「子ども欲しい病」が治った今、思うこと…女の願望に折り合いはつくの?

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「子ども欲しい病」が治った今、思うこと…女の願望に折り合いはつくの?

「産むも人生、産まないも人生」
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34歳で「子どもがほしい病」に陥り、40歳で不妊治療をやめ、現在45歳となったコラムニストでイラストレーターの吉田潮(よしだ・うしお)さん。

今年2月に掲載して大きな反響のあったコラムをきっかけに、今回新たに連載がスタートすることになりました。「産まない人生」を選択した吉田さんが、「オンナの欲望」に振り回されっぱなしだったという30代を振り返りながら、今思うこととは?

掲載は週1回(木曜日)を予定しています。お楽しみに!

夫はいらない、子供だけ欲しい女たち

最近、独身の女友達と飲んでいると、よく聞く文言がある。

「彼氏も夫もいらないけど、子供だけ欲し~い」

ちょっと前までは、「いつかは欲しいが今じゃない」だったのに。男の価値、急落したな。

子供だけ欲しいとはどういう気持ちなのか、どんな深層心理なのか、私にはわからない。シングルマザーで大変な思いをしている人も知っているので、とてもそんな気になれない。そもそも妊娠するかどうか、無事に出産できるかどうかすらわからないし、育てるところまで考えが及ぶはずもない。

でも、そんなもんだ。妊娠・出産、そして子育ては、未知の世界なのだから。最初っからこういうものだとわかっている人なんて、いないよな。

そんな中、私の友人でさらに一歩進んでみた女がいる。彼女には長年大好きな男がいるのだが、アプローチはしていない。同じ職種で話も合うが、親友止まり。もはやソウルメイトだ。彼は非常にモテる男で、女に困ってはいないが、結婚願望もまったくない。「一生独身を貫く」と宣言しているそうだ。

彼女は思い切ってメールで聞いてみた。

「結婚とか認知とかそういうのは一切いらないので、精子だけいただけませんか?」

子種だけ欲しいと懇願してみたのだ。彼には大爆笑されて、断られたという。よく言えば、度胸のある女。悪く言えば、デリカシーのない女。でも欲望の形がわかりやすくて、遠回りするよりはいい。断られたが、今でも仲良し、ソウルメイトのままだそう。

惚れた相手をつなぎとめたい

なぜ彼女は子供を欲しいと思ったのか。私と同じように、決して子供を好きなタイプではない。むしろ厳しい。傍若無人に走り回ってるガキには大きな舌打ちをする女だ。私が全方位外交で善人ヅラしている横で、彼女は「親が悪い!」と眉間にシワを寄せる。ある意味、まっとうな子供嫌いである。

彼女の場合、実家の苗字を名乗るのは自分が最後になるという感覚があったようだ。年老いた親に孫の顔を見せてやりたい、などもあったのかもしれない。ただし、真意をただせば、子供が欲しいのではなく、「彼の子供」が欲しかったのだと思う。

これ、私にも心当たりがある。心底惚れた相手の子供が欲しいと思ったことがあるからだ。吐露するならば、「惚れた相手をつなぎとめたい」のである。男をつなぎとめるボンドとして子供は最強じゃないかと思っていたのだろう。

でも、出産後は男の価値が大暴落するらしい。赤子の一挙手一投足に必死な女からすれば、何の役にも立たない夫は「不要」なのだという。ドヤ顔でイクメン気取りされても、ツメが甘かったり、後始末が大変だったりして、結局は手間を増やすだけなのだとか。「夫、邪魔。ホントどっか行っててほしい」という声は結構な確率で聞いてきた。

「この男の子供が欲しい」というのは、ロマンティストのたわごとなのかもしれない。

無関心ではなく不干渉の親

「孫の顔が見たい」という言葉は巷でよく聞く。私は言われたことがない。私の母は「勉強しろ」「仕事しろ」「結婚しろ」などと一切言わない人だった。おそらく、言われる前に私が自分からとっとと決めてきたからだ。そもそも、進学、就職、結婚、離婚は親が決めることじゃないし。「失敗しないように」口を出す親ではなく、「失敗してもあんたの人生、私には関係ない」というスタンスを貫いた親だった。

