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「さよならおっぱい」女社長・川崎貴子、手術を受ける

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「さよならおっぱい」女社長・川崎貴子、手術を受ける

「女社長の乳がん日記」
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2016年11月1日(火)

女社長、盛大に送り出される

子供の頃からずっと体が丈夫だった。

インフルエンザに罹(かか)ったこともないし、自分の風邪で仕事も飲み会もキャンセルしたことがない。高熱が出ても大抵一晩寝れば熱が下がってしまうからで、「逆にどこかおかしいのでは?」と、別の意味で周囲に心配されていた私は当然ながら病院とは無縁の人生だった。だから病院に2週間も入院するなんて! と、頭では理解できても「幽閉生活」のイメージしか浮かばない。

そんな私の戸惑いを察してくれたのか否か、ご近所ママ友でありビジネスパートナーの金沢悦ちゃんとそのパートナーで乳がんサバイバーのつっちーが、昨日家族ぐるみで壮行会を開いてくれた。乳がんの悪いところは(良いところでもあるのだが)、発覚前や手術前にひどい痛みとか苦しみとか倦怠感が全くないところだ。子供たちが楽しそうで、私も楽しくて、病人の自覚なくはしゃぎまくってしまったが、まあ、いっか、乳がんだもの。(みつを風に)

ほぼ貸し切りではしゃぐ大人と子供達

ほぼ貸し切りではしゃぐ大人と子供達

また、本日は二村ヒトシ監督はじめ新規事業関係のメンズ達に「姐さん、いってらっしゃい会」を開いてもらった。

幹事をしてくれた下出君に「じゃあ、全員正装で!」とリクエストしたら、普段ラフな彼らがビシッと決めてきてくれてゴージャスにおもてなしくだすった。気合入った男女がデートしたり合コンしたりしているしっとりしたお店なので、傍から見たら大そういかがわしい光景だったと思うが、まあ、いっか。乳がんだもの。(同上)

「2週間のお勤め、頑張ってきてください!」と、いつもよりずっと頼もしく見える彼らに送り出してもらって、今日も周囲の皆の優しさに胸が温まる。無事元気に生還することを誓い、「後は頼んだよ。」と姐さん風に宴を後にした。

二村ヒトシ監督と現代ビジネス「スナック人生相談」風に

二村ヒトシ監督と現代ビジネス「スナック人生相談」風に


メンズ達と。これも熟女のお戯れ。

メンズ達と。これも熟女のお戯れ。

2016年11月5日(土)

女社長、着々と仕事をこなす

昨日1か月前から予約の入っていた個人カウンセリング希望の女性と会い、入院前の仕事はこれですべて終わった。11月2日は魔女の夜会(女社長が不定期に開催しているトークイベント)だったのだが、予定人数を大幅に上回りとても盛り上がる。私と白魔女に会いに、それこそ遠方からいらしてくださった方もいて、こちらも穴を空けずに済んだことにほっと胸を撫(な)でおろす。本業の企業コンサルと執筆と取材は前倒しすることができて滑り込みセーフ。火事場の馬鹿力はあると確信する。

魔女の夜会:満員御礼!

魔女の夜会:満員御礼!

問題は、「キャリ婚」という1年がかりの事業、そのローンチが手術の翌日だということだ。当日に私は何をする訳でもないが、リリースを拡散して女性会員と男性会員を募り、その後の男性会員面接は2週間お休みしなければならない。何より、この事業の言い出しっぺで看板の一人でもある私がオープンと同時に「いきなりの乳がん」とは、利用してくれるお客様の不安を煽(あお)ってしまうのではないか? と判断。

乳がんの件は直接迷惑をかける仕事仲間だけに留め、他は全て「持病の手術で」という言い訳で調整をさせていただいた。これで無事手術に臨める。体調もすこぶる良い。何より気持ちが良い。新規事業も乳がんプロジェクトも上手くいくという気がしてならない。そして私の人生はいつも、やるべきことをやった後の「根拠なき自信」に支えられていると思い知る。

2016年11月8日(火)

女社長、おっぱいにさよならする

2日前に入院し、検査や診察を経て、やっと手術日を迎えることができた。
手術日が決まってからというもの、痛みはないががんのしこりはずっと感じていたので、「こうなったら早く切ってしまいたい欲」はムラムラと募るばかりだった。だから、私はこの日を、ばたばたと忙しくしながらも待ち望んでいたのだ。

手術着のようなものを着た看護師さんがやってきて私はストレッチャーに載せられた。そして、手術室へ向かう長い廊下をからからと運ばれてゆく時、「そう言えば」と不意に思う。

