから、2年後ぐらいに本当のブームは来るものなんですよね。その段階までまだ届いていませんから、今おっしゃったような初心者が飽和状態になるのは、2、3年後だと思っています。

想像してみてください、今、会社のデスクで隣に座ってる人に「スパイスカレーって作ったことある?」と聞いても、まず「イエス」と答えないと思うんです。両隣にいる人のどちらか片方でも確実に「イエス」と答えるくらいの状況が来るのがブームなのであって、今はまだ、10人に聞いたらひとりが「イエス」というかどうかくらいでしょう。100人にひとりくらいまでは来ていると思いますが、まだまだですね。

——いわれてみると、たしかに。

カリー子:ですから、今のペースでの活動を確実に、最低でもあと2年ぐらいは着実に続けていかないと駄目ですね。

——ではその、着実に活動を続けていくために、どんなことを考えておられますか?

カリー子:ひとりでやれることには限界があるので、今のような活動を始めてすぐのころの私のような存在を、10人くらい増やせたらいいなと思っています。そのために目指しているのが、初心者のための発信は継続しつつ、同時に初心者の段階を終えようとしている人たちに、もっとスパイス好きになってもらうこと。スパイスにのめり込んで、初心者が知らないようなことを知り始めると、自ずと初心者に発信しようとし始めてくれるはずですから。

『一肉一菜スパイス弁当』にマフィンのレシピを載せた理由

——具体的にはそのためにどんな工夫を?

カリー子:私の本でスパイス初心者を卒業しようとしている人たちを、飽きさせないような努力を、新しい本を出すたびにし続けることですね。たとえば、『一肉一菜スパイス弁当』ではスパイスマフィンの作り方を入れました。今までお菓子や、粉もの系のレシピは絶対に載せないようにしていたんです。

——なぜでしょう?

カリー子:一冊の中での一貫性がなくなる可能性があったからです。ですが、この本を最初に買ってくれる人のうち1000人は、きっとこれまで私が出した別のレシピ本を買ってくれた人なんですよね。その人たちは、絶対にマフィンに飛びついてくれると確信がありました。創造的なスパイス料理を求めているからです。

これからの私は、従来の活動——スパイス初心者が興味を持てるように門戸を広げることと——に加え、初心者を卒業しようとしている人たちが飽きずに楽しめるような創造的なスパイスの使い方を提案することのふたつの活動を、同時に続けることがポイントになってくると感じています。

『一肉一菜スパイス弁当』より

『一肉一菜スパイス弁当』より

——なるほど。本を読んで、マフィンだけちょっと難易度が高いなと思ったんです。それは中級者向けのフックだったんですね。

カリー子:そうですね。でも作ってみると思いの外簡単ですよ!

——オーブンを使うレシピは難しいと思い込んでいて……(笑)。

カリー子:ああ、それはたしかにあるかもしれません。でも、ちょっとずつここから慣れておいてもらえると……実は来年くらいに、お菓子がメインの本を出したいなと思っているんです。

——わ、そうなんですか。じゃあ、オーブンに早めに慣れておかないと。

カリー子:私の本は、そうやって次の本に向けた伏線をこっそり入れていることが多いんですよ。それに対するリアクションを見ることで私はニーズを察することができますし、読者の方には心の準備をしてもらえるので、ウィンウィンかなと(笑)。

後編は4月28日(水)公開予定です。
(取材・文:前田久、編集:安次富陽子)

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