米国で、大型医療機関並みの十分な態勢を整えた施設でしか人工中絶を認めないとする南部テキサス州の州法は憲法違反だとして、女性団体などが施行の差し止めを求めた訴訟で、連邦高裁が州法を支持する決定をしたと10月3日に報じられました。大病院並みの態勢を整えた病院以外は一夜にして閉院が決まり、州内に40以上あった中絶実施病院は都市エリアに7院を残すのみとなります。この事態に、非合法の中絶施設が増えるのではないかという懸念も出てきています。
中絶問題が政治を左右する米国
米国では1973年に「中絶するか否かは女性のプライバシーである」として女性が中絶を選ぶ権利を認めた「ロー対ウェイド事件」判決後、紆余曲折を経ながらも、特にここ10年間はテキサス州のように中絶に制限を加えるような規制が増え続けています。
歴史的な「ロー対ウェイド事件」判決に逆行するようなこの動きには、どのような意味があるのでしょうか。実は規制強化の背後には、常に政治問題が隠れているのです。簡単に言ってしまえば、米国2大政党の対立であり、中絶反対派=共和党(保守主義) VS 中絶賛成派=民主党(リベラル主義)という構図になります。
2014年10月現在、オバマ大統領を擁する民主党が政権を握っていますが、2010年の中間選挙では共和党が大きな巻き返しを果たしました。その結果として、中絶反対を表明する州が大幅に増えたのです。この流れを受けて、共和党も改めて「反中絶」というスローガンを強力にアピールし始めたことは言うまでもありません。来月に迫った中間選挙、さらには2016年の大統領選でどういった動きを見せるのかは注目です。
「中絶王国」と言われていた日本
ここで、私たちの日本に目を移してみましょう。日本には母性保護という観点で1996年に改正された「母体保護法」があります。身体的または経済的な理由で妊娠や出産が母体の健康を著しく害する場合、レイプなどによって望まない妊娠をしてしまった場合には、合法的な中絶が認められています。中絶手術は、都道府県の医師会から指定を受けた「母体保護法指定医」のみが行うことを許され、指定医には手術実施を報告する義務があります。
厚生労働省がまとめた2013年度の公式な中絶件数は20万件弱(前年比6.4%減)、中絶実施率は女性1,000人当たり7.4(前年比0.9減)となっています。これらの数字は国連が発表した世界各国のデータと比較しても、決して高いわけではありません。参考までに各国の女性1,000人当たりの中絶件数を見てみると、ロシア=40.3、スウェーデン=17.7、ニュージーランド=16.8、フランス=14.7、英国=14.0、カナダ=11.8といった状況です(アメリカは公式発表が無いため含まれていません)。
1950年代には中絶件数が100万件を超え「中絶王国」とまで言われた日本ですが、ここに来てかなり数を減らしてきています。そこには安全で合法的な中絶を受ける権利が保証されているという大前提があるのですが、コンドームやピルなどによる避妊法の認知や、少子高齢化の進行、セックスレス、妊娠・出産・子育てに対する考え方の変化など、非常に多様で複雑な問題が隠されているのは間違いなさそうです。