あまりの無関心に、一抹の寂しさを感じないでもない。でも、母は無関心ではなく、不干渉なのだ。これは大きな差がある。今思うと、本当にありがたい。

おそらく父も子供が苦手だ。もう今となっては認知症が進み、恍惚とする時間が長くなってきたのだが、過去に子供だの孫だのの話をしたことは一度もない。考えてみたら、私の親はどちらも不干渉の人だった。だから、「そろそろ孫の顔が見たい」という言葉は我が家の辞書にはない。

さて。自分の家がそんな具合だから、他の家の常識やスタンス、文化が珍妙に感じることもある(いや、珍妙なのは我が家なのだけれど)。子孫繁栄が当たり前の責務というご家庭では、女たちが結婚や出産を強いられる。女だけじゃないか、男もか。

本人は仕事が楽しくて幸せで、充実した毎日を送っているのに、親族郎党からは「欠損感」や「不全感」を押し付けられるという。特に、自分の兄弟姉妹が子孫繁栄に成功した生活を送っていると、比べられてしまうのだとか。「誰かが繁栄してくれているんだったら別にいいじゃん」と思うんだけど。世の中には珍妙で無駄なプレッシャーが多すぎる。

初めて聞いた「内孫・外孫」の概念

あるとき、義母が「うちは外孫はいるけど、内孫がいないから」と言っていたらしい。

義母の名誉のために言っておくが、別に、いびられたとか、責められたとか、そういうことではない。単純に「嫁いだ娘たちは子供を産んだが(外孫)、息子には子供がいない(内孫)」という現状を言っただけである。

恥ずかしながら、私はそのとき初めて知った。内孫・外孫という概念を。孫はみな一緒じゃないのか、内とか外があるんだ……。例のごとく、珍妙なスタンスと文化の家庭に育った私は、軽くショックを受けた。孫が6人いても、息子の子供、つまり直系がひとりもいないことを憂うのか。家を、というか、苗字を継ぐ人がいないことはそんなに由々しき問題なのか。これが、時代劇でよく見る「お家断絶の危機」ってやつか!

実際は、娘の子供のほうが親近感がわくんじゃないのかな、と思ったりもする。息子の子供は他人腹、なんてよく聞くし。それでも娘は他家に嫁いだから「外孫」なわけだ。商売をやっている家は、やはりまだまだそういう概念があるんだなあと感心した。いや、感心している場合じゃなかったんだけどさ。

継承できずに申し訳ない、と思う気持ちもゼロではない。できないものはしょうがない。いろいろと手を尽くしてみたものの、できなかったのだから、胸を張るしかない。それよりも夫と幸せに生きることのほうが大切だ。そう思うようにしている。

私の実家のほうも、父は一人っ子。私は二人姉妹で、姉は離婚して子供もいない。おお、まさにお家断絶じゃないか。いずれ無縁墓になるので、姉は墓じまいも想定している。もうそういう段階に突入している。

最近ショボくなってきた生理

というのが、現在の私だ。45歳にもなると、おそらく人生の折り返し地点は過ぎている。肉体的には更年期に突入する時期で、生理もなんだかグズグズし始めている。

若い頃はとんでもない大量の出血と痛みが真夏の夜空に上がる花火のようにドカーンときたものだが、最近はショボイ。スタートがショボイのである。そして気が付くとドッと出血し、あっという間に終わるようになった。周期も乱れてきた。28日周期だったのが、24日周期だったり、20日周期になったり、と不安定になりつつある。

13歳で初潮を迎えたから、32年間子供を産むこともなく、無駄に出血してきたのかと思うと、自分の体に舌打ちしたい気分ではある。でも、すこぶる健康だ。何はともあれ健康で、飯がうまいし、生きている。そして、子供を産んでなくても、女である。死ぬまで女である。

30代のときは、女としての自分の欲望に折り合いをつけるのがうまくいかず、悩んだこともあった。迷走した時期もあった。都合の悪いことは忘れるタチなので、やや記憶がなくなりかけてはいるのだが、少しずつ掘り起こしていきたいと思う。

(吉田潮)

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34歳で「子どもを産みたい病」に罹り、40歳で不妊治療をやめ、現在45歳となったコラムニストの吉田潮さんが、「産みたい」というオンナの欲望と折り合いをつけていく様子を綴る。

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