精神科医・名越康文さんエッセイ 第9回

「恨み」は意外なところから生まれる。心当たりのない「恨み」の正体とは?

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「恨み」は意外なところから生まれる。心当たりのない「恨み」の正体とは?

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自分ではまったく気づかないうちに、誰かの恨みを買ってしまうことってありますよね?「何か、悪いことしたっけ?」心当たりを探しても見つからない。精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生によると、「恨み」は意外なところから生まれるのだそう。

名越先生が考える「恨み」の根源とは?

自分の親より財産のほうが大事?

「人間というものは、殺された父親のことは忘れても、奪われた財産のほうはいつまでも忘れない」マキアヴェリ

こんな言葉を紹介してもいいんでしょうか(笑)。中世イタリアの政治学の大家、ニッコロ・マキアヴェリの代表的な著作『君主論』からの一節ですが、大抵の人はぎょっとすると思います。

大切な父親を殺されたショックや怒りよりも、継時的に見ていったら、奪われた財産のほうをよりしつこく覚えているのが人間の本性だという――。

きっと反論する人がいっぱいいるでしょうね。だけど反論する人がいるからこそ、ある種、真実味を帯びる。「そんな愚劣ないこと、あるはずがない」と僕たちをあわてさせる極論のかたちで、倫理や道徳の奥にあるものを突いてくるわけ。

『君主論』は徹底した現実主義の見地から考察したリーダー論、政治力学の本なんですけど、非常にラジカルな内容で、そういう“暗部の人間知”がつまっているんです。

おそらくこれは、人間の「欲」の本質を考えると、真実中の真実だと思うんですよ。笑ってしまうほど恐ろしいことでね、もう、今回の話はみんな落ち込むよ(笑)。

所有していると思うから「恨み」が生まれる

要は「所有」という概念をめぐる問題なんです。

父親は「所有」していないけど、財産は「所有」している。そして「所有」しているものが、イコール「自分」だっていうこと。この、人間の闇ね。自分の父親が殺されたら、ひどくショックを受けたり、怒りを覚えたり、復讐を誓ったり、っていうようなことは、ある意味、当然の人間の心理と言えますよね。

たとえば日本でも、江戸時代までの武士社会では、殺された親族のために復讐を行う敵討(かたきうち)が制度として認められていました。近代、つまり明治以降、敵討は野蛮なものとして廃止され、私怨も司法の中で裁かれることになりましたが、人間の情念に照らし合わせれば、敵討というのは極めて自然な制度だったとも言えるはずです。

ただ「所有」の概念の強さで計ると、父親を「所有」している人はいない。父親は尊敬の対象であったり、愛情の対象であったり、あるいは葛藤の対象であったり。あくまでひとりの「他者」であって「自分」ではない。でも財産は「所有物」だから、より「自分」に近い。もし理不尽に奪われたら自分の一部を削り取られたような、凌辱されたような感覚になるんじゃないでしょうか。

だからこそ、いつまでも恨みを引きずってしまう。

貸した1000円が戻ってこない時のモヤモヤ

もちろん困っている人にお金をあげるとか、慈善団体に寄付するとか、自分で「所有物を手離す」という決断をした場合はまったく別ですよ。

でも、たとえば知人に「千円貸して」って不意に言われて、一応貸してあげたんだけど、相手はどうやら忘れている。まあ別に返してくれなくても、実質的なダメージなんてたかがしれたもんじゃないですか。だけどなんとなく……嫌な感じが抜けない。自分から「返して」って言い出したり、怒りをぶつけるほどの金額じゃないから、余計にね。軽い気持ちの部分だけど、でも、自分が汚されたような気分になる。

たったそれだけのことで、相手との人間関係にけっこう大きな亀裂が入りかねない。肝心な局面の時に「あの人は信用できない」とかね。

僕も30代くらいまではそうだったかも。今は誰に何を貸したか、ほとんど全部忘れていきますけど、それは単なる老化かな(笑)。

皆さんもきっと、「なんでこんなセコいことを」と思いつつも、自分が理不尽に損したことを結構ねちねちと覚えていたりするんじゃないでしょうか?逆に言うと、それは自分が誰かに損させた時のことを、こっちはすっかり忘れていても、向こうはえんえん恨みに思っているということなんですよ。

相手はずっと怒りを引きずっているのに、こっちは無自覚なんです。これは怖いでしょ?

物に執着する人間の性

お金だけじゃなくて、たとえば仕事でも、自分の手柄を誰かに取られたらどう思うか――なんてことも同じですよね。

ある種、自分の損を客観的に突きつけられると、余計感情が生じる、という場合があると思うんです。お金はそれがわかりやすい。数字で明確に損しているのがわかると、「あっ! 自分はこれだけ奪われたんだ」と怒りや悔しさが湧いてくる。そこにもう損したぶんへの執着が生じている。

世の中の生き物で、そこまで極端に思うのは人間だけですよね。

カラスっていうのは巣を作って、その中に指輪とかビンの王冠とかの光りものをいっぱい集めているらしいけど、いきなりそれを奪ったら、そりゃあカラスは怒るでしょうね。でも落ち込んでノイローゼになったり、絶望に打ちひしがれるカラスはいない(笑)。ちょっと経ったら気を取り直して、また集め始めると思うんです。

だけど人間は、仮に1千万円とか奪われてごらんよ。そのまま立ち上がることもできなくて、たとえすぐ生活に窮することがなかったとしても、生きる気力が消え失せて自殺を考える人も出てくるかもしれない。

しばしば人間にとっては物に対する執着のほうが、倫理とか道徳よりも上位になって、残酷な現実を呼び起こしたりする。「所有」ってことは、時に大切な人への愛情よりも、大きな部分を占めるってことをマキアヴェリは冷徹に見据えたわけですね。

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精神科医・名越康文さんエッセイ

20代の時より知識も経験も身について、どんどん仕事が楽しくなってくる30代。ついつい心の声を無視して頑張りすぎてしまうこともしばしばです。そんな働き女子の力みがちな肩を、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生がゆるーく揉みほぐしていく連載エッセイ。一生懸命だけど頑張りすぎない働き方のヒントが見つかるかも。

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