何を今更だが、右乳房と今日でお別れだということを急に思い出したのだ。

乳首再建の場合、後日左も形が変わる可能性があるから、こちらも近い将来お別れであるということも含めて。もうすぐ手術という段階にきてやっと、「おっぱいの思い出」がオートマチックな走馬灯のように私の脳裏を駆け巡る。


あれは小学4年生の頃、同級生より成長の早かった私はクラスで一人だけブラジャーをする羽目になってとても恥ずかしかったこと、

当時「将来私はものすごい巨乳になってしまうのではないか……」と本当に心配してたこと(残念ながら杞憂に終わる)

小学5年生でチカンに胸をつかまれ「男もおっぱいも世界からなくなればいい!」と思っていたこと(後日見つけて通報→逮捕)

年頃になったら「どうやら普通より小さいらしい」と気づきパットなどの偽装に手を染めたこと

大人になって貧乳好きの彼氏に「ちっぱい♡」(失礼な!)と喜ばれたりしたこと。

大型のエレベーターを降りた後、私を乗せたストレッチャーは手術室へ向かう扉をからからとくぐってゆく。

そしてあれは長女が生まれた時のこと、陣痛から56時間かかり途中で破水してしまい、生まれたばかりの長女は菌に感染してしまってすぐにNICU(新生児集中治療室)へ入った。私は娘に会えず、明日の初授乳に備えて看護師さんにおっぱいマッサージを受けたのだが、これがもう痛くて痛くて。それなのに全く母乳がでなくて。

「一晩中練習してください。」と看護師にきつく言われ、私は暗闇の中で一人、痛がりながら自分のおっぱいを揉んで揉んで揉みまくった。「いったい私は何をしてるんだ……」と途方に暮れながら。しかし私の頑張りは報われず、母乳は滲(にじ)む程度でさっぱり出ないのだった。

そして次の日、キャップを被り無菌室に入る格好をさせられ、NICUのケースから出された娘を初めてこの手で抱っこしたその途端、私の両方のおっぱいからあんなに出なかった母乳が滝のように滴り落ちたのだった。あまりのことにびっくりして娘を抱いたまま棒立ちしていると、受け皿のない母乳はスモッグをつたい足首まで到達していた。

「実物を見るまでは稼働しませんよ!」と、ストライキを起こしていたおっぱいが、赤子の存在確認後フル稼働し始めたそれは瞬間だった。

これは哺乳類、霊長類ヒト科の機能の一つなのかもしれないが、私にはおっぱいに意思があるように感じたものだ。同時に、お腹から出した後も、娘との絆をおっぱいがつないでくれているようにも思った。目が見えないのに乳首を捉えて、一心不乱に私のおっぱいを吸う娘を見て、この世にこんなに愛しい生き物がいるんだ、と感動したのはもう12年も前だ。

次女が生まれたのは私が40歳の時だったので稼働するか心配だったが、次女の泣き声を聞くと胸ががちがちに張りまくり、飲ませると萎(しぼ)むという呼応関係は健在だった。仕事に行く前の日には哺乳瓶に絞り出して冷凍するのだが、その姿はまるで乳牛のようで夫と長女と毎晩笑いあったものだ。そして、次女は私の母乳をたらふく飲んで、ガリガリに生まれたにも関わらず3か月でぷくぷくに太った。

女社長、手術を受ける

いつの間にか景色は一変し、メタリックな感じの部屋に着いた。ここが手術室か、と思っていると、「気分はいかがですか?これから全身麻酔をします。念のため、お名前をフルネームで教えてください。」と、先生に話しかけられた。看護師さんも慌ただしくいろいろ準備をしている。
私は、
「川崎貴子です。絶好調です。よろしくお願いします。」
と、例のごとく低く太い声で答える。

おっぱいに関してはがんになったのだから切り捨てるのが当たり前だと思っていたし、それこそ今更何の未練もない。ただ、「私のおっぱい、結構頑張ってきたんだな」と最後の最後にその健気な活躍ぶりを、私だけは讃えてやりたいような気持ちが急に芽生えた。

おっぱいなんて、ただの私の肉体の一部だ。だけど、悲喜こもごもありながら、なんて思い出深い私の一部であったことだろう。

小さかったけどおっぱいがあって良かった。
いろいろあったけど女に生まれて良かった。

「ありがとう。お疲れ様。」と、擬人化したおっぱいをねぎらった途端、目の奥が少し熱くなってそのまま、私の意識は順調に遠のいていった。

乳がんの手術を受けた女社長

乳がんの手術を受けた女社長

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女社長の乳がん日記

「がん宣告」を受けた女社長・川崎貴子(44)が、「乳がんプロジェクト」と自ら命名して己を奮い立たせ、がん宣告から手術・治療までの日々をリアルタイムにつづっていた日記を初公開します。

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