もしあの女性(ひと)がオフィスにいたら…? 第7回

壇蜜型女子がオフィスにいたら…「セクシー」という鎧は彼女の何を守っているのか

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壇蜜型女子がオフィスにいたら…「セクシー」という鎧は彼女の何を守っているのか

「自分にもっと色気があれば……」との思い、多くの女性がちらっとでも抱いた経験があるだろう。しかし過剰過ぎる色気は、それはそれで異様なものだ。それを逆手にとって強烈な個性に転じ、成功したのが「壇蜜」という人ではないだろうか。

故・飯島愛がまだテレビに出始めの頃、「君っていったい何なの、女優なの、それともタレントなの?」と共演者に聞かれ、「私は企画モノです」と鮮やかに聡明な答えを返していたのが記憶に残っている。その頃の飯島愛はAV界から地上波へとやって来て、男には好奇の視線のみで眺め回され、女には「下品」と断じられる存在だった。その後の彼女の活躍と女子からの絶大な支持のみを知る世代には、飯島愛がAV出身だということを意識しない人も多いかもしれない。

そして壇蜜が、まさに彗星のようにテレビ界へ現れた。AV出身でも女優出身でもない、30過ぎの「グラビアタレント」は黒く艶やかな髪を肩に垂らし、漆黒のタイトドレスから白く透き通るような腕と脚を伸ばし、その胸元もうなじも、下から覗き込む真っ黒に潤んだ瞳も、見る者の視線を釘付けにした。

しかし、メディア露出が増えるほど気づかされることがあった。「ああ、彼女のセクシーはキャラなのだ」。そう強く感じずにいられなかったのは、彼女が機械的に繰り返すセクシーっぽい受け答えの棒読みっぷりと、とっさに繰り出される機転のきいたコメントから垣間見える知性、そして何よりもフツーの私たちと同じ、彼女の短い膝下が伝える庶民っぽさのせいだ。

セクシーキャラというコスプレを引き受ける女

……ある日、独身アラサー編集のY子は渋い顔で言うのでした。「河崎さん、ドラマ『ウチの夫は仕事ができない』(日本テレビ系)ってご覧になってます? 私、壇蜜さんが気になるんですけど…」

「何をやっても壇蜜」

Y子:彼女が演じている黒川晶という人物は、男勝りな「デキる女上司」という設定なんです。「お前」とか「じゃねーよ」とかって乱暴な言い回しも出てくるんですけど、壇蜜さんが演じているからか違和感が半端ないんですよね。消えてないんですよ。壇蜜が。

私:ドラマでは別のイメージにも挑戦しているけれども、決してうまくいっていない……ということですね。これまでの彼女は、鮮烈なデビュー以来、淡々とセクシーキャラを継続してきましたよね。もしああいうキャラの人が身近に実在して、24時間あの調子でやられたら、ちょっとメンドくさいでしょうねぇ。お互いへとへとになりそう(笑)

Y子:つかみどころがなくて、底知れない不安を感じそうです。冷静沈着なイメージですけれど、長い下積み時代に悔しい思いもたくさんしただろうし。本質はアグレッシブなのかな、とも感じますし。何を聞いても本心は違うんだろうなって。

私:あの色気を見ると、ゴッツい鎧(よろい)だな〜という感じはしますねぇ。最近は文筆業を始めたり、地味な日常や深海・熱帯魚マニアぶりが知られるようになって、知的なイメージに女性の支持も高まっていますよね。でも結局世の中が彼女に対して根強く持つ需要は依然として「セクシー」だからこそ、彼女をフィーチャーした宮城県のPR動画もああいうこと(炎上)になったわけで、本人も苦しいところでしょうね。

Y子:鎧、まさにそうですよね。ああいうセクシー鎧に限らず、最近やたらとセルフブランディングの結果としての鎧を被った人、いますよね……疲れないのかな?

私:そういう「セルフブランディング」の人の鎧は世の中で生きて行くための鎧ですから。それに、かえってそれがなきゃ外に出られないのかもしれないですよ。いいんですよ、鎧かぶってたって。でも鎧って堅牢すぎるんです。自分の身を守っているつもりが、その実、自分が囚われてしまって出られない「檻」でもあるのでね。

壇蜜さんのデビュー初期のインタビューなどで印象的だったのは、「自分は本当はそういう人間じゃない、世間の需要に応えたコスプレなんだ、それを自分は淡々とやっていくだけなんだ」という発言。当時の彼女は自分の自由を奪っていた旧・壇蜜ブランドの檻と格闘していたんですよね。いま、壇蜜さんは「色気は着脱式である」って言っています。つまり彼女は着脱できるようになったんですよ、鎧を。

Y子:堅牢な鎧は檻でもある、かぁ……。

鎧を着せられているのはアラサー世代も同じ

セルフブランディング、という言葉が出始めたのは、今のアラサー世代が就職活動に立ち向かおうとする頃。「自分の強みを知りなさい」「それを伸ばしなさい」「なりたい自分を描きなさい」と叩き込むそれは、この先の世界はどう考えても先細りだと感づいた大人たちが若者を人材というよりは実のところ“兵士”に見たて、「お前が社会に出て闘うための鎧をカスタマイズし、戦闘準備せよ」と命じた“司令”だった。

それでなくとも物心つくころにバブルが弾け、無垢なはずの小学校時代に宮崎勤事件や地下鉄サリン事件や阪神大震災を見て、酒鬼薔薇聖斗は同世代。就職活動はリーマンショックで真っ暗に閉ざされ、ようやく社会に出たと思ったら東日本大震災が起きて、また風景が根元から崩折れていく。ショック刺激と、それを克服して懸命に自分なりの何かを作ろうと努力するプロセスの繰り返し。砂山を作ってはザーッと崩れ、崩れてはまた砂を集め……と、いまのアラサーが置かれてきた状況は、他の世代から見ると過酷としか言いようがない。

「セーラームーンのせいで、私たちは幸せになれない」とポツリ漏らしたアラサー女子がいる。「私たちはセーラームーン世代なんです。15歳の女子中学生がミニスカをヒラヒラさせたやけにセクシーなコスチュームで闘い、地球のためにボロボロになる、そういうアニメに憧れて育ったんですよ」。可愛くセクシーに装ったその姿さえもが戦闘服なのであるという、アラサー世代を象徴するような言葉だった。

壇蜜さんのあり方は、実はむしろフェミニズム的なのではないかと思ったことがある。彼女自身が「『壇蜜』とは世間の需要に応えたコスプレ」「色気は着脱式なんです」と語っているように、色気なるものを実にクールに利用していて、自分が女であることを受け入れ、しかも女であることに操られず、主体的に能動的に「おんな」であろうとしている。色気どころか「おんな」であることさえも着脱している。

だからひょっとして、「壇蜜」とはある種、セーラー服の戦闘服の進化系なのかもしれない。そして、鎧を鎧として自由に脱ぎ着できない私たちは、壇蜜にある種の羨望を覚えるのだ。

ある番組で、壇蜜さんが「デビュー当時は“危険な案件”だと言われた」と苦笑いしながら頭を抱えて見せるシーンがあった。どんなに強固な鎧に身を包んでいても、誰しも迷いは抱えているもの。職場の壇蜜的存在には、その鎧のインパクトにだけとらわれ気圧されてしまうのでなく、「鎧の理由」にも思いを至らせてみるといいかもしれない。鎧の下にこそ、生身の彼女がいるのだから。

(河崎 環)

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