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2013/11/29

女性の伝統的自慰アイテム「バイブ」の歴史

突然ですが、貴女は「バイブ」を手にしたことがありますか? 現代は性に開放的な時代…女性の自慰行為に関する話題もオープンに語られるようになってきましたが、実際にバイブの使用経験がある女性はまだ多くないかもしれませんね。

ここでは、「使ってみましょう!」という話ではなく、バイブの起源や法律との関係を、ちょっとだけ真面目に考えてみたいと思います。

    皇帝からお声のかからない美女たちの性欲発散アイテムだった

古くは、生殖器崇拝や子孫繁栄という意味合いで祭事や儀礼のアイテムとして用いられていたとのこと。自慰目的のための存在ではなく、もっと神聖なものという扱いでした。もちろん、現在のように電池で動くような機能はありません。張形といって、男性器を模った非・電動タイプでした。

性具としては、唐の国(現在の中国)から大和朝廷への献上品として、遣唐使が張形を持ち帰ったエピソードが有名です。当時の唐は、一人の皇帝に対して、何百人~何千人規模の美女たちが、お声のかかる日までひたすら待機していた時代。楊貴妃のように、一人の女性にばかりご指名が続くと、その他大勢は待ちぼうけとなってしまいます。当然、性欲が溜まりますよね。その性欲を発散すべく使われていたのが張形だったというわけです。

    江戸時代、大奥にて重宝された「肥後ずいき」

日本でも江戸時代、肥後(現在の熊本県)細川家が、参勤交代の際にお土産として持参した肥後ずいき(ハスイモの皮を編み上げて張形にしたもの)が、大奥にて重宝されます。大奥には、将軍の正室・側室のほか、何千人もの女中たちが暮らしていました。男子禁制の大奥における肥後ずいきの存在は、そこに暮らす女性たちにとっての心のよりどころだったのかもしれませんね。

また、江戸時代には、日本初のアダルトショップ・四ツ目屋がオープン。庶民もバイブに親しむようになりました。現代のようにシリコン・医療用エラストマー・ゲルトーマなどの素材はモチロン存在せず、木製や陶器製のものが一般的でした。「四ツ目屋は得意の顔は知らぬ也」という川柳にあるように、店内は顔がわからないほど薄暗かったとのこと。灯りの下で堂々と購入するのは恥ずかしいものですから、店側の配慮だったのでしょう。

    現代では「アダルトグッズ」ではなく「ジョークグッズ」として

明治・大正になると、バイブは風紀を乱すとの理由から取り締まりの対象に。そして、1948年の薬事法改正からは、すべての衛生用具は厚生大臣の認可が必要になりました。バイブも「人間の身体に使用するもの」ということになりますが、快楽目的のバイブに対して国からの許可をもらうのは、製造元にとっては至難の業! そこで、先っぽの部分にコケシのような顔を掘るなどして、「これはバイブではなく、人形のカタチをしたジョークグッズですよ」という建前で販売することになったのです。いやはや、苦肉の策ですね。

1970年代に発売され、バイブブームの火付け役となった日本発の電動バイブ「熊ん子」も、箱には大きく「民芸郷土人形」と明記されており、全体の雰囲気も民族調。いかにもお土産チックな外観です。

もし今後、バイブに触れる機会があったら、先っぽ部分をじっくり観察してみてください。ひと昔前のような仰々しいコケシフェイスのバイブは少なくなってきましたが、うっすらと目や鼻が刻まれているはずですよ。

菊池 美佳子