もしあの女性(ひと)がオフィスにいたら…? 第5回

64歳の初婚でも…「一風変わった選択」も祝福される阿川佐和子型人材とは

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64歳の初婚でも…「一風変わった選択」も祝福される阿川佐和子型人材とは

「もしあの女性がオフィスにいたら?」
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「今日も暑いですねぇ……。そういえば今週末はどこかの川っぺりで花火大会ですよ。ま、もちろん私は通常運転で仕事ですけどね」。夏のある日、独身アラサー編集Y子がアイスコーヒーを啜りながら自嘲気味に言いました。

「河崎さん、国民的独身だった阿川佐和子さんとテレビ番組でご一緒されたんですよね。その日、阿川さんの入籍が公表された日だって聞きました」。

「おお、そうなんですよ。週刊◯春に入籍報道が出る前日で、公式に発表されたんですよね。ご著書にサインいただいたんですが、その日付がいわば入籍報道記念日ですよ」と、私はちょっと胸を張って答えます。

「河崎さん、アタシこのまま独身で定年迎えるんでしょうか」

Y子:お父さんもお兄さんも作家で、ご自身も大人気作家・エッセイストで、有名雑誌にたくさんの連載とテレビのレギュラーもお持ちという、女性文化人の中でも安定的な憧れの立ち位置にいらっしゃって。何よりも、才色兼備なのにそれを鼻にかけず、結婚しそうでしない、永遠のおじさんたちのアイドルだと思われていましたよね。自立した女性で、ずっと飄々(ひょうひょう)と独身を貫くと思っていた阿川さんでさえも、還暦を過ぎてとうとう入籍かぁ……。

私:長い間、年上の大学教授と事実婚状態でいらっしゃったんですよ。でも阿川さんがおっしゃるには、入籍という形で法律に守られないと、老年期以降の介護や入院にいろいろと面倒があって、厄介だからいっそ入籍したのよ、なんてお話でした。

Y子:ああ、救急搬送されたとき、入院室には家族しか入れない、なんて言いますよね。そうかぁ、やっぱり最後は国が認めた結婚の形が最強なんですかねぇ……。

私:だってY子さん、64と言ったら定年後ですよ? 定年後の自分の人生って考えたことあります?

Y子:て、定年……?(絶句)アラサー女子は、いま足元のことで精一杯ですよ! 35だって40だって見えてませんよ!

私:でしょう。43の私だって定年なんか想像もしてませんでしたよ。でも、最近『定年女子』なんてNHKのドラマも話題になって、女子が働く姿が当然となったいま、いずれその女子たちだって大量に定年する事実が突きつけられたんです。阿川佐和子さんのような戦後の先進的な働く女性たちが、第2の人生を歩み始めているんですよ。

「もしあの女性(ひと)がオフィスにいたら…?」第5回。今回妄想するのは、”あの”阿川佐和子さんです。

誰もが彼女の「一風変わった人生」を祝福するわけ

編集Y子が切ながるように、国民的独身才女として知られた阿川さんの生き様が、同じように働きながら独身を貫く女性たちに与えていた勇気には大きなものがあったに違いありません。「自立」の何たるかを肩肘張らず柔和に体現してみせた阿川さん。しかし時折茶目っ気たっぷりにピリッとスパイスを効かせた語り口で、愛のある人間洞察の鋭さにも定評があります。

そんな阿川さんがオフィスにいるとしたら、もちろん男女雇用機会均等法やバブルなどの遥か前から仕事を続けてきたような、働く女性の先駆け世代。きっと大企業の女性役員第1号などとして社外でも世間一般でも有名な才女でしょう。

その彼女が、定年を迎えてキャリアをスローダウンし、周りにはあまり積極的に知らせてこなかった私生活を暮らしの主軸に据えて、とうとう入籍した。確かに、周囲は「えっ、あの人が!?」と仰天しますよね。でも不思議と、それを聞いた誰もが祝福する素晴らしい結婚の形でもあるのは、やはり阿川さんのこれまでの実績と、何よりも万人に好かれる、嫌味やてらいがなくて真の育ちの良さを感じさせる人徳ゆえかと思います。

きっと、企業トップから若手社員に至るまで、全社挙げての祝福が彼女に贈られるでしょう。それって、なかなかないことだとは思いませんか? 業界や組織に生きて長いキャリアを送っていれば、普通は何かしら敵やわだかまりを生むものです。誰もが彼女の入籍を純粋に喜ぶのは、それは実のところみんなが彼女の頑張りと才能のファンだったからです。

自由に身軽に生きていたい、でも寂しいのは困ります

仕事の楽しさにワクワクして没頭するうち、周りに時折起こる私生活の様々な予感は泡のように弾けて消えていく。意図的に弾けさせるものもあり、本当は大事にしたかったのに不意に弾けてしまうものもありますよね。聡明で美しい阿川さんの「女子」としての人生には、さぞかしロマンティックな泡がいくつもいくつも生まれたことと思いますが、彼女の創作人生の前には純粋に「縁がなかった」のかもしれません。

阿川さんよりも下の世代である私たちには、私たちなりに文句を言いつつも時代が許してくれたさまざまな選択肢があります。そうやって比較的「恵まれた」立場から、私たちはこう思って生きてきましたよね。「できれば、自由に身軽に生きていたい」。でも、「晩年になって独りで寂しいのは困る」。

実感がどうであれ、ひとは一人で生きているのではありませんから、職業人として、自分の人生を軌道修正したり仕切り直したりできるタイミングは、大小様々やってきます。そのタイミングがやってきたのに気づく「感性」、そして、ちょっと立ち止まって考えてみる「余裕」、さらに、もし必要とあらば自分の予感に乗ってみる「勇気」が、働き女子にはあるといいですね。阿川さんが64歳で迎えた大きな転換は、来るべくしてきたタイミングに阿川さん側の様々な要素がカチカチとパズルのようにして合ったのではないでしょうか。

「64歳になっても、幸せな結婚ができるんだ」。日本を代表する才女が私たちに見せてくれた穏やかな人生の選択に、私たちは幸福や勇気のおすそ分けをしてもらったのだと思います。

(河崎 環)

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あの女性(ひと)なら、頭の固い上司にガツンと言ってくれたり、優しく悩み相談に乗ってくれたり、時にはライバルとして切磋琢磨しあったりするのかも。ワクワクするような想像を、コラムニストの河崎環さんが鋭い視点で分析していく連載エッセイ。

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