DV加害者に支配された“被害者の心理”

関連事件がメディアで大きく取り上げられたこともあり、近年認知度が高まってきた家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス、以下DV)。警察庁が発表した統計によれば、昨年全国の警察が把握したDV被害は一昨年から12.7パーセント増の4万9,533件にのぼり、過去最多を記録したといいます。しかし、DVへの認知度が高まる一方、DV関係がなぜ起こってしまうのか、DV関係に置かれている当事者たちはどう感じているのかについては、まだまだ認知されていない状況です。

『ウートピ』ではこの現状をふまえ、DV被害者支援の専門家、DV加害者更生の専門家、外国人被害者支援の専門家らに話を伺いました。今回は、被害者女性らのケアプログラムを実施するNPO法人レジリエンス代表であり、自身もDV被害のサバイバー(=生き抜いた人)である中島幸子さんにお話を伺います。

    性的暴力がDVの一種であるように、両者は重なる部分が大きい

――中島さんは、DVの被害に遭った女性たちを支援するNPO法人の代表を務めていらっしゃるほか、実はご自身もDV被害のサバイバー(=生き抜いた人)でもあるという、特殊なご経歴をお持ちだと伺っております。簡単に、ご自身の略歴をお伺いしてもよろしいでしょうか?

中島幸子さん(以下、中島):19歳の頃から4年半、当時付き合っていた人からデートDV に遭った経験をきっかけに、NPO法人レジリエンスを立ち上げ、今では「暴力」全般の被害者支援に関連する仕事をしています。

11年前にこの活動を始めたときは、ちょうどDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)ができ、DV問題の認知度が上がり始めていた時期だったので、DV被害者の支援や啓蒙活動を中心として活動していました。

ここ数年間は、国内で性暴力のワンストップセンターが少しずつ増え続けている背景もあり、「性暴力」について講演することも多いです。性的暴力がDVの一種であるように、両者は重なる部分が大きいので、どちらの問題に対しても取り組んでいるほか、子どもへの虐待や、高齢者虐待の問題、トラウマの問題などにも取り組んでいます。

――おっしゃる通り、認知度が向上してきたDV問題ですが、まだまだ理解が進まない側面もあると思います。DVが起こってしまったとき、被害者に対し、「なぜ逃げ出さなかったのか」と問う声も多いですね。

中島:そう問う前に、まずは、DV関係は、とても特殊な関係だということを理解して欲しいですね。DVは、身体的暴力だけでなく、性的暴力、精神的暴力、経済的暴力、社会的暴力など、さまざまな形態の暴力を含みます。DVが起こっているとき、被害に遭っている人と親密な関係性にある加害者はこういった暴力を何度もふるい、被害に遭っている人の「安全感」を奪い上げます。

結果、DVが起こると、暴力が向けられている人の身の安全や、精神的な安全を、DV加害者が暴力をもってどうとでもできる状態になるのです。このように、加害者が被害に遭っている人の「安全感」をコントロールできるようになることで、DV加害者は被害に遭っている人を支配できるようになってしまいます。

こういった関係性に置かれると、支配される人は、自分の「安全感」をどうとでもできる支配者を「必ず見ておかなくてはいけない」と考えるようになります。加害者の顔色を、常にうかがわなくてはならない。いつ話しかけていいのか、いつごはんを出せば怒られないのか、どうすれば相手を怒らせないのか、常に考えなければならなくなってしまうのです。

    「加害者から逃げる」ということは、ある種、「支配者に歯向かう」こと

――なるほど。経験したことがない人にとっては、想像できないような状況だと思います。

中島:こういった関係性において、「加害者から逃げる」ということは、ある種、「支配者に歯向かう」ことになります。自分が逃げたり、離れたりすることは、加害者の意に反することだからです。自身の安全をコントロールできる相手に歯向かうのは、被害者にとって、非常に危ないことに感じられます。

