「辞める。」 episode5

私が“フリーランス秘書”になった理由「女性の働き方の選択肢を示せたら…」

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私が“フリーランス秘書”になった理由「女性の働き方の選択肢を示せたら…」

「辞める。」
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秘書のように、女性起業家や経営者のスケジュール管理やメール対応などのサポート業務を行う、PA(パーソナルアシスタント)として活動している小林菜穂美(こばやし・なおみ)さん(37)。

日本ではまだあまりなじみのない、「フリーランスの秘書」というキャリアを始める前には、3回の「辞める。」がありました。小林さんが現在の仕事にたどり着くまでのお話を聞きました。

<小林さんの「辞める。」ヒストリー>

20歳 アパレル企業に新卒入社
22歳 アパレル企業を退職。ワーキングホリデーへ
25歳 派遣社員としてコンシェルジュに。契約満了で退職
27歳 派遣社員として外資系のレンタルオフィスに勤務。のちに正社員となる
31歳 レンタルオフィスを退職。
33歳 パーソナルアシスタントとして活動を開始する

「とりあえず就職」したけれど…

PAとして活動している小林菜穂美さん

PAとして活動している小林菜穂美さん

短大を卒業後、人と接する仕事が好きだという思いから、学生時代にアルバイトをしていたアパレル企業に就職したという小林さん。しかし、幼なじみの親友が就職せずに卒業した学科とは全く違う世界の専門学校に進学するのを目の当たりにし、「本当にやりたかったこと」を考えるようになったといいます。

「夢に向かってまっすぐ進む彼女を見ていたら、うらやましくて。とりあえず就職したけれど、これは本当に自分がやりたいことなのかって、ふと我に返ったんです」

小さいころから英語が好きだったという小林さん。「私は海外に行きたい」と長年の思いが抑えきれなくなった小林さんは1年経たずにアパレル企業を退職。ワーキングホリデー制度を利用して、オーストラリアとイギリスにそれぞれ1年ずつ滞在しました。

「めいっぱい遊んで、働いて、憧れの海外の生活に200%満足して帰国しました。イギリスではなかなか就労先が見つからなくてどん底にいる気分になりましたが、人との出会いに救われたりもした。不安になっても仕方がない。とにかくやってみようと度胸がつきました」

レセプション業務に就いた理由

帰国後は、大手マンションのレジデンス受付を経て、外資系レンタルオフィスのレセプション業務に携わることになった小林さん。26歳でした。受付業務についた理由は?

「『なぜ?』と聞かれると自分でもわからないんですが、人と接するのが好きというのが根底にあるんだと思います。もともと机の前にずっといるより、カウンター越しでもお客さまと接しているほうが好きで。

受付と言うと座ってニコニコしているイメージがあるかもしれませんが、そこはちょっと特殊で、とにかく体力勝負。来客や電話の応対やインターネット環境の対応、契約関係、備品の搬入など、やることが膨大で、終電を逃してタクシーで帰宅する日もたびたびありました」

多忙な日々の中でも、持ち前の濃やかな気配りと、海外生活で得た動じない姿勢が評価され、300人を超えるコンシェルジュのうち、日本人初の「アジア・オセアニア地区 年間最優秀スタッフ」に選出。同時にセンターマネージャーに昇格します。

20代後半は、階段を一段一段上るように確実にキャリアを積み上げていった小林さんですが、当時を「上り詰めたというか頑張って仕事をしていたんですけれど、正直きつかったですね」と振り返ります。

「子どもを産める」という選択肢を得て…

頭で感じていた「きつい」という“事実”は体にも表れはじめました。

「3年くらい前から薄々気づいていた子宮筋腫が大きくなっていたんです。一応、半年ごとに検診は受けて、だましだましやりながら仕事を頑張っちゃって……」

「仕事に穴を開けられない」と完璧主義な自分を曲げられず、がむしゃらに仕事を頑張った結果、起き上がれなくなるほどに腫瘍が悪化してしまいます。

「結局、手術を受けることになりました。それまでは医師に『子どもは作っちゃダメ』と言われていたんですが、手術によって“子どもを産める”という選択肢を得たときに、思ったのは働き方を変えたいということでした」

