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2013/11/15

虐待を疑われて苦しむ母親たち

厚労省によると、昨年度、全国の児童相談所が対応した児童虐待の件数は6万6807件。調査を開始した90年以来、過去最高となった。その背景には、平成12年に施行された児童虐待防止法により、虐待の問題性が周知されたこともあるだろう。同法では、虐待を疑うケースを見つけた者は、すみやかに自治体の福祉事務所か児童相談所に通告することが義務付けられている。子どもの心身の成長に大きく影響し、時には命にかかわる虐待を早期発見することは、それくらい重要なのだ。

児童虐待を疑われて通報され、苦しむ母親たち

とはいえ、子どもが大声で泣いて、わがままを言ったりするのを親が大声で叱るのは、どの家庭でもよくみられること。虐待なのか躾(しつけ)なのか、外から判断するのはとても難しい。結果として虐待ではなかったという場合もある。

「出産後、別の病気で入院したのですが、母親がいない寂しさから上の子が暴れだすようになりました。壁に頭をガンガンぶつけたりするので、マンションの住人が通報したようです。児童相談所の方が来られ、家の中をジロジロ見られて傷つきました」
「学習障害の疑いがある長男に毎晩、大きな声で勉強を教えていたら、児童相談所の人が来た。私も厳しすぎたかもしれないけど、虐待のつもりはなくショックを受けました」
これらは、母親たちがネット上に書き込んだ悩みの一例だ。

通報はあいまいな情報が多く、嫌がらせのケースも

このような問題はなぜ、起きるのか。児童相談所の職員によれば、近隣からの通報は特に、曖昧だったり情報が不足したりしているケースが多いという。マンションなど集合住宅の場合、そもそも「虐待が疑われるのがどこの誰なのか」、特定すら難しいことも多い。

たとえば、「マンションの3階あたりで3歳くらいの子が泣いている声がする」という通報があった場合。児童相談所は、その階に住む3歳前後の子どものいる世帯を全て調査せざるをえない。結果的に全く関係のない世帯も調査してしまうことになる。また中には、嫌がらせで通報する人もいる。疑われた保護者の精神的苦痛は大きい。

“誤報”は虐待を発見するために必要なもの?!

これらの通報を、児童相談所など通告を受ける機関が“誤報”と呼ぶことはない。通報の結果、虐待でなかったケースでも「“誤報”だった」とは言わないのだ。
なぜか? 児童相談所では、すべての通報を「支援が必要な家庭を発見するために必要なもの」と捉えているからだ。そもそも子どもを叱る行為と虐待との線引きは難しく、「あれは虐待です」と自信をもって連絡してくる人のほうが少ない。少しでも疑いがあれば、児童相談所は調査する必要がある。

長年、児童相談所で働いてきた職員は語る。
「通報の中には、実際に虐待があったり、支援を必要とする家庭があるわけで、それを発見できることが大切なのです。その通報がきっかけで救われる家庭や子どもがいるのです」

“誤報”という言葉には、「誤った通報はよくない」というニュアンスがある。「虐待かな?でも間違っていたら悪いからやめておこう」と、通報をためらう人が増えてしまうことのほうが問題なのだ。ゆえに、児童相談所では“誤報”という言葉を使わない。

通報した人に「虐待はなかった」事実が知らされないワケ

調査の結果、虐待の事実がなかった場合、その家庭のフォローはどうするのか? 職員によれば、「心配なことがなくてよかったです」と丁寧に、できるだけ保護者に負担をかけないよう対応するという。もちろん、中にはショックから「誰がそんなことを通報したのか?」と怒る保護者もいる。この問題には、職員も苦労するそうだ。「ご近所さんに虐待ではなかったと伝えて欲しい」と依頼する人もいる。だが、それはできない。もし調査結果を第三者に報告していいとなれば、家庭の内部情報が際限なく漏れ出てしまうからだ。それこそ、家庭の事情を知りたいがための悪質な通報が増えかねない。通報の内容は誰にも知られないよう、しっかりと法律で守られている。そう前向きに捉えることもできる。

「ご近所さんの関心」は母親にとって必要なもの

それでも、虐待を疑われれば、傷ついてしまう母親は多い。そうした家庭をどうフォローするかは、児童相談所の課題だ。だが、「通報」を含めた「ご近所さんの関心」は、育児中の家庭を孤立させないために必要なものでもある。虐待は専門機関だけで救えるものではない。「子どもを殺してしまいそうと悩んでいた自分が救われたきっかけは、専門機関のダイヤルではなく、ひどい親だと言われていると思い込んでいたお隣さんがドアをノックし、『息抜きにどうぞ』と甘いお菓子をもって来てくれたことだった」と言う母親もいる。

理想は、児童相談所への通報を「保護者を責めるもの」と捉えるのではなく、「ご近所さんの関心」として受け入れられる地域社会。大事なのは、通報する側・される側、双方の心理的負担を極力減らすことだ。仮に虐待でなかったとしても、育児の悩みを抱えた保護者を支援し、その結果、1人でも多くの子どもを救える可能性が広がるのだから。

北条かや