さらに、暴力をふるうことをしながらも、ときにとても優しい面を見せてくる加害者もいます。こういった加害者は、暴力を使って「安全感」をガーッと奪い上げることをしながらも、暴力を向けている人にときどき優しく接しては、「安心感」を感じさせる、ということを何度も繰り返します。当然、被害に遭っている人は混乱しますよね。

このような関係性にある場合、被害に遭っている人ががんばって加害者から逃れたとしても、まったく別の場面で危ないことに遭遇した瞬間、無意識に「安心感」を提供してくれる相手として、加害者の存在を思い出しやすくなります。「あの人のところに戻れば、なんとかなる」という思いにかられたり、「馴染みのあるあの家はほっとできる」と感じ、加害者のもとへ戻ってしまいやすい。

――DV加害者から逃れられない被害者にも非がある、という言説をときどき見かけますが、決してそうではないことがよくわかりました。

中島:平和な場所にいると、戦場のような危ない場所で起きていることは理解しにくいですよね。たとえば、日本では「赤信号は渡ってはいけない」というルールがありますが、そんなものは、内戦が起こっている地域では通じません。

同じように、DVの被害に遭っている人は、「違う世界で生きている」ということをまず社会が認識しなければなりません。「そんなに大変な目に遭っているんだったら、逃げるのが当たり前でしょう」という価値観は、あくまでも平和な世界で通じる発想であって、そうでない世界では、それが選択肢にすらならない可能性がある。そういったことを社会が理解していかなければ、今、とてもつらい思いをしている人たちが一般の社会に出て行って助けを求めようと思わなくなってしまうかもしれない、とよく思います。

    「被害者が声をあげられない社会」は危ない

――性暴力被害の場合でも、医療従事者や警察関係者、身の回りの家族や友人の言動が被害者を二度傷つける「二次被害」「セカンド・レイプ」に遭うことを恐れ、被害者が助けを求めにくい現状があると聞いています。通じるものがありそうです。

中島:その通りだと思いますよ。私も、年間100件以上講演をしていますが、そこで、自分が日常的に性暴力に遭っていた話もします。そうすると、講演の前に普通に接してくれていた人たちが、講演のあとによそよそしくなってしまうこともあるんです。「どう声をかければいいのか分からない」と戸惑っていることはわかります。でも、そういう対応をされた人が、「私は、みんながどう対応すればいいのか分からないような経験をしてしまった人間なんだ」という「恥」の感情を持ってしまい、周りに助けを求めにくくなることが十分考えられます。

――性暴力の二次被害と言えば、「なぜ夜道を一人で歩いていたの」「なぜそんな格好をしていたの」と、被害者を責める言動が思い浮かびますが、社会全体で性暴力に関する知識を共有できていないことも、同様に問題なのかもしれません。

中島: 被害者を責める言動をなくすだけでなく、もっと深い理解を持っていかなければ、悪意のない人たちが二次被害につながるようなことを起こしてしまうかもしれませんよね。

DVも性暴力も、被害に遭った人が声を上げられず、「見えなくなってしまう」のは、社会にとってすごく危ないことです。声を上げる人が減り、被害が統計につながらなければ、「この社会は安全だ」「この社会では、暴力は起きていない」というふうに捉えてしまう人や、「DV被害や性暴力は起きていない」という認識が増えてしまうと思うんですよ。声を上げにくい問題だからこそ、社会が丁寧に見ていく必要性がある、ということを、活動を通じて伝えています。

ここまで、なかなか知ることができないDV関係に置かれた当事者の心理や、社会として望ましいDV被害や性暴力被害への対応についてお伺いしました。後編では、被害のあとのケアの重要性や、NPO法人レジリエンスのご活動についてお伺いしていきます。

>>【後編につづく】「性暴力、児童虐待……すべての暴力はつながっている」 DV被害者支援団体代表に聞く、被害に遭ったあとのケア

ケイヒルエミ

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