タグ
2013/12/03

「不完全な私」の肯定 『かぐや姫の物語』

11月23日より、全国大ヒット上映中のジブリ最新作『かぐや姫の物語』。誰でも一度は子供の頃に絵本で読んだことがある「かぐや姫」ですが、本作は基本的に古典の「竹取物語」に忠実。絵本の知識で観ると、かなり新鮮な驚きがある映画だと思います。アニメとしては、省略された構図に、淡い色使いの豊かな色彩、ペンタッチを活かしたスピード感、また個性豊かに描かれた登場人物たち(特に童女は必見)の表情が秀逸。観る者のイメージ力、理解力も試される傑作です。

月は清らか、地球はカオス

大筋のストーリーは、月で清らかに暮らしていた姫が、地上に憧れた罰として混沌とした地上へ転生させられる、というもの。その後姫は、地上での生活を通して、月の世界で”完成された魂”として存在することよりも、生命が持つカオス感たっぷりの地上で生きることに喜びを感じます。しかし、最後はみなさんが知っているお話通り、地上から月へと還って行きます。

「完全」を目指したかぐや姫は、私たち現代女性と似ている?

作中の「かぐや姫」がたどる運命の根底には、「仕事も恋愛も、そして家庭も…」と頑張る、頑張り屋さんの現代女性と共通するものがあるのではないでしょうか。

イノセントな魂として生まれてきた女の子は、山村で自然や友達と触れ合いながら育ちますが、お爺さんの「都に上り、この子を立派な姫に育て上げる」という夢に付き合わされて、月にいたころのような”完成された魂”へと導かれるハメになる。

普通、人は完成されたものに憧れ、努力するものですが、かぐや姫の場合は生命溢れる地球での生活に触れ、「不完全であるからこその幸せ」に気づいた。後半、都に連れて行かれてからのかぐや姫は、そんな地球で生きることの意味を見失っていくように見えるのです。

不完全だからこそ、生きるに値するこの世界

『風立ちぬ』で宮崎駿監督が言っていた「この世は生きるに値する」という人間賛歌の精神が、この「かぐや姫の物語」にも流れているように感じます。

何もかも「カンペキ」を目指して息苦しくなってしまう、そんな経験を持つ女性は多いはず。ジレンマにハマったり、人間関係に疲れ切って鬱で病んだりする場合もあります。「不完全な私」のまま「不完全な世界」を楽しむ、かぐや姫の生き生きとした表情は、そんな女性の生き方を見つめ直すきっかけを与えてくれるのではないでしょうか。

(文=古勝敦)