会社員を辞めるなら、手に職を。30代に突入したばかりの小林さんの頭をよぎったのは、“資格”でした。

増していく「これじゃない」感

資格を取ろうと決めた小林さんが目をつけたのはお母さんが赤ちゃんにマッサージを施すベビーマッサージ。「自分がママになった時にも使えるし、女性の役にも立てる」と、勉強をスタートし、マンツーマンで教えてくれる先生について、資格を取得しました。派遣社員をしながらダブルワークでベビーマッサージの教室を開きますが、そこで感じたのは「何かが違う」という違和感でした。

「なぜ私が教えるのか、自分でもわからなくなってしまったんです。例えば、指導後にお茶を飲んでいても、子どもの成長に関する悩みに答えられない。女性をサポートしたいという思いは間違いなくあるのに、これじゃないという思いが日に日に強くなりました。

あとは、ある日コーチングを受けてみたら、私はママさんに何かをしてあげるのではなくて、働くママさんを応援したいということに気づいたんです。ちょうど“ママ起業家”が増えてきたころでした」

ふと思いついた「起業家のコンシェルジュ」

自分の中で生じた違和感を無視することなく、一旦立ち止まって「自分はどんなことが好きなのか」「どんなことをしたいのか」について掘り返す日々の中で、小林さんがたどりついたのが「パーソナルアシスタント」という仕事でした。

「誰かのサポートをするコンシェルジュの仕事が好きだったことと、働く女性、特に起業家の女性をサポートしたいという思いが結びついたんです。起業家のコンシェルジュってどうなのかな?って」

「起業家の女性のお手伝いをしたい」という目指す方向が決まったものの、ネットで探しても「起業家のコンシェルジュ」という仕事は見つかりませんでした。

しかし、ある時ふとベビーマッサージの先生に「こういう仕事をしようと思っているんですけれど……」と相談したところ「ぜひやってほしい。実は問い合わせメールや予約に満足に対応できていないのがお客様に申し訳なくて……」という答えが返ってきました。

働く女性のニーズを感じた小林さんはまずはベビーマッサージの先生と契約をし、パーソナルアシスタントとしての一歩を踏み出しました。

「先生のお手伝いから始まって、メールの対応をしていたんですが、次第に「事務のサポートをしてくれる女性がいる」と私の仕事が口コミで広まっていきました。

ある時『弟子にしてください』という人が現れたんです。起業家は増えているし、子育てのために会社を辞めざるを得ない女性もいる。介護や夫の転職など、事務の仕事でキャリアを積んできても辞めなくてはいけない状況の女性もたくさんいる。そんな女性に対して一つの選択肢を示せたらと思い、2014年に独立してパーソナルアシスタントとして活動を始めました」

会社を辞めた後の選択肢の一つに

パーソナルアシスタントとして現在は5人のクライアントがいるという小林さんの業務はスケジュール調整、会場や出張の手配、イベントやセミナーの運営、会議に同席しての議事録作成、事務局業務、プランニング・進捗管理と多岐に渡ります。2013年からはパーソナルアシスタント養成講座も開始しました。

「今の仕事に対しての満足度は80%くらい」と笑顔を見せる小林さん。それでも「もっともっと頑張れる部分はあるんじゃないかなって思っています」と言います。

「自分の中の理念としているのがワークライフバランスと少子化対策と女性就業支援。産んだら仕事ができないと思って2人目を諦めている人を見ると、自分である程度仕事のスタイルが決められるパーソナルアシスタントという仕事を知ってもらえればと思います」

「辞める。」先に、一段上のステージが待っている

最後に、小林さんにとって「会社を辞める。」とは——。

「ステージアップの時期。自分の思いに正直にここまで走ってきました。向こう見ずに思えるような決断だって、それがつながって結果的に今の仕事の一部になっている。それぞれの経験が土台となって、前にいた場所より、一段高いところに押し上げてくれているんです」

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辞める。

辞めるのは決して逃げでも挫折でもない――。転職が珍しくない世の中になっているものの「辞める」というと、ネガティブなイメージもあることは事実。しかし「辞めた」ということは、新しい世界への一歩を踏み出したということ。一見、キラキラして見える人にも、必ず何かを辞めてきたヒストリーがあります。彼女たちが何を選択し、どんな道を歩んできたのかに迫ります。

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