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2014/07/31
表紙に女性のからだ…科学誌に抗議殺到

写真元 http://www.sciencemag.org/content/345/6193.cover-expansion

昨年、女性型ロボットが家事をしているイラストを表紙にした『人工知能』という学会誌に女性蔑視との批判が相次いだことは記憶に新しい。(参考記事:女性型ロボットがお掃除 「人工知能」表紙イラストが”女性蔑視”と話題に

当時この問題をツイッターで拡散したとされるスプニツ子さんは「日本の性差別」の問題の大きさを指摘していたが、今度はアメリカ科学振興協会がやらかした。同協会が発行している『サイエンス』誌の表紙が、科学の世界から女性やマイノリティを排除するようなメッセージを持っていると批判を受けているのだ。

    科学の「男の子集団」と、顔を消された女性たち

問題の表紙は、ジャカルタでセックスワーカーとして働く3人の女性たちの写真である。3人ともタイトなドレスを着て、ハイヒールを履いている。また、手前の2人の顔はトリミングされ、奥の女性の顔は学会誌タイトル『Science』の「S」で一部隠されている。米国下院議員ジャッキー・スピアーはこれを「首から上のない、性的に強調された有色人種女性の利用」であるとし、同協会に抗議の手紙を書いた。

体だけ、あるいは女性性だけに注目され、同じ人間として扱われないという経験は、多くの女性にとって珍しいものではない。コンビニの雑誌売り場や電車の吊り広告から、歴史的な絵画にいたるまで、「女は見られる側、男は見る側」という刷り込みは私たちの生活に深く根付いている。女性のライフスタイルが多様化した今でもミスコンを開催したがる男子大学生は後を絶たないし、「男はナチュラルメイクの方が好きだよ」と要らないアドバイスをしてくる男がうようよいる。

今年「私を見ているときのあなたの顔を見て」という歌詞のBGMが流れるインドの動画が話題を呼んだ(参考記事:女性の身体をジロジロ見ていた男性が、急に目を逸らしたワケは? 「不快な視線」を啓発する動画広告が話題に)が、女性を見る男性が鏡に映る自分の顔を見て目をそらすのは、単に自分の表情がまぬけだからではない。鏡に自分の顔が映った瞬間、「女は見られる側、男は見る側」という非対称な男女関係が崩れ、自分自身もまた人に見られているということに直面させられるからだ。

『サイエンス』誌の表紙に写った3人のセックスワーカーは、読者に見られる体だけを残され、読者に向けて見返す目線を奪われている。女とは、見られる身体、目線の対象であり、見る主体ではないという女性蔑視的な考え方にぴったり合致している。更に今回はジャカルタのセックスワーカーという、これまた西洋の白人にとってはエキゾチックな珍しい観察対象とされがちな人々であることから、人種差別的な考え方とも親和性が高い。

スピアー下院議員は、米国で最も権威ある科学誌の表紙にこの画像を使うことは「未だに女性やマイノリティを科学の『男の子集団』のメンバーとして認めない」というメッセージを発することだと指摘し、実際に科学の現場で起きているセクハラがどれだけ女性を科学から追いやっているか統計を引きながら説明している。

    トランスジェンダーへの反応は「興味深い」か?

更にスピアー下院議員は、この表紙について語った同誌編集者であるジム・オースティンのツイートについても、大きな問題を孕んでいると指摘する。オースティンは「浮かれた男たちが本当のことを知ったらどう感じるのか、興味深いな」というツイートをしていた。これは、表紙の3人がトランスジェンダー女性(医者や周囲が出生時に男児として振り分けたが本人のアイデンティティは女性である人たち)であることを踏まえた発言だ。

この発言がどうして問題なのか、スピアー下院議員は、“trans panic defense”(トランス・パニック弁護)を引き合いに出して説明している。トランス・パニック弁護とは、「相手がトランスジェンダーだったことが分かってびっくりしてやってしまったんだ」と、トランスジェンダーに暴行を働いたり殺害した人が言い訳する論理のことだ。トランスジェンダーなんていうおぞましいものを見たらパニックになるだろうという、きわめて差別的な認識が世の中にあるからこそ、この論理が一定の効果を持っているのだ。

オースティンという編集者は「興味深い」と思うらしいが、女性だと思った相手がトランスジェンダー女性であることを知った男がどう反応するかというのは、トランスジェンダーにとって生死を分けるような問題であり、スピアー下院議員は「表紙の選択として『興味深い』からこれにしたのであれば、トランスジェンダーの人々が暴力のターゲットになりやすいという背景を考えれば、きわめてひどい動機である」と批判している。

    「意図はなかった」というお決まりの言い訳

スピアー下院議員からのみならず、今回の件で同協会は数多くの批判を受けた。そしてオースティンはこのツイートを削除し、同誌編集長マルシア・マクナットは謝罪文を発表している。しかしそれは「不快な思いをされた方々に申し訳ない」「差別的意図はなかった」というお決まりの文句であり、『人工知能』編集委員会の発表した釈明文と何も変わらない。

確かに、今の時代に学問を生業としている人たちが、女性差別やトランスジェンダー差別、人種差別を意図しているとは考えにくい。しかし、いったん写真家や出版社などの作り手の手を離れたら、それはもう意図とは関係なく社会的影響を持ってしまう。

「意図はなかった」と釈明する前に、「女は見られる側、男は見る側」「女性がトランスジェンダー女性だと分かったらびっくりして当然だ」「珍しい東南アジア人をアメリカ人がジロジロ見て何が悪い」という無意識の刷り込みが自分にあったのではないか、と自問し、そして自らが選んだ表紙画像が社会のそういった無意識の差別を更に維持し、強化してしまった可能性について、考えるべきだろう。

マサキチトセ